世界樹の迷宮・その47前編(アルルーナについて)

 パラディン♀ アリスベルガの日記


 「実は、妹を誘拐して欲しいのです。」
 「……はぁ。」


 年の頃は10の半ばか、貂の毛皮で飾られた上着を羽織る依頼主の青年の言葉に、嘆息するべきか、頭上を仰ぎ見るべきかを判断しかねて、結局私が選べたのは間抜けな相槌を返すことだけだった。
 まぁ、彼のような毛並の整った人間からすれば冒険者など皆揃って無法者に見えるのだろうが、やれやれ、私も随分と堕ちたものだ。よもや犯罪の片棒を担ぐよう唆されるとは。故あって冒険に勤しんでいるとは言え、これでも騎士を任じられた身なのだがな。


 エトリアは辺境の地だ。世界樹の迷宮はこの地に多大な財貨と流通、それに伴う軍事力、政治力を齎したが、地理的・文化的に辺縁部に位置するこの街に中央から与えられた評価は未だ「成り上がりの山師」に過ぎない。今は順調な経済成長により発展を続けているかもしれないが、伝統と格式を軽視するその思い上がりにやがて彼らは自らの足元を掬われることになるだろう、と皮肉と冷笑を交えた観測が専ら中央ではなされている。
 それゆえに、主君を奉じて領地を有する真っ当な騎士であれば、花の都を離れてわざわざ野卑な連中の巣食う田舎くんだりまで足を運ぼうなどとは到底考えない。私も含めて、このエトリアに流れ着いた騎士というのは、脛に傷を持っているか、遺産相続に不利な状況にあるか、主命を帯びているか、武芸の修行者か、その辺りである。
 そしてどうやら私は人道に外れる罪を犯して都から逐電した騎士であると、そう目前の依頼者には判断されたようだ。よくよく私も人相が悪くなったらしいが、それはティークラブの連中のせいに決まっている。そうに違いない。


 まぁ、依頼人の人物眼がどうあれ、もう少し詳細を知る必要がある。依頼を受けるにしても、断るにしても、返答には適切な理由を添えるのが嗜みというものだ。いけぞんざいな否を突きつけることは難しい話ではないが、自ら進んで落人の認定を補強付ける趣味はないし、この不本意な決め付けに対してせめて皮肉の一つでも言ってやりたい気分ではあった。


 「執政院ではなく…… ギルドに足を…… そう、ここに来た意味をご理解頂きたいのです。」


 つまり公共性に欠いた依頼を持ち込んでいるという自覚はあるワケだ。未だその内容は詳らかにされてはいないが、確かに最初の物騒な口上からしても、執政院に持ち込むべき事案でないことは容易に窺い知れる。
 それゆえに彼も慎重に言葉を選んでいるのだろう。場慣れしている様子はなく、むしろこの手の交渉を初めて経験するような浅はかさが随所に散見されるのだが、彼の目はある種の真剣さを帯びていて、たどたどしくも懸命に共感を求めようとする姿は、異国の地で宿を探す熱心な遍歴学生のようにも見えた。


 「失礼ながら、あなたは法に触れろと仰るのでしょうか? この私に?」
 「いえ、執政院に仇為すような事案ではありません。むしろ…… そうですね、余りにも身内過ぎる、閉鎖性が強すぎるために公権力の介入が難しい問題なのです。」


 身内の問題ならなおさら他人に頼らず、関係者の中で片付けるべき問題だろう。こちらとしては他人の家庭の事情に首を突っ込むなど野暮な話ではあるし、向こうにしても外部の人間を招いたらそれこそ話がややこしくなる。
 そこまで考えて、私はおもむろにこの依頼の構図が見えたように思えた。つい私は脳裏に浮かんだ言葉を短絡的に口走ってしまう。


 「……狂言誘拐にでも協力しろと?」
 「あ、いえ、そうではなく……」


 思わず口から怒気が漏れてしまった。……やれやれ、修行不足だな。
 一喝されるとでも思ったのだろうか、青年は過敏に反応し、身を萎縮させてしまっている。


 「いや、済まなかった。もう少し詳し……」
 「その依頼、引き受ける必要はありませんよ。」


 青年に先を促そうとして口を開いたところで突如背後から声が響く。振り返るとそこには口を真一文字に結ぶリーダーの姿があった。


 「デスモンド家の御令息が、こんなあばら家に一体何の御用でしょうか。」
 「エ、エバンスさん……!」


 リーダーの登場に青年は明らかに動揺している様子だった。元々彼は私との話し合いでも酷く緊張していたのだが、不意の闖入者の姿に彼の外面を繕っていた意志の堤防は脆くも決壊してしまったようだった。


 「ぼ、僕はあなた達にお願いしたいんです! 妹を! エルシーを助けて欲しいと!」
 「そんな戯れを…… あなたにも分かっているハズです。これは彼女が生まれた時から定められた決まりごとなのだと。だからこそあなた達一家は今まで遇されてきた。それを今更……」


 全く事情が呑み込めないのだが、どうやらリーダーとこの青年は互いに知己であるらしい。
 エトリアに来て未だ日の浅い私には彼の家名であろうデスモンドという単語にまるで耳覚えがないのだが、或いはこの区域では有名な名前なのだろうか。


 「今回の件で一番悲しんでいるのは自らお腹を痛めたあなたのご母堂です。あの方はあなたほど心が強くはないのですから、あなたが傍にいて彼女を案じてあげなければなりません。それが彼女にとっても、あなたにとっても、傷心を癒す何よりの慰めになるのではないですか?」


 諭すようなリーダーの言葉に、青年は頬を紅潮させ、肩を震わせて、必死に抗弁を試みようと口を開閉させていたが、やがて踵を返すと一言呪詛の言葉を残して部屋を後にした。
 私は頭を振って、混濁する情報を篩にかける。彼の背中を見送っていたリーダーがこちらに視線を戻すなり、私は彼に噛み付いた。


 「一体彼は誰だ? デスモンドと言ったか? 妹とは? 病気か何かを患っているのか?」
 「ちょ、ちょっと待ってください! いっぺんに尋ねられても困ります!」


 リーダーは食って掛かろうとする私を両手で制止し、腰を落ち着けるように宥める。私は承服しがたい思いを抱きながらも、再び椅子について湯気の消えたティーカップを口元に運ぶ。
 ぬるくなった紅茶が不愉快だったが、「よくもまぁ、そんなものを」とでも言いたげなリーダーの表情も輪をかけて不愉快だった。彫刻に関する衒学を声高に披露したがる貴族のように、この男は紅茶に関してだけは甚だ口煩い。


 「さて、何から話したものでしょうかねぇ。」
 「全部だ!」


 リーダーが緩々と自らのカップに紅茶を注ぎ、たゆたう蒸気で顎を蒸らし始めた頃には私の忍耐も限界に達していた。
 リーダーは口を開こうとして、次いでティーカップに視線を落し、そして改めて私の顔を見やってから最後に紅茶を呷った。どうやら私の問いかけは優先順位として紅茶に負けたらしい。


 「彼は、テッド。郷士デスモンド家の一粒種で、地元の人間にはちょっと知られた人間ですよ。」
 「ただの凡庸な青年に見えたが。」
 「有名なのは彼ではなく、彼の一家、もっと言えば彼の妹ですね。」
 「妹だと?」
 「先日、収穫祭があったでしょう。これでもう後は冬を待つだけになりました。」


 いきなりリーダーの話が脇に逸れる。この男の舌は一体どんな経路を辿って動いているのかまるで見えない。


 「それがどうした?」
 「今年の収穫祭は、久しぶりに森の神様への奉納が行われたのですよ。」
 「森の神様、というのは……?」
 「要するに樹海を神格化したものです。そして今年は、森の神様に侍従を遣わせる『森送りの儀』が行われたのですが……」
 「……まさか、それが彼の妹なのか?」
 「ご名答。その通りです。」


 ようやく表出した材料が線で繋がった。しかし、それが依頼にどう結びつくかは未だに不分明だ。
 リーダーは一呼吸置いて話を続ける。


 「森の神様は大変心優しい神ではあるのですが、人間の審美観からすると極めて醜い容貌をしていらして、またその事を大変気に病めていらっしゃいます。」


 自然の猛威を体現する樹海の化身にしては、随分とまた世俗染みた情動の持ち主だ。
 まぁ、それも土着の人民の心理の投影なのだから感情豊かなのも当然と言えばそうなのだろうが。


 「従って人間も侍従の選考には苦慮するのですね。森の神様の気を損ねてはならないと。」
 「難儀な話だな。」
 「ですから森の神様に遣わされる侍従は例外なく『盲目の子供』が選ばれます。彼らは7つを数えた年になると身を清めた上で収穫祭の日に森の最奥、森の神様のおわす祭壇へ連れて行かれます。それから彼らは森の神様と共に樹海の平穏を祈って日々を過ごすのです。」
 「バカな!」


 私は全身の汗腺から冷や汗が吹き出るような空寒い興奮に囚われた。
 言葉こそ神への奉納と飾ってはいるが、これはただの厄介払いじゃないか。盲目の子供を手に余らせた大人達が自らの理性と感情を納得させるために上辺を虚飾して作り上げた都合のいい伝説だ。
 貧困に喘いでいた時代、口減らしが必要な事情があったのも事実なのだろう。しかし、今のエトリアは大陸の中でも指折りの豊かな街だ。
 『石を投げれば冒険者に当たる』。浮浪者とさして変わらない冒険者を山ほど抱えてなお社会が成り立つのは、この街にはそうした人々を養うだけの実入りがあるからだ。そんな時代にあって、なお前時代的な因習を継続する必然性など、もはやどこにも存在しない。


 「あなたの言いたいこともわかります。しかし、悪魔に捧げられるのではないだけマシだと考えた方が健康的ですよ。」
 「そうやって慰撫すればいいというのが知恵か! 神も悪魔も人の生み出した妄念だ!」


 このエトリアの地は見た目こそ華やかな商業都市ではあっても、その芯となる部分には依然として寒々しい僻村の悪習がこびりついている。やはりこの街は未だに辺境なのだ。人々は古い因習を未だに後生大事に抱え、自らの都合に呪術的な意味を付加して非論理的な論理を構築し、それに納得して日々を過ごしている。
 なるほど、今ではテッドの依頼の内実も見える。要するに彼は先の収穫祭で迷宮に置き去りにされた妹を探し出し、無事地上に連れ戻すためにここに足を運んだのだろう。


 「……いつからだ。一体いつからこんなことを……」
 「私の祖母の祖母の頃にはもう既に執り行われていたようですね。ひょっとすると世界樹の迷宮が見つかるよりも前から連綿と続いている儀式なのかもしれません。」


 しかし、この伝統は彼らのコミュニティの中ではそれこそ神聖不可侵の儀式なのだろう。だから彼は、執政院にも身内にも頼ることができず、エトリアのしがらみに囚われない冒険者の足に縋りついた。彼にとって唯一誤算だったのは、彼の家の事情を知るリーダーの存在だ。
 そしてリーダーもまたエトリアの住民として、この怖気を震う奇矯で野蛮な儀式を当然のものと捉えている。まったく度し難い話だった。


 「深入りはお止しなさい。例えエルシーを助けたところで、今度は彼ら一家が白眼視されるだけです。禁忌を犯したとあっては一族全員が社会的に抹殺される。ここはそういう土地です。」
 「手を引けというのか……!? 明らかな無法だぞ、これは!」
 「あなたの論理は中央の論理です。私達には私達の論理があります。」


 人道主義という概念自体、先進的過ぎる思想なのだろう。
 彼らは自然と相対して、神の身を削ぐか、自らの身を削ぐか、どちらによって平衡を保てるかを常に勘案してきた。だからこの儀式も彼らにとっては単純に森への返礼に過ぎないのかもしれない。
 そこに恣意的な選択と悪意を見出すかどうかは色眼鏡のあるなしによる。埒外の人間が首を突っ込むには繊細にすぎる問題ではあるのだ。


 「勘違いして頂きたくないのですが、私達は彼らに一方的な犠牲を強いたのではないのです。彼ら家族は森の神様への侍従を輩する一家としてこの数年、恩恵を与えられてきました。だからエルシーも、彼女の父母も、今日の事態を受け止めています。一人テッドだけが幼稚な論理を振りかざしているだけなのです。」


 リーダーの声はいつにない重苦しさを備えていた。
 そうだ、彼らには彼らなりの事情があり、社会があり、通念があるのだ。彼らの共同体においてテッドの反乱は近代的な理屈に即した啓蒙精神の発露などではなく、個人の感情を押し通そうとするだけの我侭でしかない。それがいかに非合理な因習とは言え、長らく続いた伝統と慣例を覆すにはテッド一人の力は余りにも小さすぎた。それだけの話なのだ。


 「だが、それでも…… それでも私は看過することなどできないっ!」


 理性的な発言とは言えなかった。感情に任せた惰性的な断言。
 しかし、それでも。それでも私は逃れられるハズの苦難を敢えて背負おうとする人々の心情に対して、心からの共感など到底覚えられなかったのだ。
 リーダーはただ黙したまま俯き、湯気の立ち上るティーカップを見つめ続けていた。




 数時間後、私は赤草通りのデスモンド邸の前にいた。
 赤草通りは両脇に瀟洒な住宅街が並び立つ、所謂高級住宅街の一角ではあったが、デスモンド邸だけは公園のような空き地を挟んで他の邸宅から一歩距離をとった場所に建てられている。
 とは言え、ここにある種の意図を読み取ろうとするのは、それこそ先入観に囚われたやり方だ。私は頭を振ってデスモンド邸の敷地を跨ぐと、年季の入った幅広の樫の扉の前に立ち、扉の中央に誂えられたライオンのドアノッカーを打ち付ける。
 程なくして扉が開き、使用人と思われる小柄な少女が上半身を覗かせた。


 「私は騎士アリスベルガと申す者。テッド殿にお取り次ぎいただきたい。」


 少女は訝しげな表情でこちらを観察している。明らかに雰囲気としては警戒されている様子だったが、それも詮無い話だ。彼女の人生において冒険者風情と対面する経験など今までなかったのだろうし、今日の訪問がなければそれは未来においても普遍であり続けたはずだ。
 結局彼女は判断を下せぬまま視線を辺りに彷徨わせ、「少々お待ちください」と言い残して扉を閉めた。
 些か躓いた出だしとはなったが、相手が熟練の使用人頭でもあれば、冒険者と見るや否や即刻叩き出された可能性もあるのだし、唐突に押し掛けたにしては上善の結果と言えよう。まぁ、全てはテッドにさえ対面できれば済む話だ。
 私は庭師の働く庭園を眺めることで落ち着かない心を宥めていたが、庭師が本日の仕事を終え、道具を片付ける段に至っても一向に扉が開かないところを見ると、どうも私は家主に捨て置かれたようだと確信せざるを得なくなった。
 私は溜息をつき、再びドアノッカーに手を伸ばそうとしたが、その瞬間、私の手に食いつくように扉が内側から開け放たれた。
 中から顔を覗かせたのは先ほどと同じ使用人の少女だったが、その表情は幾分か様相が異なり、狼狽に彩られ、呼吸も心なしか落ち着かない。中で何事かあったのだろうか?


 「だ、旦那様がお会いしたいと仰っております。」




 長鳴鶏の宿の大部屋にも匹敵する広さの客室に通された私は、座り心地のよい柔らかな、しかし適度に腰を支える上質なソファに体を預け、主の到着を待った。
 内装を一瞥したあと、私は壁に掛けられた貴族趣味の刀剣を見やりながら思考を巡らせる。
 そもそも私は主人ではなく、その息子であり、ギルドに依頼を持ち込んだテッドに面会を申し込んだハズだ。それがなぜ彼ではなく彼の父親と面会する運びになったのだろうか。
 テッドは当然エルシー捜索の件を父親に伏せていたハズだ。すると私がここに足を運んだことで父親に彼の算段がバレてしまった可能性はある。父親は彼を叱りつけることだろう。そして詳しい事情を聞くために私を呼び寄せ、その上で私に口を閉ざすように要求するつもりなのかもしれない。


 しばらくそんなことを考えていると矢庭に扉が開き、痩せぎすの初老の男性が姿を現した。何気ない仕草から地方の名士らしい威厳を覗かせるその男は、肩書きを知らなければ熟練の法学者か医者のようにも見えた。
 彼は私に礼を施し、待たせたことを一言詫びると私の向かいに腰掛けた。


 「テッドと君は一体どのような関係なのかね。それをまず教えては貰えないだろうか。」
 「私は故あって冒険者を生業にしている者。私からすれば彼は依頼主ということになります。……尤も諸々の事情から彼の依頼を引き受けたワケではないのですが。」
 「今日はなぜ、ここに?」
 「依頼の詳細について伺おうと思ったのです。ギルドでの話し合いは折り悪く中断されてしまったもので。」


 そう答えるとテッドの父親は顎に手を当て、何事かを考えている様子だった。


 「依頼の内容について聞いてもいいかね?」
 「私からは口外できません。ご子息から直接お聞きください。」
 「ふむ、残念ながらそれは叶わないのだ。」
 「それは一体どういうことですか?」
 「すると手引きしたのは君ではないようだな。それが分かっただけでも十分だ。」
 「一体何を……?」
 「まぁ、これも奇縁か。私から君に依頼したいことがある。どうかね?」


 全く以って理解の追いつかない会話が私と主人の間で交わされている。
 主人は全く情報を私に与えることなく、彼の必要とする情報を私から吸い上げつつある。私が彼の真意を知るためには、彼の話に乗らなければならない。
 それはつまり、神の侍従に纏わる血生臭い舞台の配役として壇上に上ることを意味している。そしてリーダーは私に深入りするなと警告したのだ。


 「話をお伺いしたい。」


 私は敢えて足を踏み出した。私を駆り立てたものの正体を私は把握しかねている。しかし、このままテッドと、テッドを取り巻く人々を捨て置く気にはなれなかった。彼の眼差し、テッドの眼差しに、熱病に浮かされたような危うい光を見出してしまった私は、彼の暴走をこのまま看過することはできなかったのだ。
 主人は私を一度値踏みするかのようにねめつけて、それから口を開いた。


 「あれは、娘を祭壇から引き剥がそうとしている。ギルドなぞに足を運んだのも協力者を募るためだろう。……ああ、いや、答えなくていい。君は君の職責に従いたまえ。」
 「助かります。」
 「昔からあれは、娘のよき兄であろうとした。その努力に関しては、私はあれを認めている。だが、古くからの決まりごとを破ろうとする行為は、年長者として見過ごせるものではない。」
 「父親としてはどうなのですか?」
 「それを口にするには私も些か年を取りすぎた。」


 主人の口振りからすると、テッドの考えは既に父親に看破されていたらしい。そして主人は、禁忌を破ろうとする彼の態度を詰るのではなく、むしろ同じ悲しみを抱えた同輩と見なしているようだった。


 「まぁ、私の心情なぞどうでもいい。今、重要なのはだ。テッドが家を抜け出して、行方を眩ませた、ということなのだ。」


 テッドが姿を眩ませた。誰にも行き先を告げることなく。一体何のために?
 私は身を乗り出して主人に問いかける。


 「今、彼は在宅していないのですか?」
 「そうだ。部屋は蛻の殻だ。」
 「今までこのようなことは……」
 「初めてだ。そしてあれは、私の部屋の隠し金庫を開けて中身を持ち出したようなのだ。」


 妻には内緒にしていたのだがね、と苦笑しながら主人は付け足す。


 「あれは、自ら樹海に赴くようなことを言ってなかったかね。私は、それが一番心配だ。」
 「冒険者を頼るということは、己の非力さを理解しているということでしょう。その点では彼は理性的でした。ただ……」
 「ただ?」
 「今の彼は、理性よりも感情を拠り所にしているかもしれません。危険です。」


 そして、彼の暴走の口火を切ってしまったのは、私達かもしれないのだ。
 ギルドに赴いた彼を私達は徒に追い詰め、逃げ道を失わせてしまった。誰も頼りにできないと確信した彼が、独力でエルシーを助ける道を選んだのだとしたら、もはや猶予はない。


 「娘のことは諦めもつく。だが、その上あれまで失うような二重の悲しみを妻には覚えさせたくはない。勿論、私もだ。だから君にお願いしたい。どうかテッドを無事に家まで連れ戻してくれないだろうか。」


 責任の一端は私にもある。もし、テッドが納得する形で彼を説得できたのならばこんなことにはならなかったハズなのだ。
 その失態を取り返すために私はテッドの行方を探し当てなければならない。


 「……その依頼、お引き受けします。」


 宜しくお願いする、と搾り出すような声と共に主人は私に礼を施した。