世界樹の迷宮2・その2(1F)

 レンジャー♀ ミレッタの記憶


 柔らかな微毛に包まれた艶やかな肌。丸みを帯びてずんぐりとした肢体。この為りを見て「愛嬌がある」と評するのは、図書でしか樹海を知らない人間の言い草だ。実物を目の当たりにすれば、その仔牛にも似た巨躯の発する轟然とした威圧感に、誰もが思わず一歩後ずさることになる。
 地中にあって退化したその目は灰色に濁って鈍く輝き、敵意を伴ってこちらに向けられている。まるで新芽の若葉のように小さくか細い腕の先には、しかし対照的に巨大で怪異な硬質の長爪が煌いている。


 『引っかきモグラ』。この魔物を見て「どこがモグラなんだ」と呟く冒険者は多分、本物のモグラの生態までは聞き及んでいないのだろう。たった半日の空腹を抱えるだけで死に至ってしまうほどの旺盛な食欲を持つこの怪物は、確かに畑荒らしと同根の宿命を持つ支族なのだから。




 硬質の鞘走りの音が小道に響いた。視線を転ずると、そこには長剣を正眼に構えたベオの姿があった。
 余りにも型に嵌ったベオの挙作に思わず心胆が縮む。何よそれ、まるでいっぱしの剣士じゃない。


 「戦うのかね。」
 「それがオレの仕事なんでしょう?」


 問い掛けた呪い師の声は、制止と推意のどちらの成分にも欠けている。意図的に感情を押し殺したのでもなければ、どこか緊張感を欠いた、投げやりとも思える声音だった。
 一方でベオは眼前の『引っかきモグラ』を見据えたまま、いつでも打って出られるように膝を軽く曲げ、体中のバネを溜めている。臨戦体勢のベオに思わずアタシは声が上擦る。


 「ベオ、やめなさいよ! 樹海の魔物は! 樹海の無慈悲な生態系に組み込まれた生物ってのは、アンタが思っているほどに生易しい相手なんかじゃないのよ!」
 「たかがモグラだ、なんて侮っちゃいない。けどさ、最初から尻尾を巻いて逃げ出したら! そんなんじゃ冒険者なんて務まらないだろ!」


 強気に言い放つベオの横顔にアタシは声を失う。ベオはどこか平静さを欠いている。こんな好戦的なベオは、いつものベオじゃない。
 樹海に入って未だ気が昂ぶっているのだろうか。いや、そうじゃない。今のベオには、樹海で先んじて功を為そうとする下層出身の衛士のような、まざまざとした焦りが見て取れる。そしてそれは、先程の一幕、アタシとノワイトの口論から端を発したようにも思えるのだ。
 先程、モグラが茂みから飛び出したその刹那、ベオの目に歓喜の光が宿ったのをアタシは確かに見て取った。その瞬間、アタシの背筋に冷や汗が伝ったんだ。樹海はベオを、ベオならざる者に変えてしまったんだろうか?


 「アンタは躍起になりすぎなのよ! たかがモグラ1匹で!」
 「オレはただ、自分の責務を全うしたいだけだ!」


 ベオは構えを解こうとはしない。それどころか全身に力を漲らせて、機を狙って飛び込んでくるモグラに痛烈な一打を加えようと待ち構えている。コイツは本当に戦うつもりなのだ。


 「いやいや、ベオ殿も戦士であれば、それが男子の気概にゴザル。ミレッタ殿は案じているようだが、なぁに、モグラ如き拙者が一刀にて成敗してご覧にいれるでゴザルよ。」


 ベオの言葉に呼応するかのように、ナガヤが刀を引き抜いて上段に構える。しかし、根拠のないその余裕はアタシにとって頭痛の種にしかならない。どこからそんな空虚な自信が湧き出てくるのか不思議ですらある。


 「兄上、よろしいので?」
 「彼らは抗うようだ。ならば。」
 「随意のままに。」


 次いでユーディットが腰元から小剣を引き抜くと、そのまま兄を庇うようにして剣を構える。どちらかと言えば、彼女自身は積極的に現状を打開しようと言うのではなく、呪い師に向かう飛び火を払い除けることに専心するつもりらしい。
 森の小道で、都合3振りの白刃が機を窺って切先を揺らめかせた。一方で、人肉の味を覚えた『引っかきモグラ』は、生来の飢餓を満たすために前進を諦めようとしない。こちらはこちらで大地によって研磨された生来の武器を利して、獲物を突き刺し、引き裂き、臓物を抉り取ろうと目論んでいるのだ。
 アタシは頭を振って、矢筒から一本の矢を引き抜くと即座に弓に番える。溜息と共に番えられたこの一矢が、未だ燃え盛る魔物の敵意を消散させることを願って、アタシはモグラの足元に威嚇のための一閃を投じた。




 「だから通しなさいよ!」
 「地図が完成するまでは、と言っている。」


 再三の詰問に対して、さすがに衛士の声にも苛立ちが混じる。サーリットの奥の隠された顔はこちらからは直接目にすることはできないが、その渋面は手に取るように想像できた。


 幾度もの魔物との戦闘を交えながら、アタシ達は大公宮から下された羊皮紙の地図に自らの足跡を記し続けた。そして半死半生の体を晒しながらも、アタシ達はようやく樹海の入り口にまで辿り着いたのだ。
 それにも関わらず、樹海とハイ・ラガードの境界を守る衛士は、アタシ達の帰還を頑なに阻もうとする。ギルド『バラック』はミッションを未だに達成していない、というのがその言い分だ。
 大公宮から冒険者ギルドに下された最初のミッションは、「地図を描くと同時に街への帰還を果たせ」というものだった。虫食いだらけのこの地図が完成品だと強弁するつもりはないし、その意味ではアタシ達は確かにミッションを完遂しえてはいない。
 しかし、だからと言って、地図を完成させるまで一歩たりとも樹海の内から逃さない、というのは、些か頑迷に過ぎた規範ではなかろうか。用意した傷薬は既に使いきり、頼りの呪術医は魔物の攻撃を受け、気を失っている有様だ。ゆえにこれ以上の探索の要求など、死の宣告と大差ない。


 「こっちには怪我人もいるのよ!」
 「ならばミッションを破棄するかね。探索を続けるか否かは、君たちの自由だ。」


 衛士の提案は、こちらの意表を衝くものだった。しかし、冷静に考えてみると、これは存外に魅力的な代案にも思える。そうだ、ミッションを放棄したって構わないじゃないか。何もこんな不条理な題目に基づいた冒険を好き好んで続ける必要などどこにもないのだ。
 ミッションが未達成に終われば、公的にギルド『バラック』の設立は許可されない。結果的に呪い師の目論みは水泡に帰し、ベオは操り人形としての苦役から解放される。
 考えてみれば、これは一石二鳥の選択に他ならないのだ。これこそアタシが待ち望んだ千載一遇のチャンスじゃないか。
 そうだ、今こそアタシが動くべき時なのだ。ただ、ベオのために!


 「非常に、大変に、誠に、心苦しい決断を下さなければならないようだけど、仲間の命には代えられないわよね……」


 叶う限りの哀切を篭めてアタシは弱々しく言葉を紡ぐ。正直な話、あの陰険な妹がどうなろうとアタシは知ったこっちゃないんだけど、物事には建前と本音ってモノがあるのよね。


 「ちょ、ちょっと待つでゴザル! それでは余りにも……」
 「うっさい! 黙ってなさいよ、このヘタレ! 大口叩いてモグラにやられたヤツに発言権なんかないってーの!」
 「……め、面目ないでゴザル……!」


 反駁を試みようとしたナガヤは、それだけで背を丸めてすごすごと引き下がる。ったく、ホンッッット意気地のないヤツだわ。
 先程の『引っかきモグラ』との緒戦、長爪での残撃を受けて、ナガヤは腹部に大きな傷を負った。茂みに隠れていたもう一匹のモグラが、不意を衝いてナガヤに襲い掛かったのだ。
 その時、ナガヤは上段の構え、要するに万歳をした状態で刀を握っていた。当然ながら腹部を狙う攻撃を逸らす術もなく、守りはガラ空きだったのである。まったく、警戒心の欠如も甚だしいったらありゃしない。


 「大体ね、地図を完成させなきゃ街に帰られないって、アンタはそれも知ってたんでしょ! なのになんで黙ってんのよ! おかしいじゃない!」
 「そ、それはノワイト殿との約束で…… ハッ!」


 しまった、とばかりにナガヤは両手で口元を覆うが、もう遅い。なるほどね、ナガヤが何かと協力を拒む裏には、やっぱりあの呪い師の差し金があったのだ。
 アタシは睨みつける対象をナガヤからノワイトに移すが、当の本人は平然とした態度を微塵も崩す様子はない。ったく、少しは動揺してみなさいよ。愛想のない。


 「ナガヤに命じたのは、確かに私だ。」
 「ノワイト殿は、ベオ殿の力量を見届けるために、拙者に口出しを控えるよう望んだのでゴザルよ!」


 ナガヤとノワイトの事情なんてどうでもいい。やはりこの呪い師は、自分勝手な都合で他人に犠牲を強いる男だったと、そういうことだ。


 「しかし、それもベオ君の秘められた可能性を計るがため。私は、一刻も早く目にしたかったのだよ。金剛石の原石の磨き上げられた姿をね。」
 「軽薄な褒め殺しね。……ベオ、騙されちゃダメよ! この男は、実の妹を危険に晒して平然としている酷薄な男なんだから!」


 ベオは、アタシとノワイトと双方に視線を行き来させ、そして最後に鋭い眼差しで呪い師を見据えた。自らの双眸で呪い師の真意を見出そうとしているようだった。


 「甚だ心外な言われようだな。私が家族の情に薄い男に見えると?」
 「だったら、冒険ごっこもこれでお仕舞いにすれば!? それとも妹思いのお兄様は、傷だらけの妹君と樹海の深部で心中して情をお示しになられると仰る!?」


 私は大喝して、呪い師にミッションを破棄するか否かの2択を迫る。現状に屈して大望を諦めるか、それとも不可能を承知で死地への行軍を始めるか。
 アタシには、男が前者を選ぶ目算があった。この男は、自らの保身を何よりの重大事と捉える類の男だ。予測の立たない自暴自棄に走るハズがない。自らの身にまで類火の及ぶような危険な手を打つハズがないのだ。
 アタシと、ベオと、ナガヤの、それぞれの視線がノワイトに集中し、そして男は口を開いた。


 「……ミッションは、完遂する。」


 厳然と、しかし克明に男は言い放った。


 「ノワイトさん、それは……! それは、妹さんを見殺しにするってことか!? そんなの……! そんな家族なんて……っ!」


 継ぐべき言葉を見つけられず、ベオは歯噛みして視線を地面に落とす。ベオは家族の繋がりを何よりも重要だと考える子なのだ。それだけに呪い師の垣間見せたその本性は、ベオにとっては予想外の衝撃だったのだろう。
 下愚で冷酷な判断を下した呪い師に、アタシはありったけの侮蔑を篭めた視線を投げつけてやる。しかし、黒衣の男はそれでも表情を崩さず、なおも静かに言を継いだ。


 「ミッションは完遂する。……しかし、これ以上の探索は必要ではない。」
 「何をバカげた!」


 嘲笑と共にそれだけを言い放つ。未だ地図は穴だらけだってのに、どうやってこの場で地図を完成させるというのだ。想像力で地図を描き埋めるとでも? バカバカしいにも程があるわ!
 道中で仲間割れを起こして全滅する冒険者の逸話が、笑い話として酒場で語られる理由について、今アタシはようやく合点が行った。こんな馬鹿げた論を掲げる相手と心中するくらいなら、まだしも独力で動いた方が生存の確率が高い。どれだけ優秀な船と船乗りがいても、舵取りを誤ってしまえば、それでお仕舞いなのだ。
 それともこの男は、自分が願えばそれが現実になるとでも思っているのか? それは、男が呪言使いだからか?


 「呪い師は、呪言の意味を取り違えているんじゃないの? 幾らアンタが『カラスは白い』と言っても、カラスはカラス。黒いままよ。白いカラスなんてありえないわ。」
 「左様。呪言は、法理法則を超越するものではないよ。あくまで呪言は式を書き換え、恣意的に答えを導き出すだけの記号に過ぎない。」
 「何が言いたいの、アンタは?」
 「君の言説に則れば、そうだな…… 白いカラスは、いない。しかし、私が『白いカラスがいる』と呪言を紡ぐときには、既に白いカラスはそこにいるのだよ。」


 まやかしを唱える呪い師を掣肘すべく反駁しようとした時、男は纏った黒衣の懐中から木笛ほどの大きさの包みを取り出す。アタシの視線は取り出された油紙に釘付けになる。男の先程の言説が確かならば、油紙に包まれたそれは『白いカラス』になるのだ。


 「……樹海の、地図だ。」


 油紙の中から現れたのは、一巻きの羊皮紙だった。麻紐を解くと、重力に従って一端が解け落ち、羊皮紙の表面を露わにする。そこにはアタシ達が描き殴った落書とは明らかに異なる、直線を正し、枝道を網羅し、付記までも記した、精緻な地図が描かれていた。


 『白いカラス』は、確かにそこにいたのだ。


 「……本物なの?」
 「真贋は、衛士が判ずるものだ。君もその方が納得が行くだろう。」


 ノワイトの口振りには忌々しいほど確かな自信が宿っていた。結局、先程の問答全てはこのカードを切り出すための演出に過ぎなかったということか。……嫌味な男だ。


 「まさか、衛士を呪言で惑わすつもり?」


 だからこそ、皮肉の一つも言ってやらなければ気が済まない心境でもあった。
 そして、アタシの問い掛けにノワイトは小さく口元を歪める。気分を害したというのではなく、意表を衝かれたといったような風情だった。


 「君の発想は、なかなかユニークだ。」


 それで褒めているつもりなのか? この男なら真っ先に考えつきそうな方策だと思うのだが。
 それだけで、対話は終わったとばかりにノワイトは視線を巡らせ、今度はナガヤに呼びかける。


 「ナガヤ、地図を衛士に。」
 「承知したでゴザル!」


 ノワイトから地図を受け取ったナガヤは、小走りに衛士の下に駆け寄る。


 「いいんですか? あれ、オレ達が描いたんじゃないってバレバレだ。」


 ベオが呪い師に問い掛けるが、返答はない。暫くアタシ達はナガヤと衛士のやり取りを見守っていたが、ナガヤが笑顔で振り向いた瞬間、アタシ達はミッションが達成に至ったことを悟った。


 呪い師の言葉通り、アタシ達は探索を果たさず、ミッションのみを果たしたのだ。


 「さて、街に戻るとしようか。私は、妹を薬泉院に連れて行かねばならない。あれは医者を殊のほか嫌っているのだが、この際文句は言わせまいよ。しかし……」
 「ちょっと待ってくれよ、ノワイトさん! 本当にこれでいいのか!?」


 誰が尋ねたワケでもないのだが、訥々とノワイトが語り始めたところで、ベオが疑問を差し挟む。釈然としない気持ちがあるのはアタシも同じだ。これでは法の網の目を掻い潜る犯罪者と大差ないじゃないか。


 「……我々は、森の入り口に辿り着き、地図を描き上げるというミッションを達成した。それが全てだよ。」
 「だけど、こんなのは冒険者のやり方じゃ……っ!」


 抗弁するベオに対して、ノワイトは緩やかに首を横に振る。


 「残念ながら、君は一つ思い違いをしている。目的は一つであっても、手段は無数に存在する。ベオ君、優れた冒険者とは、目的を達成するための最善の手段を模索する者のことなのだ。」


 その言葉でアタシはようやく得心が行った。そうか、だから衛士はあの紛い物の地図を受け取ったのだ。その回答もまた、一つの正答だったのだ。
 大公宮の大臣も言っていたが、このミッションは、樹海に立ち入る荒くれ者の、冒険者としての適性を計るための試験なのだ。
 それは即ち、樹海での生存術を試すことと同義ではない。いかなる手段を用いてでも困難を突破する柔軟な発想と、強靭な意志とを体現してみせろという指令だったのだ。
 多くの新人冒険者にとって、このミッションは余りにも過酷な試練に過ぎる。運良く入り口に辿り着いたとしても、衛士の非情な宣告を受けた冒険者は、力尽きた体を引き摺りながら再び樹海の奥に消えていく。彼らが無事帰ってくる可能性は極めて低い。
 このミッションを達成できるのは、魔物の群れを粉砕する力量を備えた戦士か、ルールの抜け道を探し当てた知恵者か、特別幸運な例外的存在か、そのいずれかに限られる。このミッションは、冒険者を極めて攻撃的に選別するための極めて目の細かい篩なのだ。


 「ベオ君、君は先程『引っかきモグラ』との戦闘を主張した。」
 「ああ、確かに。それがオレの役割ですから。」
 「しかし、退路も補給も断たれた状態で消耗戦に挑む。その危険性について、君は思いを巡らせはしなかったのかね?」
 「それは……っ!」


 ベオは返答に窮する。結果としてあの戦闘でナガヤは傷つき、アタシ達は貴重な薬壜を消費せざるを得なかった。たった1枚の柔毛の毛皮を得たのに比べて、失ったものは多すぎた。


 「君は、もう一つ誤解している。剣の腕ならば君よりも熟達した冒険者は巨万といる。」
 「わかってるさ。オレだって、そのぐらい……」
 「最後まで聞きたまえ。私が君に求めているのは、必殺の剣技などではない。冒険者として最も重要な、危機に対する理性と判断と胆力の発現だ。それに尽きる。」
 「戦うな、ってことか……!?」
 「そうではない。君にはもっと高い視点から我々を先導する役目を担って欲しい。そのように、私は言っているのだ。」
 「よく、わかりません……」
 「君になら、きっと理解できる。」


 呪い師はそう言い放つと、未だ昏睡の淵に身を沈める妹の傍に蹲り、目蓋を閉じた彼女の顔を見やる。


 「……人の心配も知らず、安穏とした寝顔だ。まぁ、幼い頃から医者嫌いで、感冒を放置して肺を痛めたような娘だ。早めに寝台に縛り付けてしまった方が得策やも知れぬな。」
 「ノワイト殿、拙者も助太刀致すでゴザル。」


 ナガヤの申し出にノワイトが頷いた。
 大樹を背に座り込むユーディットの脇に肩を差し込み、ナガヤは彼女の上体を引き起こす。彼女は未だに意識を取り戻していない。気に食わない女だという印象は今も変わらないが、一刻も早く回復して欲しいものだ。でなければ……


 「……それも、オレが招いた過ちなんだよな。」
 「気に病むか、糧にするかは、君次第だ。」


 でなければ、ベオが過分な咎に苛まれることになる。
 ノワイトは、滑るように樹海の入り口に誂えられた階段を下り始め、未だ意識の回復しない呪術医を背負ってナガヤが後を追う。呆然と立ち尽くすベオの後ろ姿を、アタシはずっと眺めていた。




 「ベオ、あのさ……」


 声を掛けるべきか否か、迷った末に呼びかけたところで、また思考が空転する。舌が言葉を紡がない。口中の乾いた呼気を飲み下して、アタシは声を失ってしまう。


 「全っ然ダメだな、オレ……!」


 自嘲の篭った響きが胸に痛かった。


 「ノワイトさんの言う通りだよ。目的を見失ってた。頭に血が上ってたんだな。」
 「……さっきのベオさ、ちょっと変だった。」
 「証明したかったんだ。オレも冒険者なんだって。」


 そうか、だからベオは先んじて魔物との戦闘に臨もうとしたんだ。それこそが自分の価値を証明する機会だと信じてたから。
 でも、実際はそうじゃなかった。ベオの判断はむしろ誤りだった。結果として、アタシ達は全滅の憂き目に遭った。呪い師の機転がなければ、今ごろアタシ達は再び樹海を彷徨って、そして人知れず息絶えていたのかもしれないのだ。


 「樹海で生き抜くこと。それが大切なんだよな。ミレッタにも約束したのに。……ごめん。」
 「ううん、いいよ。ベオはやれるだけのことをやったじゃない。」
 「いや、ダメなんだよ、それだけじゃ。それだけじゃ、オレは……っ!」


 ベオは拳を強く握り締めたまま、肩を震わせる。次いで怒号と共に壁に拳を打ち付けて、そしてベオはポツリと呟いた。


 「ミレッタ、オレは、冒険者になれるのかな……?」


 なんて酷薄な問い掛けなんだろうか、とアタシは思う。
 なぜ、それをアタシに問い掛けるのか、とも思う。


 だけど、アタシは答えるしかないのだ。その道を歩んで欲しくないと願っていても。
 だけど、アタシは答えるしかないのだ。ベオがその答えを望むのなら。
 だから、アタシは声を振り絞って答える。


 「なれるよ。ベオなら、きっと……!」


 ただ、ベオの、ために。






 プレイ日記でも書きましたが、確か自分はこのミッションで3度全滅しました。なのでまぁ、このミッション、全くのお散歩気分でルンルンなアレではないなと。殺す気で来ているなと思っています。衛士も大臣もみんな腹黒だよ!


 ゲーム的には、このミッションというかチュートリアル、「全滅してマップを引き継ぐところまでが本分」だと思っています。世界樹の迷宮2は全滅してもマップを引き継いで再プレイができるゲームだよ、と。どれだけ敵が強くても、マップを埋めて最短距離を歩けばなんとかなるよ、ということを伝えようとしているのかなと。
 その辺、普通のゲームならアナウンスするだけで、実際にプレイヤーに経験させたりはしないんですけど(ソマブリの墓に触ると経験値回復とかは説明だけですよね)、それをまぁ、このタイミングでやってしまおうと仕掛けてくるのが実に世界樹っぽいなと思いました。
 そういう意味では、このミッション、非常に世界樹の迷宮の性格を端的に表現したステキなミッションだなぁと自分は思っています。


 今回の話は、パーティが描き上げた地図とは別に、呪い師がもう一つの地図を用意していた、という話なのですが、それもその辺のコンセプトを汲んでの話です。呪い師が用意した地図、というのはゲーム的に言えば、全滅した先代のバラックが描き上げた地図なんですね。
 そんな感じで、なんでも独力で突破するパワープレイだけではなく、例えば袖の下を渡して衛士を買収するでもいいし、先んじた冒険者の地図を譲ってもらうなり盗むなりでもいいし、とにかく冒険者として力を使うか知恵を使うか、何かしろと。これはそういう意図を配したミッションなんだ、と自分は勝手に受け取りました。
 知力・体力・時の運! 一度はニューヨークに挑戦したかったなぁ。