世界樹の迷宮2・その7(3F)

 ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶


 「では、衛士隊の身命をそなたらに託す。よろしく頼むぞ。」


 按察大臣のしわがれた声が公宮に重々しく木霊する。天上からの迎えも近い老年が紡ぐその声は、瑞々しさを著しく失い、滑舌も怪しくはあったが、さすがに一国の大臣を務め上げた宿老ならではの威厳が篭っていた。
 その上で、獰猛にして野蛮、凶暴にして醜怪な魔物との対峙を義務付けられれば、面前の苦難に予め身を固くしていたとしても、自ずと怯惰の心も芽生えようと言うものだ。現に低俗な理由から冒険に同行する野伏の娘は、退路を断たれた遊撃兵を思われせる諦観の吐息を漏らしていたし、元々心胆の細い武士道の男に至っては、観衆の喝采に取り囲まれて死刑台に向かう虜囚の如き絶望を顔にこびりつかせていた。
 兄上と共に樹海の踏破を志す私にしても、今は歯の根が震えて止まらない。ならば心弱き者どもにとってこのミッションは、黒雲のように群れ為す飛蝗に立ち向かう農奴の如き負け戦にも等しいのだろう。
 しかし、こんな苦境にあっても睫毛の一本たりとも微動させず、極低温の光をただ瞳に湛えて直立する兄上の姿は、技巧の彫刻にも似た神々しささえ感じさせる。氷塊の如き堅固な兄上の意志を溶かすためには、それこそ太陽を幾許か大地に近づける必要さえあるだろう。
 兄上の御心は、ただ世界樹の登頂にのみ傾けられているということだ。私は、兄上の不動の精神を学ばなければならない。


 そして、一方で兄上と同じく決意に眦を決する少年がいる。デレクの息子。咎人の継嗣。
 未だ未熟さばかりを露呈するこの少年が、まるで一角の冒険者染みた自負心を窺わせるのは、私の目には分不相応な傲慢さとしか映らない。
 彼は、救援を約束を果たした聖騎士のために、自らの心を奮い立たせてもいるのだろう。しかし、それは私には開き直りにしか思えないし、なにより兄上と同じ境地に上るなど不遜にも程がある。精々身の丈を考えて、虚勢を張りながら恐怖に四肢を震わせていればまだ可愛げがあるものを、この少年は目前の艱難に対し、僅かなりとも怯む素振りさえ窺わせないのだから尚もって忌々しい。
 なぜ罪人の子が、そうも泰然自若としていられるのだ。お前に羞恥心はないのか。
 しかし、当の本人は私の胸懐になどまるで気づかずに、目前の老人の長口舌にじっと耳を傾けている。


 「本来なら、『ベオウルフ』や『エスバット』といった名高いギルドに頼む仕事かもしれぬ。新進の巡礼者にはちと重荷に過ぎる難題じゃ。」


 『敵対者』の急襲を受けた衛士隊の安否を確認し、そして可能ならば救助する。それが私達に課せられた任務だ。
 しかし、言うには容易いが、それを行うには万里もの隔たりがある。こちらが彼らの安全を確保する間、私達は『敵対者』に対して背後を晒し続けることになる。
 もちろん、『ベオウルフ』の勇名高き『百の名の勇士』は、その矜持と責務とをもって私達を支援してくれることだろう。或いは『敵対者』の注意を引き付け、或いは『敵対者』を盾で殴打して。それは確かに心強いことだ。
 しかし、最終的には自分の身は自分で守らなければならない。そう、『百の名の勇士』の曉勇にばかり縋ってはいられないのだ。だからこそ、この任務には危険が常に付きまとう。この翁が危惧するのもそうした所以なのだろう。


 「しかし、かの『百の勇士』が推挙した者ならば、それも杞憂であろう。必ずや朗報を齎してくれるものと、この老体は信じておるぞ。」


 また、一方で『百の名の勇士』は、私達にミッションへの参加を推奨し、紹介状を認めてもくれた。泡沫の駆け出し冒険者に過ぎないギルド『バラック』が、円滑に按擦大臣との交渉に漕ぎつけられたその背景には、公国における彼の名望が幾らか作用している。
 結果的に、これで私達は公国の物資の幾許かを公的に融通して貰えるようになった。それは彼曰く「書類を右から左に流せばそれで済むと思っている連中」に対する牽制なのだという。
 というのも、ミッションを受けなければ、彼は背嚢に詰めた薬品や包帯をこちらに受け渡すことさえできないというのだから。公宮の現場軽視のやり方は、事務的な効率性こそ保証するのかもしれないが、緊急時にはその形式主義が足枷ともなるのだ。
 また、ミッションを遂行すれば、冒した危険の対価としてはちっぽけに過ぎるものの、幾ばくかの報奨金が功労者には支払われる。向こう見ずな作戦に手弁当で飛び込んで、それで見返りもなしでは余りに負担が大きすぎる、と彼は忖度してくれたのだろう。
 冒険は奉仕活動ではないし、人助けもそれは同じだ。何しろ冒険者と赤貧は、蜜月を過ごす恋人のように寄り添い続けるのが常なのだから。


 「かの『百の名の勇士』は一角の人物じゃ。『百獣の王』を看過して目先の階次に臨む冒険者が多い中、かの聖騎士殿だけは公国の危機を察して下層に踵を返してきてくれたのだ。彼こそは巡礼者の鑑、あるべき理想の姿と言えよう。」


 なるほど、確かに『百の名の勇士』は気遣いの利く男だ。功績と人格とが一緒くたに語られる即席の英傑が多い中、彼は人間的にも賞賛に値する幾つかの美徳を備えた好漢ではある。
 しかし、その彼が、なぜあのような悲壮な表情を垣間見せたのか。私は彼の言葉を思い出し、その真意に思いを巡らせる。
 「『百獣の王』は違う」と、呟いた彼の言葉の意味を。




 「このような形で相見えることになろうとは、この老体、思ってもみなかったわ。」
 「認定試験の際にもお目通り叶ったはずですが。」
 「はて、そうだったかの。何分にも多数の巡礼者が公宮に馳せ参じるものでな。記憶にないわ。」


 按擦大臣の口から紡がれる数多の激励の文句もようやく底を尽き、危地へ旅立つ巡礼者への餞となる臨時の壮行会はようやく幕を閉じた……ハズだった。公宮を辞するに至り、ご老人は何かを思い出したように私達兄妹を呼び止め、その手で私室へと誘った。どうやら私達は、もう少しだけ肩の凝る思いをしなければならないらしい。


 「巡礼は、順調かな。」
 「今のところは。」
 「それは良き哉。」


 機能性と装飾性を程よく兼ね備えた仕立てのいい衣服に身を包んだ小間使いが、細々と茶などを準備する間、兄上と老人は他愛もない世間話で暇を潰す。まったく道化芝居もいいところだ。
 小間使いが部屋を辞去し、老人がカップを置いたところで、不意に空気が固さを帯びた。


 「不躾を承知で尋ねるが、ノワイト殿は金銭に事欠いておるのかの? 爵位を売り渡したとも聞くが。」
 「荘園の管理を任せているだけです。まさか大恩ある大公からの封地を、粗雑に扱うような真似は致しませんよ。」


 兄上は平然と言いのけてみせたが、事実は老人の言うとおりだ。ベッカー家の荘園を抵当に欲した商人を代官として取り立て、彼に一切の権限を付与する形で荘園は家の手から離れた。今やベッカー家は、経済的な地盤を持たない名ばかりの下級貴族に過ぎない。


 「奇異な風体をして、巡礼にのめり込めば、世を悲観したものと思うのが衆目の総意よ。」
 「なるほど、それは迂闊でした。父の尊名を汚さぬよう気を払わねば。」
 「噂雀の囀りを止めさせるなら、私領に戻ればそれでよかろう。」
 「生憎と今は巡礼が多忙を極めておりまして。暫くは、宿と森とを往復する毎日となりましょう。」
 「……ふむ。まぁ、無理はせぬようにな。」
 「手厚いご忠告、痛み入ります。」


 追求の手を失ってか、老人は凡庸な諫言を口にする。兄上は返礼を施しながら、一瞬だけ老人の顔に鋭い視線を投げかけた。


 「ときに按擦大臣閣下、此度の『百獣の王』の襲来、閣下はどのようにお考えでいらっしゃるのでしょうか。」
 「どのように、と申すと?」
 「これは失礼致しました。即ち何を理由として、かの魔獣は棲家を離れ、第1層に降り下ったのか、浅学な私には些か量りかねるのでございます。まさか冬眠前の羆のように、食料を求めて人里に下りてきたのではありますまいし、大臣閣下のご明察をお伺い申し上げる次第です。」


 恐らくは部屋に入る前から機を窺っていたのだろう、兄上は躊躇なく次の話柄を切り出す。どうやら兄上は大臣に、『百獣の王』が第1層に現れた理由を聞き質そうとしているようだ。
 それに対する老人の反応は多分に意外なものだった。眉根を顰め、厳しい目つきでテーブルに視線を落とし、黙考する。少なくともこれは茶飲み話の雰囲気ではない。


 「『百獣の王』は、世界樹様のご意志の現れだ、との坊間の風説も聞く。」
 「ほう。閣下が自説を風聞に頼るとは珍しいことで。」
 「それだけ苦慮しているのだよ。彼奴の存在にはな。」


 大きく溜息をついて、老人は紅茶に手を伸ばす。


 「我々公国民は長らく世界樹様を御神木と敬い、その恩恵を頂くために、樹海への巡礼を果たして来た。」
 「存じあげております。だからこそ我々は世界樹様の体内を割って入ることができるのだと。」
 「しかし、今回の件が明らかになり、実は世界樹様は我々人間の参内を嫌忌しているのではないか、という疑念の声が公宮の貴族からも上がったのだ。だから頭を悩ませておる。」


 『百獣の王』は即ち、樹海への人間の進出を拒もうとする御神木の声そのものではないのか、というのがつまりは要旨なのだろう。それを事実と認めてしまえば、冒険者は、巡礼者は、世界樹の探索に二の足を踏まざるを得ない。例え不逞な無神論者であっても、公国民全員の蔑視と悪罵を浴びてまで探索を続行できるほど厚顔でもいられまい。
 今までは、世界樹の探索はそれを国是として、正義として、広く公国民に支持されてきたのだ。しかし、それが一転覆されてしまえば、公国は今までのようには立ち行かなくなる。御神木の恩恵を失った公国は、北方の一小国らしい貧相な辺境国に成り下がることになるだろう。


 「『百獣の王』の出現は、蓑虫を振り落とそうとする柳の揺れのようなもの、と仰る?」
 「左様。果たしてそれはつむじ風のせいなのか、それとも別の何かが原因なのか、それを判じかねておる。」


 『百獣の王』が下層に降りてきたのは、御神木の意志などではなく、ただの偶然事と片付けることもできるのだ。しかし、今現在においてはそれを偶然と片付けるにしても、蓋然と見なすにしても、どちらの判断も論拠が足りない。
 そのために公宮は、衛士隊を魔獣の元に送ったのだろう。『百獣の王』の真意を探るために。


 「御神木の、怒りですか。」
 「そうあからさまに断じてしまうものではないがな。そのように噂するものもいる。」


 それは数時間前、聖騎士に向かって野伏の娘が言い放った推論と要旨は同じだ。


 「樹海がアタシ達を歓迎しているっていうのなら、じゃあなんで『百獣の王』は第1層に降りてきたのよ!」


 しかし、それに対して聖騎士の男は否定の言葉を述べた。世界樹は、御神木は寧ろ人間の登頂をこそ望んでいるのだと。
 ……答えが矛盾している。どちらが正しくて、どちらが誤りなのか。それは私には解らない。
 そして、その答えを知るためには、やはり登頂をこそ目指すしかないのだろう。世界樹は私達を受け入れるのか、それとも拒むのか。その答えを知るために私達は、世界樹に登り続け、問い続けるしかない。
 ゆえに冒険者は巡礼者と呼ばれるのだ。探索を手段に選んだ求道者として。


 「公宮が巡礼の禁止を布告するような事態は起こり得ないのでしょうな? 世界樹への立ち入りを禁じられれば、日々の糧を樹海に求める者達が路頭に迷いましょう。」
 「それは、ノワイト殿ご自身の話かの?」
 「いえ、より広範な見地での懸念です。巡礼者は、そもそも生活に貧窮する者が少なくないのです。彼らから唯一の生活の手段である巡礼を奪えば、公国は未曾有の混乱に陥りましょう。」


 巡礼者という名の純白の織絹を被せると忘れがちになるのかもしれないが、冒険者とは基本的には放埓な生き物で、その本質は野生の獣に近しい。腹の満ちた大虎は目の前を横切る雌鹿を欠伸と共に看過するかもしれないが、空きっ腹を抱えた痩せ狼はそうもいかない。口の端から唾液を撒き散らして獲物に飛び掛り、その凶悪な歯牙を弾力ある柔肉に突き立てることだろう。
 それと同様に、もし冒険者がその自由と生業を奪われる事態に至った時、彼ら餓えた獣達がどのような狂乱を呈するかは想像もつかない。彼らは欲望の自制から最も縁遠い人種である。
 そう言えば、遥か東方の新興都市国家エトリアでは、首長の交代に伴い統治機関が迷宮への立入を禁じた際に、大きな暴動が発生したそうである。騒乱の中心にいたのは、旧指導者の息のかかった冒険者一派だった。
 同様の凶事がこのハイ・ラガードの地で起こる可能性は皆無ではない。冒険者は、都市の活力と同時に火種でもあるのだ。


 「そなたの憂慮も至極尤も。なにせ公国はその懐に巡礼者を山と抱え込み、今もなお膨張を続けて止まぬ。しかし、世界樹様から巡礼者を締め出すような変事には決して至らぬ。それはわしが確約しよう。」
 「『百獣の王』の件がいかように動こうとも、ですか?」
 「左様。それが公王様のご意志じゃて。」


 そもそも、樹海の探索を国策として強く打ち出したのは、このハイ・ラガード公国の首長である公王陛下その人なのだ。ならば、例え世界樹が人間の排斥を望んでいても、陛下はそれに抗うだろう。どちらの意志が相手を飲み込むかは予測がつかないが、少なくとも現状の路線が即時に凍結されることはないハズだ。
 樹海の探索には経済的・政治的な事情も深く絡んではいるが、その一番の骨子は、世界樹の頂上にあると噂される『天空の城』の発見に他ならない。陛下が『天空の城』に夢想を抱く限り、少なくとも現況は維持される。それは私達にとって望ましい情勢だ。


 「しかし公王陛下は、その在否も不明瞭な『天空の城』に何をお望みなのでしょうか? 失礼ながら、一国の主が山師の好き好む妄想に現を抜かすようでは、国家の安寧が揺らぎましょう。」
 「さて、臣下の身で主上の意を量ろうとは不遜にも程があるというもの。しかし、実証主義に則るならば、現状では『天空の城』の存在が否定できぬのもまた事実。今は粛々と探索を進めるよりなかろうよ。」


 史書によれば、数百年前から樹上に聳えるとされる城砦。『天空の城』は、巷説にのみその居在が許された幻の古城で、未だ肉眼によってその姿を確認した者は一人もいない。
 それにも関わらず、公王陛下は国富の幾許かを注いでも『天空の城』には見返りがあると踏んでいるようだ。それを浪漫主義の産物と断じるには些か稀有壮大に過ぎるし、或いは公宮は『天空の城』の実存を裏付ける何かしらの根拠を掴んでいるということなのだろうか。


 「世界樹の樹頂を極めるまで探索は続く、ということですか?」
 「左様。『天空の城』の発見は、公家の負うた原罪を祓い清める禊となるやも知れぬからの。」


 原罪? 禊だと? それは一体どういうことだ?
 今の瞬間まで空想上の存在に過ぎなかった『天空の城』が、突如として物質的な肉感を帯びたように感じられ、私は息を飲んで老人の次の言葉を待つ。


 「公王様は自ら精魂を尽くしてこの難事を完遂せしめることを誓っておられる。後世に禍根を残さぬようにな。ならば忠義の徒たるを志すこの老体は、残命を傾けて趣意に倣うつもりじゃ。そなたらも宜しく頼むぞ。」
 「……非才の身ではありますが、微力を尽くしましょう。」


 しかし、当の老人自身は、それ以上の詳述を不要なものと見なしたようだ。そうなるとこちらは口を噤むしかなくなる。市井の一冒険者に過ぎない私達が、公国按擦大臣へ異見などできようものか。
 兄上もこれ以上の追及は難しいと考えたのだろう。視線で私に退席を示唆し、程なくして私達は大臣の私室を後にした。




 「あの老人、呪い師の使い方を心得ている。」


 公宮の廊下を歩みながら、兄上は忌々しさと敬服の入り混じった奇妙な響きの声音を漏らした。


 「篝火に没入して焼き焦がされる尺蛾のように、穢れと清めに抗えぬのが我らの宿業だ。それを衝いてくるとは、まったく食えぬご老体だよ。」
 「なぜ、按擦大臣はあのような示唆を……?」
 「さてな。発破をかけたつもりなのかも知れん。偉大なる知に向かわくば、まず目前の火を跳び超えよ、か。」


 つまり、あの老人は『百獣の王』を退ける役目を私達に求めているということだろうか。ギルド『ベオウルフ』にその討伐が託された深淵の魔獣に対して、この私達が――?


 「いずれにせよ、我々には麦踏みに興じる暇などない。万一の時あらば、自ら打って出る覚悟を抱いておけ、ユーディット。」


 先行する冒険者の健脚に比べれば、私達の歩みなど蝸牛のそれにも等しい。確かに兄上の言うように、『百獣の王』に行く手を阻まれ、右往左往する暇などないのだ。例えそれが世界樹の意志に反するとしても、私達は更なる階上を目指さなければならない。
 誰よりも早く『諸王の聖杯』を手に入れる。そのために余人に先んじて樹上を制覇する。樹頂に聳える『天空の城』に辿り着き、伝説の真偽を明らかにする権利は、ただ一組の登頂者にのみ贈られるものなのだ。


 「ええ、わかっております。何しろ按擦大臣は『天空の城』の実在を保証してくれました。」
 「そう断じるのは早急に過ぎる。当の老人は信じあぐねている様子だ。」


 『天空の城』の探求は、果たして公王陛下の戯れか否か。願うことならば、その挑戦は理性に基づいた決断であって欲しいものだ。
 もし、『天空の城』が現存するならば、同じく古の文献にのみその名が記される『諸王の聖杯』もまた実存の可能性が高まる。伝説の多くは、その根拠を互いに共有しあうことで神秘を色濃くするものなのだから。


 突如兄上は足を止め、そして喉元を掻き鳴らすように低い笑い声を漏らし始めた。私は立ち竦み、振り返り、そして兄上の顔を凝視した。兄上はゆっくりと口を開く。


 「ユッタ、私は見極めたいのだよ。公王を世界樹に駆り立てる強大なる束縛の本性。この地に蔓延る『世界呪』の正体を。」
 「それが公家の負った原罪、なのですか?」


 先ほど老人が呟いた公家の宿業。曖昧模糊としたその輪郭を照らす灯火を、或いは兄上は見出したのだろうか。
 しかし、兄上は何も答えず、ただ歪な笑みだけを浮かべる。平時とは明らかに趣が異なる薄ら寒い情念の余波が、私の顔を緩やかに撫で擦る。私は、総身が怖気に粟立つのを感じた。
 兄上の落ち窪んだ双眸は、香を炊く炉のように覗き込む者を妖惑する光を孕んでいる。その顔色は相変わらず血の気に欠け、土気色と呼んでも差し支えないが、痩けた頬だけが微かに紅く上気していた。


 「そしてユッタ、私は見届けたいのだよ。罪業に抗い藻掻く人々の、命の明滅を……!」


 ……逝者の形相だと私は思った。そう、死化粧を施された逝者のようだと。






 物凄い基本的なおさらいになりますが、今回の舞台のハイ・ラガード公国で、世界樹の探索を推進しているのがラガード公宮です。で、その責任者は誰かと言えば、公国の首長である公王様になるんですよね。物凄い影が薄くて忘れがちになるんですが、『天空の城』を一番発見したがってるのは公王様なんです。
 で、そもそもなんで公王様は『天空の城』を見つけたかったのか。実はこの辺は、あんまりゲーム内では明確に語られていません。プレイヤーギルドの目的はどちらかと言えば『諸王の聖杯』の捜索に傾いていますし、それも切り出したのは公女様で、理由としては後付けなんですよね。
 なので、冒険の初期の段階。公王様が元気だった頃は、どのように探索の理由を説明したのか。それを考えてみるとちょっと気になるところではあるんですよね。
 何しろ発見者には思いのままの褒美を取らせるとか言ってますしね。相当な大事ですよ。まぁ、『天空の城』は、ツチノコみたいな扱いだったのかもしれませんが。


 ただのロマンなのか、実利なのか。色々な考え方があると思います。ゲームを一通りプレイした方なら、ある程度の仮定を組み立てられるかなとも。
 でまぁ、そういうところに想像の芽ってのは隠れているんじゃないかなぁと自分は思うワケです。今回はそんな話というか、ゲーム的にはミッション受領の1シーンだけなので、今までほったらかしにされていた『天空の城』関連の色々を捻じ込んでみました。
 まぁ、主題を読み損なって今になって帳尻合わせに奔走しているというか。フライングの悪影響がモロに出てますね……