創作・小説

▼世界樹の迷宮3・その1(後編)

忍の女と目があった。驚愕に見開かれたその目には恐怖の色が宿っていた。 女は遂に自らの窮地を悟ったのだ。 躊躇うことはなかった。足に力を篭めて二歩、三歩と踏み込み、そして上段に構えた鉄剣を女の肩口に振り下ろす。 刃が肉に食い込む鈍い手応えが両手…

▼世界樹の迷宮3・その1(前編)

ウォリアー♂ ジェナンの記憶 彫刻刀を動かす手をはたと止める。気づけば部屋は押し寄せる夕闇の波に没していた。 仕上がりを確かめるべく窓を開け放って宙に木櫛を翳してみるが、視線は木櫛を虚しく滑り、町の中央に聳える世界樹の姿に吸い込まれてしまう。 …

▼セブンスドラゴン・承前

メイジ♂ エトワスの記憶 ノブを回して僅かに扉を押し開けると、隙間から酸味の伴った仄かな香気が漏れ出てくる。果実酒の香りだと脳が認識を果たすと、しかし同時に一つの疑問が浮かび上がる。 日頃、美酒美食にまるで興味を示さない父が、こんな真っ昼間か…

▼世界樹の迷宮2・その11(8F)

ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶 ギルド『バラック』が、その拠点として用いる茅葺の小さな家屋は、世界樹の足元、街の中心に程近いなだらかな丘陵の上にある。しかし、街の中心と言ってもそれは地理上の見方に限った話であって、必ずしも繁華街の中心に…

▼世界樹の迷宮2・その10(14F)

カースメーカー♂ ノワイトの記憶 車椅子を押す少女の何気ない所作に、私はしばし目を奪われた。か細い手首に結ばれた絹の白帯は、流麗な指先の動作を伝って宙に柔らかな軌跡を描く。それは薫風に漂う燕のように、一片の迷いもなく、一点の綻びもない。若年に…

世界樹の迷宮・その9の4(5F)

ソードマン♂ ベオの記憶 「『百獣の王』を、討ち果たしたか。」 覚束ない足取りで現れた呪い師は、妹の肩を頼りに崩折れそうな上体をどうにか支えていた。魔獣の放った炎に捲かれ、手酷い火傷を負った彼ではあるが、運良く大事には至らなかったようだ。ユー…

世界中の迷宮2・その9の3(5F)

ソードマン♂ べオの記憶 「『百獣の王』! 本当にお前は、フロースガルさんをその手にかけたのか!?」 剣と爪とが噛み合って、硬質の摩擦音が軋りを上げる。強大な膂力を以ってこちらを押し潰そうとする獅子の前腕を、オレは両腕に力を篭めて押し返す。 オレ…

世界樹の迷宮2・その9の2(5F)

ソードマン♂ ベオの記憶 「『百獣の王』は、『百の名の勇士』に撫育された魔物なのだ。」 突如聞きなれぬ言い回しが飛び出して、オレは呪い師の言意を即座に理解しかねた。頭の中で何度も何度も反芻して、ようやくその意味を把握する。 それでも彼の言葉を素…

世界樹の迷宮2・その9の1(5F)

ソードマン♂ ベオの記憶 茂みに向かって点々と続く血痕は、砂地の上でも未だ光沢を帯びていて真新しい。同時にそれを追うようにして続く大柄な獣の足跡は、先程この場所で起きた凶事の存在を無言のうちに語っている。 果たしてそれは、オレが追いかけている…

世界樹の迷宮2・その8の3(3F)

ブシドー♂ ナガヤの記憶 突如、大地が轟と音を立てた。軋みを立てて傾いだ倒木が地面に激突するように、大地が揺れ、砂埃が舞い、そして次に敵意に満ちた獣の叫びが戦場に満ち満ちた。 路傍から飛び出した漆黒の影が、鹿の王の首元に飛び縋り、一瞬にしてそ…

世界樹の迷宮2・その8の2(3F)

ブシドー♂ ナガヤの記憶 暫くして、不意に衛士達がざわつき始めた。奇妙なことに彼らの注意は『敵対者』の徘徊する腥気に満ちた室内ではなく、突き当たりの小道と共にT字路を形成する南の通路に向けられている。 拙者は手近な衛士の一人を呼び止めると、微か…

世界樹の迷宮2・その8の1(3F)

ブシドー♂ ナガヤの記憶 地滑りにも似た鈍い振動を伴って、大扉が左右に開け放たれる。控えめなカンテラの灯りに照らされて闇から浮かび上がってきたのは、生命の息吹に溢れる常緑の樹海と程遠い、樽一杯の染料をぶちまけたような赤一色の泥土だった。 海嘯…

世界樹の迷宮2・その7(3F)

ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶 「では、衛士隊の身命をそなたらに託す。よろしく頼むぞ。」 按察大臣のしわがれた声が公宮に重々しく木霊する。天上からの迎えも近い老年が紡ぐその声は、瑞々しさを著しく失い、滑舌も怪しくはあったが、さすがに一国…

世界樹の迷宮2・その6(3F)

レンジャー♀ ミレッタの記憶 目の前に厳然と聳える石造りの大扉。天空に枝葉を茂らせる世界樹を模した意匠が施されるこの石門は、樹海と同化したこの遺跡が、確かな人の手による産物だとアタシ達に教えてくれる証左の一つだ。 それはまるで彼我の空間を断絶…

世界樹の迷宮2・その5の2(3F)

ブシドー♂ ナガヤの記憶 『磁軸の柱』を起動させた後、柱の周辺を調査してからギルド『バラック』は街への帰還を果たした。そして、新たな階に到達したことをギルド長に知らせるために、拙者達は冒険者ギルドに足を運んだのだ。 「すると、君達は騎士『半陰…

世界樹の迷宮2・その5の1(3F)

ブシドー♂ ナガヤの記憶 蹲るようにして小道を塞いでいた暗褐色の塊は、こちらの接近に気づくとしなやかな動作で四肢を伸ばし、茂みを押しのけるように立ち上がると、長く低く唸り声を上げる。 犬、いや狼か。それもかなり大柄の。樹海の生物はその何れもが…

世界樹の迷宮2・その4(2F)

カースメーカー♂ ノワイトの記憶 俗に『古跡ノ樹海』と呼ばれる世界樹の第1層は、樹幹と石柱とが交互に立ち並ぶ神秘的な空間だ。それは樹海が遺跡に抱かれているようでもあり、同時に遺跡が樹海に抱かれているようでもある。 では、この遺跡と世界樹は、いず…

世界樹の迷宮2・その3(1F)

ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶 鼻腔を仄かに刺激する、どこか懐かしい匂いの正体に気づき、私は上体に掛けられた厚手の毛布を押し退けて緩やかに身を起こす。 ……消毒薬? 屋敷になぜそんなものが……? 私は、視線を巡らすが、周囲の空間はのっぺりとし…

世界樹の迷宮2・その2(1F)

レンジャー♀ ミレッタの記憶 柔らかな微毛に包まれた艶やかな肌。丸みを帯びてずんぐりとした肢体。この為りを見て「愛嬌がある」と評するのは、図書でしか樹海を知らない人間の言い草だ。実物を目の当たりにすれば、その仔牛にも似た巨躯の発する轟然とした…

世界樹の迷宮2・その1(1F)

ソードマン♂ ベオの記憶 目蓋の裏にちらつく光の残像など、とうに掻き消えていた。目元ばかりか頭蓋までを固く締め上げた革帯の束縛が消えると、頭部を苛み続けた疼痛が緩やかに抜けて、冷たい漆黒の闇に閉ざされていた視界に、樹林を遍く包み込む柔らかな光…

世界樹の迷宮2・その0の5

ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶 「ナガヤ様の部屋はこちらになります。」 ドアノブを掴んだまま振り返った私が目にしたのは、目を見開いたまま呆然と直立する武士道の姿だった。それは突如として豆を投げつけられた鳩の反応にも酷似していた。 私は扉に…

世界樹の迷宮2・その0の4

レンジャー♀ ミレッタの記憶 その日の『鋼の棘魚亭』は坑道入り口脇の沼地を想起させる湿った陰気に満ちていた。獣脂の蝋燭に照らされた店内がぼんやりと薄暗いのはいつもと同じ光景なのだけれども、日頃騒々しい酔漢達がまるで通夜の会場に列席しているかの…

世界樹の迷宮2・その0の3

ブシドー♂ ナガヤの記憶 「こぉの、ドサンピンがぁっ!」 頭を打ち付けぬよう最低限の受身は取れたものの、落着の衝撃に肺腑が悲鳴を上げた。青畳の柔らかな抱擁とは異なって、踏み固められた乾いた砂土との邂逅は、巨漢の体当たりにも似て総身に鈍痛がほど…

世界樹の迷宮2・その0の2

カースメーカー♂ ノワイトの記憶 瞼を開く。首を傾ぐ。天井を仰ぐ。視界に満ちた緋色の蔦模様は縦横に果てしなく、私はただ視線だけを走らせて、世界樹を支える蔦蔓にも似た紋様の織り成す物語を追いかける。 私はそこでようやく自分が寝室で目覚めたことに…

世界樹の迷宮2・その0の1

ソードマン♂ ベオの記憶 方形に固められた盛り土の上に無造作に置き捨てられた岩。ここにはそんなモニュメントが無数と並んでいる。 その中からオレは恣意的に一つの岩を選び出すと、その前に直立する。風と雨の手によってのみ磨かれたその岩は、そこらに転…

世界樹の迷宮・その47後編(アルルーナについて)

パラディン♀ アリスベルガの日記 「……神様なの?」 社に誂えられた幅広の大扉を押し開けると、そこには真っ白な絹の長衣に身を包んだ一人の少女の姿があった。彼女は光の宿らない虚ろな瞳をこちらに振り向け、五感を駆使してこちらの正体を探ろうと努力して…

世界樹の迷宮・その47中編(アルルーナについて)

パラディン♀ アリスベルガの日記 予想された困難とは裏腹に、問題は極めて平易に前進した。私は樹海の入り口で右往左往するテッドの姿を見つけたのである。 「いざ樹海に立ち入ろうとしたら、足が竦んでしまって。……僕はダメな男だ。」 テッドはぶかぶかの皮…

世界樹の迷宮・その47前編(アルルーナについて)

パラディン♀ アリスベルガの日記 「実は、妹を誘拐して欲しいのです。」 「……はぁ。」 年の頃は10の半ばか、貂の毛皮で飾られた上着を羽織る依頼主の青年の言葉に、嘆息するべきか、頭上を仰ぎ見るべきかを判断しかねて、結局私が選べたのは間抜けな相槌を返…

世界樹の迷宮・その46後編(エトリアの税制について)

ダークハンター♂ ジャドの日記 テーブルに堆く積みあがった金貨の山を見て、居並ぶ全員の口から感嘆の吐息が漏れた。酒場のあちこちから好奇と羨望と嫉妬の混じった何とも形容しがたい視線が集まるのをオレは背中で感じる。 観客の心中はなんとなく察するこ…

世界樹の迷宮・その46前編(エトリアの税制について)

ダークハンター♂ ジャドの日記 「あ、おかえり! ……じゃなくていらっしゃいませ、だったね。」 原色鮮やかな菱形模様の織り込まれた日除けの簾を潜ると、腹の奥底まで伝わる大太鼓の響きのような豪放な喜声が出迎えて…… 出迎えて…… 出迎えて……? 「……なにや…