世界樹の迷宮・その40後編(B25F)

アルケミスト♂ ウィバの日記


 そこには花畑があった。足元を埋め尽くす色取り取りの花々の群れ。
 百花園に紛れ込んだのかとオレは錯覚さえ覚える。赤、青、黄、桃。百花繚乱の麗しさ。冷厳で無機的な迷宮の様相にまるで似つかわしくない暖かで命溢れる楽園の模写。日の光を浴びることなく、一体なぜこの花達はこうも美しく咲き乱れることができるのだろうか。
 視線を左右に這わせ、そして気づく。花園の中央に大きな影を落とす大樹の存在を。
 それは一見、第3層の湖面に浮かぶ蓮の花のようにも見えた。しかし、ただの蓮の花と違っていたのは、その身を誇示するかのように大仰に開かれた花弁の中央から伸びる幾本もの茎の存在だ。それらは互いに複雑に絡み合い、捻り合い、打ち捨てられた古木のように一本の太い幹を形成している。
 或いはこれは茎ではなく雌蕊の変種なのかもしれない。オレはそう思いもしたが、そもそもオレが直感的に花弁を連想した箇所はどうも球根の外皮に近い器官のようだった。
 広葉樹のような太く逞しい幹を持ちながら、その表面は固い樹皮によって守られているのではなく、粘性を伴った皮膜が淡い光を反射している。植物というよりは、どちらかと言えば蛇や鰻を想起させる生物的な外見は、人間が本能的に持つ生理的な嫌悪感を激しく刺激する。
 なによりそれを枝と呼んでいいのか分からないが、幹から枝分かれした蛇のように蠢く触手の(光を放っているのは目だろうか?)、ゆらゆらと宙を彷徨う挙作一つ一つに自ずと警戒心が首をもたげ始め、気づけばオレは術式を起動するための触媒に手を掛けていた。


 楽園だなんてとんでもない。南国の蒼天の元で、その美を競って咲き誇る原色の花々のように見えたこの花園の正体は、食虫植物の幾つかが色彩豊かな外見で獲物を誘き寄せるのと同様の、本能的な詐術の発露なのだ。
 この花園に安らぎを求めて迷い込んだ旅人は、襲い来る触手にその身を捉えられ、本体に取り込まれた後、安らかな眠りにつくようにゆっくりと消化されてしまうのだろう。
 極めて悪質なジョークだが、それはこの迷宮の本性とまったく同じだ。富を求めて迷宮に降り立つ冒険者を取り込んで、迷宮は自らの伝説を色濃くする。ならばまさにこの『世界樹』は迷宮そのものを具現した存在と言ってもいい。
 だからこそ『王』はこの醜悪な巨木を余人の目から遠のけようとしたのだろうか。迷宮の真の姿を万民からひた隠すためにも。


 「いにしえのそのまた昔…… 今より遥かに高度な文明が存在した。」


 突如として頭上から声が響いた。『王』の声だった。
 その声は四方の壁に反射してひび割れ、注意深く耳を傾けないと正確に詳細を聞き取れない。
 『王』の訥々とした語りの多くには理解の困難な旧時代の単語が入り混じり、その全体像を完璧に把握することはきわめて困難だった。しかし『王』の語ったこの世界樹の創生についての事由を纏めると以下のようになる。


 かつて、人類は科学と呼ばれる万能の力により、三界の理の全てを解明し、世界をも自らの意のままに操る技術を獲得した。
 しかし、神の如き全能なるその力を濫用しすぎたことで、人類は自らの大地を汚し、破滅的な災いを呼び込んでしまったのだ。
 人類が自らの過ちに気づいたとき、大地は既に死滅への一途を辿りつつあり、人々は襲い来る脅威から逃れる術を知らず、次々に息絶え、力尽きていったのだ。
 滅亡を目前に迎えた人類はしかし、自らの生存を賭けて大自然の理と人の技術を融合し、大地の再生を試みるべく奔走を始める。『世界樹計画』と名付けられた大地再生の壮大なプロジェクトは、死に行く大地に残った最後の研究者達の手によって開始された。


 「しかし、その過程でも人々は倒れ続けた。研究を続ける男の仲間も…… 妻も…… 子供も……」


 多大な犠牲を払った末に遂に計画は始動の時を迎えた。大地再生の為の力、『世界樹の種子』を彼らは完成させたのだ。
 しかし、『世界樹の種子』が大地を浄化し、傷口を癒し、再び生命の息衝く清浄な世界を取り戻すためには幾星霜にも渡る時間が必要だった。
 人類の最後の生存者となったその研究者は、大地の復元が果たして計画通りに遂行されるのか、それを自らの目で確かめるべく、自らの身に『世界樹の種子』を組み込んだ。世界樹と共に永遠に生き、世界樹の行く末を見届ける為に。


 「それが、我だ。」


 世界樹の王。彼は前時代から生き延びた唯一の人類。そして……


 「世界樹と共に永遠に生きるため…… 人を捨てたのだ。」






 『王』の口から語られた昔話は余りにもスケールが大きすぎて、逆に現実味がまるで感じられない。御伽噺の世界創生の話を聞かされているようなものだ。世界は光から始まったのだと聞かされたとして、果たしてその眩しさにまで想像を及ぼすには、どれだけ恵まれた想像力と感受性が必要だろうか。
 従って、オレには『王』が今語った現実、すなわち世界の死滅と再生の歴史を、なぜ彼が隠匿しなければならなかったのか、その理由が今一歩掴めなかった。
 王者の悩みを物乞いが理解できないのと同様に、オレ達と『王』は立場が違いすぎる。『王』にとってはそれは世界を大きく天変させた一大事変だったのかもしれないが、オレ達にとっては全てが雲上の出来事だ。共感を得るだとか、拒否感を抱くだとか、そういった反応以前の問題だ。
 それと言うのも、この御伽噺はオレ達の求めていた答えとは余りにもベクトルがかけ離れていたせいだ。
 オレ達が知りたいのは彼の語る過去の歴史ではない。現在の真実なのだ。
 大地の死滅と再生も確かに学術的には興味深い話ではあるが、決して情理を揺さぶるものではない。改めて講堂でゆっくりと授業を受ける分には魅力的な題目ではあるが、命を賭けて得たものがこれでは拍子抜けの感すらある。


 冒険者。モリビト。レン。ツスクル。オレ達と関わってきた数多の人々が、なぜこの世界樹の迷宮を巡る過酷な運命と相対しなければならなかったのか。
 世界の破滅を乗り越えて、新たな種子を蒔いた『王』は生命の躍動する今日の世界をどう捉え、どう感じ、どう導こうとしているのか。
 オレ達の知りたい真実とはまさにそこにある。『王』の過去を踏まえた上で、彼はなぜ、今なおこの再生した大地に干渉しようとするのか。オレはその答えが知りたい。


 「では、モリビトとは一体なんだ。彼らは前時代の生き残りなのか。」
 「彼らモリビトはこの新世界の大気組成に適応した新たな人類だ。前時代の人間の遺伝子情報を基に世界樹の持つ環境適応能力を加味して、破滅したこの大地における新たな人類のアダムとイブとして生み出された。」


 『王』の言う科学とは詰まるところ、高次の錬金術とでも言うべき技術なのだろう。その力は人間に世界を破滅させる、あるいは再生させる権利を与え、更に言えば神にのみ許された生命の操作さえ可能にした。
 フラスコに人間の精液と数種類のハーブと馬糞を入れて密閉し、馬糞が発酵する温度で保温する…… なんてカビの生えたオカルトではなく、この男は英知と法則を用いて生命を創出し、そしてこの新世界に希望の種を振り撒いたのだ。


 「では、なぜあなたはエトリアの人々を扇動し、彼らモリビトを存亡の危機に追い込んだのだ。今の言葉が事実ならば、あなたにとってモリビトは庇護すべき存在のハズじゃないか。」
 「それを汝が言うか。」


 『王』は喉を鳴らすように低く笑い始める。やがてそれは狂喜染みた哄笑へと変わり、玄室の壁という壁に大いに響き渡り、木霊した。
 オレは最初、『王』はオレ達を嘲笑しているのだと思っていた。人間とモリビトの衝突を止められなかったオレ達が例え彼らを擁護したとしても、結局はそれも無力で滑稽な振る舞いに過ぎないのだと。
 しかし、未だなお続く笑い声の中に多量の自虐の成分が含まれていることにオレは気づく。『王』は自らを嘲笑っているのか?


 「冒険者よ。新時代の人の子よ。その答えは汝ら自身だ。汝ら自身の存在がモリビトの命運を狂わせたのだ。」
 「彼らを追い立てたのは、人間自身が自ら選択した愚かさだというのか? あなたの教唆によるものではなく?」
 「人は生まれながらにしてモリビトとは相容れない存在だったのだ。それを原罪と呼ぶか、摂理と見なすか、ただそれだけの違いとも言える。」


 くそっ、『王』が何を言わんとしているのか、まったく理解が追いつかない。
 人間とモリビトは並立しえない存在なのだと『王』は語る。しかしその根拠は一体なんだ。人間は先天的に異種族を排斥する本性を持つとでも言うのか? それともただの冷笑主義なのか? ……違う。『王』が提示したいのはもっと唯物的な事実だ。


 「わからぬか、若者よ。ならば想起してみるがいい。汝は何処より来たのか。汝は誰より生まれたのか。汝の根源を辿りたまえ。」


 オレの根源だと……?
 ……オレの父親は錬金術師だった。迷宮の神秘を探求するために人生を迷宮に費やした、家庭を顧みない研究熱心な男だった。オレの祖父も同じ。そのまた祖父も同じ。オレの一家は代々に渡って錬金術を収め、万物の根源の由来を知るためにその血族を繋ぎ続けた一族だ。
 オレの父。オレの祖父。オレの曽祖父。オレの玄祖父。そして……


 万物の根源。一族の始祖。父祖の血を遡って辿り着くものは……?


 その単語を発火点にオレの頭の中で『王』から与えられたパズルのピースが凄まじい勢いで組みあがっていく。やがて完成したパズルはある一つの論理的な紋様を描き出した。
 だが、同時にそれは一つの大きな謎を提示する。この論理が正しいのだとしたら、一体これはどういうことなんだ……!?


 「オレも、父も、祖父も、曽祖父も、皆このエトリアの街で生まれた。……だが、元々エトリアの街は移民の街だ。」


 レンからの聞き覚えでは、かつてこの地に居を構えていたのは『トオクニの民』と呼ばれる人々だった。『トオクニの民』は蔓延した疫病を機に離散し、オレ達の先祖がこの地に街を拓くのはそれから時を跨いだ後世の話になる。


 「その通りだ。そして……?」


 模範解答を述べた生徒に対する講師のような口振りで『王』は次を促す。
 ならば恐らくオレの辿り着いた仮定は彼の求める答えなのだろう。その意味は未だによく理解できないが。


 「……ならば移民であるオレ達の祖先はどこで生まれたんだ?」


 『王』は低く笑った。先ほどの狂気を窺わせるような笑みとは異なる、静かで理知的な笑い声だった。


 旧世界を覆いつくした天変は、この遺跡を取り囲む広大な遺跡群のかつての持ち主であった多くの人々を死に至らしめた。その最中に『王』は人類が呼び起こした破滅の危機から逃れる為に、このエトリアの地に希望の種を残した。
 だが、オレ達の祖先、或いは『トオクニの民』は、『王』がこの地で推進した『世界樹計画』とはまったく無関係な系譜を辿っている。オレ達とモリビトは同一の始祖を持ち、枝分かれした支族ではないのだ。


 「ならばオレ達の祖先は別の形の『世界樹計画』によって生き延びた。そういうことなのか?」
 「左様。……シヴェルニク。モロア。フェレイロ。ナーレンドラ。ファン・イァン。サッタール。彼らのうち誰かが大地の浄化と共に人類を種の保存を敢行し、次代に送り出すことに成功したのだろう。」


 『王』が呼び連ねた人名は恐らく『王』と同じ前時代の技術者達なのだろう。彼らは『王』と同じく破滅を目前に控えた大地の再生に、自己の持ちうる限りの技術と知識を注ぎ込んだ。
 その努力と情熱は幸運にも実を結び、オレ達の祖先はこの大地に根を下ろした。そして根源的な生物的本能に従い、生活圏を外へ外へと膨張させ続けた結果…… 遂にエトリア、この地を発見するに至ったのだろう。


 「だが、しかしなぜそれがオレ達とモリビトの排他の理由となる? それも結局は種の起源が違うだけの話に過ぎない。」


 答えはなかった。オレの声だけが虚しく室内に残響し、静寂が一面を包む。
 今まであれだけ饒舌だった『王』が自ら語ることを止めた。
 真実に至る手がかりはここに全てが出尽くした。後は自分で考えろということなのか。


 その時、オレは唐突に、あの枯れ森の奥地、モリビトの少女の言葉を思い出した。


 (『協定』が締結されるまで『王』と我々モリビトは直に対面していたらしい。だが『協定』以後、『王』と我々は巫女の口を通してのみ意志を通わせるようになった。)


 なぜ『王』が彼らモリビトと接触を断ったのか。
 その理由について、オレは幾度となく思索を巡らしたが、明確な答えを見出すことはできなかった。
 だが、『王』の口から語られた『世界樹計画』の顛末が、今初めてオレに謎を解くための鍵を与えてくれたのだ。
 いまやオレは天啓にも似た確信を胸に抱いている。
 人間、モリビト、そして『王』。この3者の複雑な関係こそ、全ての謎の発端であり、全ての運命の口火だった。
 だが、しかし一方で釈然としない思いも残る。
 まさか、それだけのために『王』はモリビトを根絶やしにすることを決意したというのだろうか。
 オレの思い至った仮定は余りにも馬鹿げていたが、しかしそれ以外の結論を見出すことは困難でもあった。
 いっそ間違いであってくれ…… そう神に祈りながらオレは胸郭に溜まった呼気を振り絞って叫ぶ。



 「人類がモリビトの存在意義を奪ったというのか! 新時代の種子という彼らに与えられた役割を!」



 返答はなかった。肯定も否定もなかった。
 だが、全能の知恵者たる彼が否定を唱えなかったことは消極的な肯定を意味していた。


 レンとツスクル。彼女達が『王』に重用され、そして入れ替わるようにモリビトは『王』との接触を断たれた。それはなぜか?
 簡単な話だ。『王』はこの死滅した大地において、旧世界の人類と変わらぬ姿で生きる『トオクニの民』に強烈な羨望と憧憬を抱いてしまったのだ。
 モリビトは言ってみれば旧人類に世界樹の力を組み込んだ一種の亜人だ。結果、モリビトはオレ達人類とは容姿から能力からして異なる新人類として生を受けた。しかしそれは大地が提示した苛酷な環境に対して、旧来の人類が抵抗力を持たざるを得ないがゆえの消極的な選択でしかなかったのだろう。
 諦観を抱きながら、しかし新たな人類の存続を願って『王』はモリビトとの共生を始める。彼らモリビトこそがこの大地の新たな歴史の創始者となることを『王』は確信していたのだろう。
 しかし、そんな『王』の確信は意外な形で打ち砕かれることになる。それが『トオクニの民』との出会いだった。


 新世界に生きる正統な人類と出会い、『世界樹計画』が達成を迎えたことを『王』は悟った。
 だが、同時にそれは自らの努力と英知の結晶であるモリビトが、結局は人類の劣化模造品に過ぎないことを『王』に強烈に自覚させる作用をも招いたのだ。
 仲間と、肉親と、そして人間としての生き方さえ費やして臨んだ『王』の『世界樹計画』。『世界樹の種』を埋め込んだモリビトによる新世界の繁栄は、その日、一方的な最後通牒によって強制的な終焉を告げさせられたのだ……


 「だからモリビトはもう用済みだと……! あなたはそう言うのか!?」


 やがて『トオクニの民』はエトリアから姿を消す。それが『王』の心に複雑な心理を芽生えさせた。
 人類への憧れ。モリビトへの憎悪。そして自分への苛立ち。
 やがてエトリアから大陸全土に冒険者を求める布令が出されたのは、そんな『王』の鬱屈した心理が暴発した結果だったのだろう。
 そしてそこから始まった人類とモリビトの悲しむべき歴史については改めて触れる必要もない。


 「先程教えたハズだ。汝らの存在がモリビトを死地に追いやったのだとな。」
 「それは詭弁だ! オレ達が望んだことじゃない!」
 「事実を述べたまでだ。彼らモリビトの廃棄は数千年前から決定していた。『岩をも破る者』もその仕掛けの一つだ。」
 「どういう意味だ……!?」
 「『落維の儀』は知っているかね?」


 『岩をも破る者』の記憶を幼生に遡らせるための儀式。確かモリビトの少女はそう言っていた。
 モリビトは『岩をも破る者』の記憶を『落維の儀』によって掻き消し、刷り込みを再度行うことで、あの獰猛な巨鳥を手懐け、部族の繁栄に用立てるつもりだったのだ。


 「あれは全く無意味な祭儀だ。『岩をも破る者』の記憶を掻き消すことなどできぬ。」
 「なんだと!?」
 「あれはモリビトを枯れ森に縛り付ける為の方便に過ぎぬ。『協定』もまた同様。」


 モリビトがある種病的なまでに『協定』を遵守し続けた理由は、そこに『王』の意志が介在していたせいでもあったのか。
 『協定』はそもそも人間が迷宮を侵犯しないように両者が取り交わした契約だ。だが、裏を返せばそれはモリビトが地上へ出ることを禁じた契約でもある。
 『王』はその一側面を利用し、モリビトを掣肘する仕組みとして活用したのだろう。いつか目覚めるであろう『岩をも破る者』に、彼らを余さず残さず啄ばませるために。
 ならば彼らモリビトにとって迷宮はまさしく牢獄でしかなかったということになる。彼らはいつの日か来るであろう死刑執行の日に備えて、自らの首を切り落とす断頭台を、丹念に丹念に磨き続けてきたのだ。
 しかし彼らはそれが自らの身に降り注ぐ災禍の源であることを知らない。ただ、主の命じるままにその職務を忠実に遂行し続けたのだ……


 「やがて人間が迷宮に押し入り、危機に瀕したモリビトは『岩をも破る者』を覚醒させる。『岩をも破る者』の狂乱によってモリビトは死に絶え、人間もそれ以上の進出は不可能事と悟る。エトリアには均衡が訪れ、緩やかな停滞に彩られた平穏な日々が始まるのだ。かくして……」


 モリビトの死滅。そして人類の停滞。『王』の描き上げた色彩画はまるで泥炭に塞き止められた湖沼のように澱み、濁り、腐臭を発している。


 「我は再び観察者として人類の発展と存続を見守り続ける。それが我が計画だった。」
 「なんて馬鹿げた……! 身勝手極まりない計画だっ!」


 たったそれだけのこと。それだけのことのために多くの人々の運命を弄び、その命を蔑ろにし、塞ぎようのない傷を拵えたというのか。
 レンとツスクルがこの事実を知ったら一体どんな顔をするだろうか?
 ……いや、或いは彼女達は『王』の狂気に薄々と感づいていたのかもしれない。だからこそあの2人は『王』と離れる途を選んだのだ。


 「汝らが全ての計画を無に導いた因子だった。かくなる事相においては汝らをこの世界より抹殺し、再び大地を管掌し、見届ける為の方策を練らねばならぬ。」
 「そうやってまた人々の憎しみと悲しみを煽ろうというのか!」
 「そして我が手から逃れようとする愚かなモリビト連中もだ。彼らは観察対象としての用を終えた。ゆえに創造主の責務により我は彼らを処分せねばならぬ。」
 「もう黙れっ! 黙れっ!」


 最早、語るべき事柄は全て語り尽くされたということなのだろうか。『王』の本体から枝分かれする幾つもの灰色の触手がオレ達を値踏みするかのように互い違いに蠢き始める。
 オレ達は、身を寄せ合い、戦闘隊形を形作ると各々得物を取り出し、迫り来る決戦の幕開けに備えた。




 新世界に種子を蒔いたがゆえに、彼は自ら世界を見守る責務を背負った。だが、自らの数奇な運命を盾にして、世界を自分の都合のいいように塗り替えるなど決して許される行為ではない。


 「神を気取るなら傍観者に徹していればいい! 超越者の介入が混乱を招くのがなぜわからない!」


 なにより、『王』の掲げた大義ゆえに運命を狂わされた人々の数は計り知れない。


 「ツスクルを、レンを、彼女達の気持ちを踏み躙ったあなたを私は許しません!」


 『王』を詰問し、この世界の行く末を見極めて欲しい。そう彼女達は言っていた。


 「誰もが自らの足で歩むことを選びました! あなたの庇護も、導きも、この世界にはもう必要ないものなのです!」


 迷宮にかけられた呪い。それは全く以って人為的で作為的な、人の妄念が生み出した呪縛の鎖だった。


 「お宝探しがこんな化物退治に成り果てるたぁ、ツイてねぇなぁ、オレもよ!」


 それを許せないと思う自分の心。それに従うのが最良の選択なのだと、そうオレは信じている。だから……


 「オレ達はお前の玩具じゃない! オレ達は…… 冒険者なんだ!」


 オレ達は戦う。この迷宮の創造主。この迷宮の本質。この迷宮の化身である『呪われた王』と。






 ミニコミ誌では大地復活の礎となる『世界樹の種子』(ゲーム上では薬と表現されてましたね)は世界の7つの都市に埋め込まれたと記述されています。まぁ、その1つが東京、新宿なワケですけど、残り6つはどこなんでしょうね。
 ニューヨーク、ロンドン、パリ辺りは固そう。7つ→G7と短絡的に連想するとベルリン、ローマ、オタワを足してOKって感じになるんでしょうが、それだとあんまりにも西側諸国に偏るので、アジアとか中東とか南アメリカ辺りも何かしら候補に上がる都市がありそうな気もします。地理的な事情も考慮に入れる必要もあるし、人口分布も重要だったりするだろうし。
 まぁ、その辺りは次回作で詳らかになることを期待ということで……(あるのか?)


 候補地選択も例えばオリンピック候補地の招致合戦とか目じゃないようなドロドロとした政治的駆け引きがあったりそうで、どういう経緯で選定されたのかとか考えるとワクワクしますね。命が懸かってるんだからそりゃあみんな真剣にもなるだろうと。まぁ、どこぞのSFにありそうな話ではあるんですが。



 ヴィズルさんの昔話について。
 誰もが「うーん、そうだったのかー」と感じたであろう旧世界の顛末について。でも一方で「そんなことよりモリビトってなんなのよ?」的な答えは一切なく、妙に歯の間に物が挟まるような余韻を残した種明かしでした。
 「実は新宿でした!」と同じで出オチ感があるのが、なんかこう腑に落ちない、という人は多かったのではないかと思います。


 ヴィズルさんが冒険者を殺そうとする理由について。
 今回、改めてテキストを読み返してみたんですが、正直な話「あんまりだわ!」と思いました。謎をベラベラ喋った後で、「謎を知ったからには生かしておけぬ!」とかどんなギャグよと。
 まぁ、部屋に入ったら教えてやるよ、って一回言ってしまったので渋々昔話をしたんでしょうけど、でもやっぱり恥ずかしくなってそれで激昂してしまったのかも、とか考えると結構チャーミングだとか思いませんか。思いませんね。
 ミニコミ誌によるとヴィズルさんは「世界樹の王」と「執政院の長」の二つの人格が入り混じってしまったせいで、冒険者を助けたり殺したり呼び寄せたり煮たり焼いたりそれを猟師が鉄砲で撃ったりと一貫性のない行動をしていたそうです。なので論理的でない行動の数々も世界樹のせいなんだということにしておきましょうそうしましょう。
 ただ、自分はヴィズルさんの行動を二重人格の産物というよりは終始一貫した何らかの行動原理に基づいたものと考えていただけに、この設定はちょっとショックでした。でもまぁ、その辺は割り切って考えて、今回は自分像のヴィズルさんを思い描いています。
 自分の考えるヴィズルさんはかなりの学者肌で、突き抜けた意味での完璧主義者です。マッドサイエンティスト的な手段と目的を意図的に入れ替えるタイプ。まぁ、ベタだけど。


 それにしても今回は参考になる世界樹の王の画像が見つからなくて参りました。まぁ、一応とは言え最後のボスをババンと紹介してしまうような媒体があると、それはそれで問題なんですが……
 今回、セーブデータを初期化したのは世界樹の王のグラを見るためという目的もあったんですが、残念ながらそれも間に合わず。ヴィズルさんと同様に、なんかこんな感じだった気がするなぁ、って感じでやってます。多分、どこかおかしい。


 あと、改めて書きものの説明をするのは筆力の不足を自分で露呈しているようでアレなんですが、指摘を受けそうなのでこれだけは一応。
 『世界樹の種子』と『世界樹の種』は雰囲気で書き分けているのではなく別物扱いです。
 世界樹の力(FOEの再生能力など)の便宜的な呼称として「そう言えば世界樹の種ってないなぁ」と思って世界樹の種と呼び表したところ、その後送られてきたミニコミ誌に「世界樹の種子が云々〜」と記述があって、地味に名称が被ってしまったという流れがあります。
 書き直すにも妥当な名前が浮かばなかったので、結局そのまま通しているんですが、ニュアンスとしては大地再生の為に作られたオリジナルが『世界樹の種子』で、その廉価量産型が『世界樹の種』という感じで密かに使い分けをしています。
 正式名称は『世界樹の種子』です。『世界樹の種』は自己設定のまがい物です。ガンダムとザニーの差異みたいな感じでどうかひとつお願いいたします。