▼世界樹の迷宮3・その1(前編)

 ウォリアー♂ ジェナンの記憶


 彫刻刀を動かす手をはたと止める。気づけば部屋は押し寄せる夕闇の波に没していた。
 仕上がりを確かめるべく窓を開け放って宙に木櫛を翳してみるが、視線は木櫛を虚しく滑り、町の中央に聳える世界樹の姿に吸い込まれてしまう。
 水平線に沈みつつある夕日の残光を纏って、世界樹の天辺だけが赤と緑に眩く輝いている。海都アーモロードが夜の帳に包まれてもなお世界樹の巨躯は海を跨いで黄金の光を浴び続けているのだ。
 この世界で最も天に近い、人智の及ばない異形の大樹。その足元には数多の冒険者がその踏破を夢見る『世界樹の迷宮』が横たわっている。
 かつて、アーモロードを襲った大地震から生まれた深淵なる亀裂。その奥底にはかつて繁栄を謳歌した古代文明の遺跡が眠っていると言われている。
 しかし、大地震から100年の歳月を経た今も、それを確かめた者は誰一人としていない。迷宮の深奥に何が眠っているのか、誰も真実を知らないのだ。
 だからこそ、誰もが最初の智者の名誉を得るべく樹海に死命を投じ続ける。だが、智者を目指す者は揃って皆愚者の末路を辿り、今や樹海の随路は智者ならざる者の遺骸と悔恨とで固く舗装されていた。


 世界樹の威風を目の当たりにすると、途端に鼓動が激しくなる。まったくオレは、いつまで女々しい未練を抱えていくつもりなんだろうか。臓腑を焦がす炎熱を沈め切れないなら、いっそのこと海都を離れるべきなのかもしれない。
 潮時なのか? いや、そんなことはない。……結局、わからない。
 ……今日はもう仕舞いにしよう。テーブルに薄く積もった木屑を箒で掻き集めていると、突如、軋んだ音と共に扉が開き、戸口から長く伸びた影がテーブルを跨いだ。


 「久しいですね、ジェナン。」


 どこか懐かしさを覚えるその声に釣られて視線を上げると、そこには薄汚れた旅装を纏った少年僧の姿があった。


 「ツァオルゥ、なのか……?」


 オレは反射的に右手を背中に隠す。木櫛を握り締めた指に汗が滲む。
 そして改めて少年を見やる。面貌こそ記憶と異ってはいたが、確かにこの少年僧には幼い頃の悪友の面影があるような気がする。


 「ええ、かれこれ5年ぶりですか。ですが、この家は昔と変わらないですね。」


 そう言って少年は感慨深げに室内を眺め回す。前髪をかきあげながら周囲を見回す彼の姿に心が自然と熱くなる。
  長年の修練で磨かれたのだろうか、肉付きの良い丸い頬はこけ、愛嬌のある目元は引き締まり、別人かと思うほどに大人びている。しかし、相貌の変化よりも確かな懐かしい挙措の数々。やはり彼は、こいつは、古き友人であるツァオルゥに違いない。
 しかし、懐かしさに浸っていられたのは束の間、今度は当惑が胸奥を支配する。大陸の寺院で研鑚を積んでいるハズのこいつがなぜアーモロードに……?
 ジェナン、と彼は記憶を確かめるように再びこちらに呼びかけて、そして二の句を告げた。


 「君に頼みがあります。」




 既に日は海面に沈み、夜の帳に誘われて這い出た虫達が懸命に歌声を競っている。再会した旧友を先導して、オレは町外れの一角へと直走っていた。


 「目星はついているんですか?」
 「カプリシャスだろ? 名前は知っている。有名だからな。」
 「名を為した冒険者が匪賊の真似事とは……」
 「違う。奴らならとっくに樹海でお陀仏だ。だからカプリシャスの名前を勝手に拝借したゴロツキなんだろうよ、そいつらは。」


 なるほど、と頷いたツァオルゥは足の回転をさらに速める。どうも随分と急ぎの用件らしい。
 行き足を少しは緩めないと後が持たなくなるんじゃないかと懸念も抱く。しかし、ツァオルゥは呼気を乱すことなくリズミカルに路地を蹴り続けている。情けないことに先導するこちらが先に体力を使い果たしてしまいそうだ。
 くそっ! 耳障りな金属音を響かせる胴鎧の重さに辟易しつつ、俺も腕の振りを大きくする。鈍った体を恨みながら走ること十余分、肺腑が破裂する前にオレ達はどうにか目的の家屋を見つけることができた。


 石造りの小さな家の窓からは蝋燭の明かりだろうか、弱い光が漏れている。
 オレ達は歩勢を殺しながら慎重に家屋に取り付く。誰にも見咎められることなく外壁に到達すると、背甲を外壁に押し当てて中の様子を探る。
 家の中からは仔細までは聞き取れないが、低い声が漏れ聞こえる。2人…… いや、3人だろうか?
 指を3本立てて相棒に無言の伺いを立てると、向こうは険しい表情を浮かべて頷いた。ツァオルゥの話では、盗賊は2人だったハズだ。するとここで仲間とでも合流したのだろうか?
 オレは懐から手鏡を取り出すと、窓の下に転がり込み、鏡を傾けて室内を探る。手鏡の角度を調整しながら、室内に居合わせる連中を探る。やはり全部で3人。
 一人は異国の黒装束を纏った目のキツい細身の女。もう一人は筋骨逞しいぼさぼさ頭の巨漢。最後の一人は……


 「赤肌人……?」


 思わず声が漏れた。幾何学的な紋様を施した布衣を軽く引っ掛けた、浅黒い肌をした黒髪の少女。


 「匪賊に赤肌人はいませんでしたが。……彼らの仲間でしょうか?」


 ツァオルゥは警戒の色を強めたが、どうにもオレは彼女が盗賊だとは思えなかった。いや、そう思いたかった、というのが正しいところだ。単純にやり合う相手が増えると面倒だというのもあるが、それとは別に言葉にできない不定形の情動が胸に渦巻いていた。
 その正体はなんだ? 自問してみてもイマイチわからない。鏡越しに一瞬だけ垣間見た彼女の表情に、オレは何を見出したのだろうか?


 「身動きがとれないな。どうする?」
 「しばらく様子を見ましょう。」


 何かしら行動を起こすにしても、適切な時節がある。ひょっとしたら赤肌人の少女は偶然居合わせた来客なのかもしれないし、そうでなくとも時間を置くことで風が向く可能性は多分にある。奇襲をかけるにしても深夜を待つのが定石だ。
 そもそも、久方ぶりの全力疾走に萎えた肺が悲鳴を上げているのだ。休息も兼ねてオレはツァオルゥに先程から抱いていた疑問を投げかけることにした。


 「なんでオレなんだよ。」
 「何がですか?」
 「オレを巻き込んだ理由だよ。幼馴染の気安さってヤツか?」
 「まぁ、それもあります。でも、最初からそのつもりじゃなかったんです。」
 「どういう意味だ?」
 「君が今も冒険者として生きているかどうか。もしかしたら、と。」
 「縁起でもない。それに胡乱過ぎる理由だ。」
 「まぁ、樹海を生き抜いた冒険者を頼りにしない理屈はないですからね。」


 ……だとしたらとんだ見当違いだ。オレは嘆息交じりに頭を振る。
 オレは樹海の生存競争を生き抜いてきたワケじゃない。ただ、ひたすら自分の殻に閉じ篭って生き永らえていただけだ。……みっともなく、はしたなく、無様にただ足掻き続けて。
 今のオレは、ツァオルゥが期待するような一角の冒険者じゃない。冒険の残夢にふらついているだけのただの酔漢だ。それどころかオレは友人の信頼までもを蔑ろにする卑怯者に過ぎない。虚栄で糊塗した自分を見せている心底下劣な男なんだ。


 「ツァオルゥ、オレは……」


 いい加減堪え切れなくなった。いつまでもウソを重ねるなんてオレには無理がある。
 全てぶちまけよう。例えそれで愛想を尽かされたとしても、それは自業自得ってものだ。


 「……オレさ、ギルドを抜けたんだ。決して昨日今日の話じゃない。」
 「ジェナン、君は何を……?」


 こちらの心意を計りかねたのだろう、ツァオルゥが訝しげに尋ねる。


 「やめてください!」


 その瞬間、金切り声が闇夜を切り裂いた。
 あの赤肌人の少女か!? オレは反射的に戸口に向かって走り出していた。
 駆け出した勢いをそのままに木戸を蹴り開けると、驚愕と共にこちらを振り向いた3人の男女の姿が目に入る。


 「だ、誰だテメェは!」


 荒々しい男の誰何に気圧されながらも、オレは目の端で赤肌人の少女の姿を確認する。突然の事態に彼女は目を丸くしていたが、少なくともどこか怪我を負ったような様子はない。
 少女の無事な姿に安堵が胸を満たすと、次に拙速すぎた行動を省みて焦慮が脳裏を駆け巡る。こちらの姿を晒すのは早すぎたかもしれない。もっと慎重に行動すべきだったか……?


 「だから誰なんだよ、テメェはよぉっ!」


 重ねて繰り出された男の詰問にオレが舌を余していると、脇を縫って小さな人影が室内に飛び込む。


 「私は門蔵院のツァオルゥ! 開祖より伝えられし至宝、今すぐ返して頂こう!」


 男の脇で身を強張らせていた細身の女は、ツァオルゥの名乗りを受けると合点が行ったという様子で頷いた。


 「なるほど、僧院の坊主か。海を渡ってまでしてご苦労なことだ。」
 「我らが宝経、いずこに隠した!? 自らの不逞を省みるならば善し! 居直るのであれば武断をも辞さぬぞ!」


 気炎を上げる修行僧の姿と対照的に女は冷ややかな笑みを浮かべる。


 「捨てたよ。……ありゃ偽物だ。二束三文にもなりゃしない。」
 「なんだ……と……?」


 女の答えにツァオルゥの顔から血の気が引き、見る間に蒼白に染まっていく。


 「僧院の蔵入と聞いて勇んでみたが、蓋を開けてみりゃただのチリ紙。山院百年の歴史だかもこうなると怪しいものだ。」
 「先人の誉を愚弄することは許さんぞ……!」
 「おやおや、止してくれ。私はウソなんかついちゃいない。そちらの篤信を裏切って法螺を吹き込んだのは、山院のお偉方じゃあないのかな?」
 「貴様……!」


 盗賊の言葉が予想外に過ぎて、事の成り行きに理解が追いつかないところもあるが、ともかくオレ達は振り上げた拳のやり場に困っていた。
 ツァオルゥの話によれば、連中が山院から盗み出したのは、百巻にも及ぶ多篇の経典だそうだ。寺院を開いた高名な仏僧の手による書物で院の至宝だったと聞く。
 何分、持ち運びに苦慮する品ではあるから、盗賊が早期に換金を企てることは想像がつく。しかし、古売屋に掛け合ってもそれらしき盗品が流れたという噂は全く拾えなかった。
 賊の言葉を鵜呑みにするのはさすがに善人に過ぎるだろう。しかし、それだけに捨てたというのであれば、姿を消した経典の行方も納得が行くのだが……


 「下郎の弁に惑わされるものか! 話はとっくと聞かせて貰う! 無論、牢屋の内でだ!」
 「はっ、徳の高い寺僧様にしちゃ随分と口が悪い。それで衆生を救おうなんて烏滸がましいにも程がある。」
 「人は法僧に救われるのではない! 自らの実践によって救われるのだ!」
 「だったら命知らずの仏弟子を、偉大なる大主の膝元に送ってやるよ。」


 その言葉を皮切りに室内の空気が緊張を帯びた。反射的に右手が腰に伸び、そこでオレの手が止まる。
 待てよ、樹海の魔物相手ならばともかく、人間同士で血を見ようって言うのか? 本気で? 瞳に敵意を漲らせたツァオルゥは、今にも床を蹴って賊に飛び掛りそう気勢ではあったが、正直オレは腰が引けていた。
 我に返ったのかもしれない。先程の無謀とは裏腹に急速に心が冷えていくのを感じる。


 「甘いよ。」


 心に逡巡が忍び込んだその一瞬、女が短剣を抜きざまにこちらの喉元を狙った一突きを繰り出した。
 マズい、避けきれない!


 「覇ァッ!」


 しかし、横から伸びたツァオルゥの蹴り足が女の手甲を的確に捕え、短剣を宙に大きく弾き飛ばす。女は舌打ちすると右手を抱くようにして素早く後方に退く。
 隙を与えずツァオルゥは追撃を図るが、そこに割り入るように賊の男が立ちはだかる。……手に強大な弩弓を携えて。
 マズい、あれは樹海の猛獣を仕留めるために作られた機械仕掛けの大型弩砲だ。人間なら矢が掠めただけでも首が飛ぶ。
 本気なのだ。向こうは本気でこっちを殺しにかかってきている。
 軽装なツァオルゥには矢弾を防ぐ術がない。だったらオレが防ぐしかない。今更怯んでいられる暇なんてあるのか? あるワケがない!


 「念仏唱えて弾け飛びなよ、おチビちゃんよぉっ!」


 暴力的な愉悦を顔に張り付かせたまま、男が弩砲のトリガーに指をかける。


 「撃たせるもんかっ!」


 オレは砲身を狙って渾身の斬撃を叩き込む。金属同士がぶつかり合う甲高い音が室内に響き渡り、オレは両手を襲った激しい痺れから剣を落とすまいと必死に堪える。
 発射の瞬間に振り下ろしの斬撃を食らった弩砲は、爆発とも暴発ともつかない発射音と共に大人の前腕にも匹敵する過重な矢弾を床に向かって発射した。弩砲から放たれた矢弾は当初の目標を捕えぬまま虚しく床板を貫通し、木片を砂嵐のように激しく跳ね上げる。


 「なんじゃこりゃぁっ! んぺっぺっぺっ!」


 顔に纏わりつく木屑を払おうとして男が両手で宙を薙ぐ。瞬間、無防備になった男の鳩尾に拳がめり込む。


 「オゥブッ……!」


 一瞬遅れて男の巨体は床に崩れ落ちた。ツァオルゥの正拳が髪の毛一本過たず急所を貫いたのだ。


 「ちっ、役立たずが……っ!」


 砲手の男の無様な姿を見て女は無慈悲に吐き捨てる。未だ右手の痛みが抜けないのか、女は武器を構えようともしない。右手に残る痺れを堪えて、オレは剣先を女に突きつける。


 「チェックメイトだ……!」


 正直な話、ここまでの長駆と乱闘劇で余力は底を尽きていて、今は剣先を水平に維持することすら体に堪える。が、それを悟られるのはマズい。酸素を激しく欲する心臓を懸命に抑えて、オレは緩く浅く呼吸しようと必死に努めた。
 女はこちらの限界に気づいていないようだったが、一方で切羽詰った様子も見えない。
 優勢なのか、劣勢なのか、わからない。奇妙な感覚だった。


 「いや、一手遅い。」


 ちっきしょう! 嘲弄めいた女の言葉に反射的にオレは剣を突き出すが、女の胸元を捕えたハズの剣先はあるべき手応えを得ないままに宙を掻き泳いだ。


 「それは残像です!」


 影を囮にする忍の技か! 鉄剣の重さに振り回された体をどうにか御しようと努めるが、手足は鉛のように重く、力が指先まで通じない。
 重心が傾いだところで女に軽く足を払われ、気づけばオレは無様に床と抱き合っていた。


 「鍛錬がなっていない。呆れた冒険者様だな。」


 女の屈辱的な言葉で頭に血が上る。頭を振って気を取り直すと、目前の穿孔、先程男が矢弾を撃ち込んだ床穴から濁った白煙が噴き出してくるのが見えた。
 ……これは、煙幕!?
 そうか、まともに斬り合う意図など連中にはなかった。端から煙幕に紛れて逃げる算段だったのだ。
 勢いよく噴き出す白煙に見る間に視界が白く染められていく。忍の女の嘲笑が濃さを増す煙幕の向こうに見えた気がした。


 ……ダメ、なのか。オレ自身の短慮と無力で賊にはまんまと逃げられてしまった。
 頼ってくれた友人の力になれない。侮蔑の言葉を投げつけられても反論もできない。
 じゃあ、オレは、一体なんなんだ!
 世界樹の踏破を志して、自らの無力さに気づいて、それが無謀だと知った。目の前に広がる樹林の深さはようと知れず、枝葉に隠れる樹海の深部はその仔細さえ窺わせない。
 世界樹の迷宮は、余りに広大無辺に過ぎた。到底冒険者の手に負える場所ではなかったのだ。
 だから、諦めようと思った。でも、結局諦めきれなかった。樹海に立ち入って以後、冒険以外の全ての景色が色褪せて見えた。神秘と驚嘆に満ちた樹海の野生はオレを惹き付けて離さないのだ。
 職人の真似事もした。木細工を削って糊口を凌いで、それでもう一度樹海に挑戦しようとして……
 それで気づけば四季が巡っていた。部屋の隅に放り置かれた剣と盾は埃で埋まり、蜘蛛の巣が張っていた。
 オレはいつの間にか樹海に踏み込めなくなっていた。樹海に拒まれてしまったのだ。


 そして今、室内を埋めつくす白煙が自分と世界とを切り離していく。樹海に拒まれた自分は、今度は世界からも拒まれるのか。
 でも、それも当然の帰結かもしれない。挑戦を諦めた冒険者に、どこにも居場所はない。
 アーモロードを居と定めた人間は、世界樹から目を背けては生きていけないんだ。


 「いいえ、あなたは目を瞑っているだけ! 耳を塞いでいるだけ! 口を噤んでいるだけ!」


 突如、煙幕の彼方から凛とした声が響いた。ツァオルゥとも賊とも違う、透き通った力強い声。
 鼓膜に残るあの叫び声と同じ声音。赤肌人の少女。彼女なのか……!?


 「アトゥーサ、お願い!」


 少女の叫びと共に、窓ガラスが砕け散った。煙が割れ窓に吸い込まれるのと入れ違いに、夜の闇を纏うようにして一羽の巨大な猛禽が室内に飛び込む。
 魔物が樹海から這い上がってきたのか!? 疑問を差し挟む暇もなく、砂色の猛禽は空中に静止してその巨大な羽翼を激しくはためかせる。


 「目を、耳を、口を開きなさい! そうすれば……!」


 嵐風の如き猛禽の羽ばたきに吹き飛ばされ、緞帳のように厚く視界を遮っていた煙幕は見る間に朝靄のように溶けていく。まるで魔法のような光景。
 そしてオレは薄れゆく白煙の向こうに、砲手の男を担ぎ出そうとする忍の女の姿を見出したのだ。


 「……そうすれば、あなたは一人じゃない! 世界は光に満ちている!」


 そうか、赤肌人の獣使い。彼女は、暴虐な樹海の魔物さえその手に従える異能の一族だったのだ。
 忍の女と目があった。驚愕に見開かれたその目には恐怖の色が宿っていた。
 女は遂に自らの窮地を悟ったのだ。
 躊躇うことはなかった。足に力を篭めて二歩、三歩と踏み込み、そして上段に構えた鉄剣を女の肩口に振り下ろす。
 刃が肉に食い込む鈍い手応えが両手に重く響いた。