世界樹の迷宮2・その9の1(5F)

 ソードマン♂ ベオの記憶


 茂みに向かって点々と続く血痕は、砂地の上でも未だ光沢を帯びていて真新しい。同時にそれを追うようにして続く大柄な獣の足跡は、先程この場所で起きた凶事の存在を無言のうちに語っている。
 果たしてそれは、オレが追いかけている「彼ら」のものなんだろうか? 彼らは、『百獣の王』と交戦に入り、転進し、追撃を受けて、そして……
 思考を遮る不吉な雑念を、オレは沸き立つ端から振り払う。結論を出すには現状は余りに材料に事欠きすぎていたし、なによりもそんな凄愴な顛末など端から考えたくもなかった。
 手傷を負った「誰か」が押し分けたのだろう、流血に赤く染まった背高の茂みにオレは直面する。オレは腰元から剣を引き抜くと、十呎棒代わりに尖端でその茂みを押し分けた。


 刹那、茂みの影から、曙光にも似た金色の光条が迸る。それは光芒を残して飛翔する尖り矢のように、明確な敵意と殺意とを帯びた示威の眼閃だった。
 不意に叩きつけられた害意の大波に、反射的に膝が傾ぎ、踵が沈む。しかし、オレは恐怖に平伏そうとする惰弱な性根の胸倉を無理矢理掴んで引き摺り起こすと、暴威に煌く黄金の瞳をありったけの気迫を篭めて睨み返す。
 目を逸らすことはできなかった。目を逸らせばその瞬間、屈服の姿勢を見せた獲物の喉笛を食い千切るべく、奴は躍りかかってくる。髪の毛一本の身動ぎも見逃すまいと、あらゆる感覚を惜しみなく傾けて、奴はオレの動向を吟味しているのだ。
 だからオレも退くことはできない。奴が眼光で示威を続けるのなら、こちらも眼閃で圧力を跳ね除けなければならない。それが獣と相対した時の処法なんだと、オレは昔オヤジに聞かされた覚えがあった。


 無言の対峙は暫く続いたように思えた。息を吐くことも忘れ、オレは鮮烈に輝く一対の光華を食い入るように見つめ続ける。
 不意に、奴の双眸に宿った敵意の光輝が暗く掠れた。真っ直ぐに立ち上る聖堂の燭炎が、パイプオルガンの調べに大きく揺らぐように、それは威迫を乱し、翳りを帯び、そして力を失いつつある。
 獣は臨戦態勢を解いた様子だった。しかし、危地を切り抜けて即席の安堵を覚える前に、オレはまず胸奥に疑問を抱く。
 おかしい。ならばなぜ奴は引こうとしない? 奴は本当に勢威を諦めたのか?
 眼前の獣は、今も茂みの中にその身を忍ばせ、決して退転する動きを見せない。ならば、奴はまだ戦意を保持したまま、その場でこちらの隙を窺い、全身に力を溜めているんだろうか。
 何事が起きたのかを理解できないまま、しかし警戒に体を強張らせつつ、オレは一歩前に足を踏み出して、獣の潜む茂みを左手で押し退ける。すると、天上の樹葉の隙間から零れる夜明けの柔らかい光を浴びて、力なく体を横たえた獣の巨躯が浮かび上がった。
 天鵝絨のように艶やかな光沢を湛えた暗色の毛皮に、オレは見覚えがある。「彼」こそは公国屈指のギルドと知られる『ベオウルフ』の精鋭であり、『百の名の勇士』と共に、樹海を我が庭と駆け巡る漆黒の狼……


 「クロガネ!? どうしてこんなっ!?」




 今から時をさかのぼること数刻前。先遣調査隊の救助を果たしたオレ達は、共にミッションの遂行に尽力した『ベオウルフ』の2人の姿が、いつの間にか掻き消えていたことに気づいた。
 衛士の話では、彼らは事後処理を上級衛士に託したのち、単身で上階へと赴いたのだという。忙しない彼らの所作に妙な胸騒ぎを覚えたオレ達は、『ベオウルフ』を追って上階に設営された前衛陣地まで足を伸ばした。
 しかし、オレ達が辿り着いた時には既に、彼らは陣地を後にしていた。オレ達は、彼らの翻す外套の端さえ捕らえることができず、ただ階上に続く足跡を眺めることしかできなかったのだ。
 『ベオウルフ』を追って、さらに上階を目指すべきか否か。オレ達はここで一つの決断を迫られることになる。
 自己の力量を鑑みれば、これ以上の深入りは危険ですらある。しかし、最終的にオレ達は、『ベオウルフ』を追って第1層の最奥を目指すことに決めた。先遣隊の救助の折に見せた彼の表情がオレには気がかりであったし、何より彼らの歩勢は余りにも荒すぎたのだ。


 当初、胸郭に揺らいだ疑念の霧は、願望を孕んでその輪郭を朧に漂わせていた。しかし、上階を目指して踏み出す歩歩と共に疑念はその密度を濃くし、第1層の深奥、地上5階に辿り着いた頃には、それは既に明らかな確信の骨芯を得ていたのだ。
 彼らの行路の行く果てに待ち受けているのは、『百獣の王』ただ一頭。ならば彼らの目的が、『百獣の王』の討伐であることは、もはや疑いの余地もない。
 彼らはかつて、『ベオウルフ』を共に名乗った盟友を、『百獣の王』の凶爪によって失った。赤毛の聖騎士、そして帯同する漆黒の狼は、怨敵への報復を胸に誓って陣地を飛び出したのだ。
 思い返してみれば、先遣隊の救助を終えた聖騎士は、どことなく情緒不安定な相好を見せていた。或いは討伐を果たせなかった自らの不断に対し、彼は自責の念を抱いていたのかもしれない。
 しかし、それにしては余りにも性急に過ぎはしないか、とオレは思いもする。幾ら胸に大望を秘めているとは言え、手段と目的を取り違えてしまうほどの焦慮の現れは、数多くの難事を乗り越えてきた英雄の姿に似つかわしくないようにも思える。
 ……いや、彼の心性を熟知しているつもりでいる。それこそが不逞の極みなのかもしれない。
 彼は言ったのだ。迷いで刃は毀れ落ち、予期せぬ破滅を呼び招く、と。それは自らの経験でもあり、訓戒なのだとも。
 彼が仲間を失ってどれだけ悲嘆したのか。自らの失策をどれだけ悔やんだのか。その心象はオレには窺い知ることはできない。
 それでも、オレは彼が熟練の冒険者なんだと思いたかった。だからこそ、彼の暴挙とも思える単独行を引き止めるべく、オレ達はここまで歩みを進めてきたんだ。
 ……だけど、オレ達がようやく捉えた彼らの足跡は、既に澱んだ血流にぬかるんでいた。或いは最悪の結末を想定しなければならないほどに、事態は危急を迎えていたのだ。




 「状況は、芳しくない。」


 ノワイトさんの言葉は非情ではあるが、実情に即した総括でもあった。彼の歯に衣着せない物言いは、ともすると鼻白むところもあるのだが、今回に関しては悲観的な極論を述べないだけ気遣いがあるとも言える。


 「もしや、聖騎士殿は既に……」
 「……まだ、そうと決まっちゃいないわ。」


 いつもは歯切れのいいミレッタの口上も、今はどこか精彩を欠いている。栗鼠のように親指の爪を噛む彼女の表情には、明らかな苛立ちの色が見て取れた。


 「しかし、彼は狼に地図を託したのだ。その意図から現況を察すると……」
 「もう、いいわよ!」


 ノワイトさんの論説をミレッタが大声で遮った。オレは、右手に収めた一巻きの羊皮紙を力一杯握り締める。
 手傷を負ったクロガネが、茂みの奥から取り出したもの。それがこの一枚の地図だった。この地図は、『百獣の王』が塒とするフロア最奥の地形がきめ細やかに描き記されていて、それだけでも『百獣の王』の討伐が、彼らにとって慎重を期する難業であったことを厳かに物語っている。
 彼のような熟練の冒険者にとって、この階は上層に繋がる経由地に過ぎないハズだ。それにも関わらず地勢が丹念に洗い出されたこの地図を見ると、それだけで『百獣の王』の討伐に傾けた彼の情熱の程が窺える。
 記された注釈の一つ一つから、情念が湯気のように立ち上る気配さえ感じられるのだ。……つまり裏を返せば、それほどまでに彼は『百獣の王』を憎悪していたということなのだろう。
 恐らく彼は、幾度にも渡って地貌の調査を繰り返したのだろう。これほどまでに精緻な地図は、一朝一夕で描き上げられるものではない。


 そう考えると、或いは発作的に思える今回の征旅も、彼にとっては準備を万端に整えた上での計画的行軍でしかなかったのかもしれない。
 地図をクロガネに預けたのも、慎重を期した彼が地図の写しを前以って準備していただけなのかもしれないし、クロガネが手傷を負いながらも戦地を離れられたのは、彼がクロガネを逃すだけの余裕を持ち合わせていたからだとも考えられる。
 そうだ。なにも悲観的になることはないんだ。何もかも決め付けるには、まだ早すぎるじゃないか……


 「……致命傷です。極めて危険な状況と言わざるを得ません。」


 戯れに蹴り上げた石ころが土壁に弾かれて転がるような、酷く乾いた響きだった。主語を取り去った迂遠な言い回しが、簡潔な宣告を無情な宣託へと変貌させてもいた。


 「ベオ……」
 「……そういうこと、なんだよな。」


 わかっていた。わかっていたんだ、最初から。
 まるで水辺から這い出てきたように、クロガネの体毛は肌にしっとりと張り付いていた。一つだけ違っていたのは、彼の体躯を濡らしていたのは、陽光を反射する明澄な湖水などではなく、べったりとした生臭い赤い体液だったってことだ。黒曜石のように固く冷たく光り輝いていたクロガネの体表は、今や赤茶けた染みが至る場所に広がり、酷く歪な斑模様を描き出している。
 彼の背中をそっと撫でた時、掌に纏わりついた粘つく獣毛の触感が今も手に残っている。生血を失って強張っていく体の冷たさも。


 「クロガネ殿ほどの雄力の持ち主が…… 信じられぬ……!」


 応急処置を施され、力なく横たわるクロガネの傍らに膝をついて、武士道の男は呆然と呟いた。
 先生はたった一合とは言え、直に彼と刀牙を交えた過去がある。そんな先生だからこそ、変わり果てたクロガネの姿に強い衝撃を受けてもいるのだろう。それも無理からぬ話だ。
 かくいうオレも、心情としては先生と大差はない。草叢を突き破って弾丸のように疾駆し、身の丈で遥かに勝る『激情の鹿王』と互角の乱戦を演じてみせた彼の雄姿。昔日の記憶…… と呼ぶにはあまりに新しすぎる光景だ。
 そんな彼が、今や『百獣の王』の爪牙に一敗地に塗れ、瀕死の姿を呈している。あの誇り高い獣の英雄が、自慢の毛皮に手を触れられることを拒みさえしないのだ。
 それだけでも彼の衰弱振りが、心に突き刺さるほど染み渡る。地に伏して負傷に喘ぐその姿は、悲痛なまでの痛々しさに満ちていて、目を逸らしたくなる衝動を堪えるのに随分な努力を必要ともした。


 「……ともあれ、この状況では聖騎士殿の安否も気遣われる。どうするかね、ベオ君。」
 「あの人を見殺しにはできない。危急の要件だ。助けに向かおう。」


 クロガネの惨憺たる有様を見て、初めて決意は骨髄を得て、動き出すための筋糸を備えた。一刻も早く『百獣の王』と相対する『百の名の勇士』の元に駆けつけ、彼を窮地から救わなければならない。少なくとも、彼の安否だけは確認しなければ、到底公国に帰れはしない。


 「あの人は、樹上を極めるかもしれない冒険者だ。『天空の城』にだって辿り着けるかもしれない。力ある人が、命を粗末にして、樹海の土に還る…… そんな理不尽を、オレは見過ごすことはできない。」
 「君の人物評は、やや平衡を欠いてはいるが、結論には同意する。いずれにせよ、彼の安否を確認する必要があるのは確かだ。でなければ、公宮も次の手を打てまい。」


 『百獣の王』の討伐を委託された『ベオウルフ』が、その役目を果たせなかったとしたら、公宮は討伐を遂行するための新たな冒険者を募る必要がある。ノワイトさんの言いたいことは、つまりはそういうことだろう。
 不必要であって欲しい備えではあるし、今は彼の無事を願うより他にない。それでも戦地に向かうのはオレ達の役割なんだと、震える心胆に言い聞かせるための役には立つ。これもある種の呪言と言えば、そうなのだろうか。


 「ちょっと待ってよ、ベオ! それって、あの『百獣の王』と戦うってこと!?」


 甲高い制止の声を投げかけたのは、緊張に表情を青くしたミレッタだった。


 「……その可能性もある。」
 「卑怯な言い方よね、それ……!」


 胸倉を掴まんばかりに接近してからのミレッタの詰問に、オレは言葉に詰まる。……やれやれ、ミレッタは、全てお見通しなのだ。
 確かにミレッタの言うように、オレは彼女を諭すために自分を騙しているのかもしれない。今はそのつもりはないにしても、クロガネに凶爪を振るった『百獣の王』を目の当たりにして、自分の怒気を抑えられるかと言えば、オレにはその自信がない。
 済し崩し的に干戈を交える事態にまで発展するならば、初めから本心を打ち明ける方がよほど誠実だ。命の懸かった戦場に無関係なミレッタまで巻き込んで、それで平気なツラをしようだなんて、無責任もいいところじゃないか。


 「……ごめん、ミレッタ。多分、オレは戦うと思う。オレは『百獣の王』を許せない。」
 「バカ! だったら初めからそう言えばいいでしょ!」
 「ミレッタ、お前は街に帰るんだ。お前までオレ達に付き合う必要はない。」
 「だから、そういう言い方が卑怯だって言ってんの!」
 「……ミレッタ?」
 「5分だけ、待って。それで、決めるから……」


 彼女はそう言うなり踵を返し、天上にざわめく樹葉に目を凝らし始めた。
 決める、とはなんだ? まさかミレッタも『百獣の王』と戦おうというのか?


 「『百獣の王』は、深手を負っているハズだ。ならば我々にも勝機はある。」
 「『ベオウルフ』の両名を相手取って無傷でいるとは…… 思いたくはないでゴザルな。」


 神妙な面持ちで、先生は呟く。未だ見ぬ敵への畏怖が、その声からは滲み出ていた。
 確かに『百獣の王』は、『ベオウルフ』との戦闘で負傷し、疲弊している可能性が高い。その隙を衝けば、或いは些細ではあっても致命傷となりうる窮鼠の一噛みを見舞えるかもしれない。
 しかし、もし『百獣の王』が未だ健在を保っているのだとしたら、もはやオレ達の出る幕はない。一刻も早く街に逃げ帰り、深層へと到達した熟練の冒険者の招聘を公宮に進言するだけだ。


 「判断は2つに1つ。戦うか、逃げるか。」
 「いや、『百獣の王』は、この場で食い止めなければならない。この地上5階こそが最終防衛線だと思いたまえ。」


 情報の出揃わない状況にも関わらず、真っ先に先鋭的な強硬論を口にしたのは、他でもない呪い師の男だった。彼の人柄に見合わない存外な見解に、先生が目を丸くする。多分オレも同じような表情をしているハズだ。
 元々ノワイトさんは、身の丈を超える選択を良しとしない保守的な気質の持ち主だ。それが今回に至っては、なぜか武力解決をも辞さない好戦的な姿勢を窺わせている。
 何が彼をそのような境地に立たせているのだろうか? 『ベオウルフ』の彼らといい、『百獣の王』には、人に決死の覚悟を抱かせるだけの怪異な魔力があるのだろうか?


 「『百の名の勇士』を失えば、もはや人間に『百獣の王』の狂乱を止める手立てはない。市中は昼夜の別なく魔物の跋扈を許し、公都は猛火に焼き払われて廃都に帰する。それはこの世の地獄だ。」
 「それは…… 幾らなんでも大仰に過ぎませんか?」


 やや上擦った口調で疑問を投げかけたのは、呪術医のユーディットさんだった。普段は兄の言に対して絶対的な肯定を遵守する彼女でさえ、呪い師の推測を過敏に過ぎる反応だと捉えているのだ。
 確かに魔獣は公国にとって大きな脅威ではあるのだろう。しかし、彼の言うような酸鼻を極める暴威が公国に降り注ぐ光景を容易に想像できないのは、オレも彼女と同じだ。
 呪い師は、異見を唱えた妹の顔をじっと見据える。一瞬、その瞳に哀切にも似た、何か見慣れない感情の波涛が窺えたようにも思えたのだが…… それは気のせいだったのだろうか。
 そしてノワイトさんは、ゆっくりと口を開く。厳かな口調で、しかし簡潔に彼は言い放つ。


 「『百獣の王』は、『百の名の勇士』を待っていたのだ。」


 答えになっているようで、答えになっていない。いつもと同じ、迂遠に過ぎる言い回しだ。
 或いは言外の意を察しろということなのかもしれないが、言葉遊びに興じる余裕は、もうオレ達には残されていない。『百の名の勇士』を助け出すためにも、『百獣の王』を討ち果たすためにも、胸に渦を巻く存念は、可能な限り排除すべき時が今まさに来ているのだ。


 「ノワイトさん。謎掛けを楽しむ時間はもう終わったと、オレはそう思います。あなたが知っている『百の名の勇士』と『百獣の王』の関係について、可能ならばその仔細を明らかにして欲しい。」
 「ふむ、君の言にも容れるべき由がある。だが、果たして言を明瞭にすべきか否か、私自身の逡巡もある。」
 「それは、なぜですか?」
 「言葉とは須らく力を持つ。言霊なのだ。この言霊には、君の戦意を削ぎ取る力がある。そして何より彼自身の名誉の問題もある。彼が自ら使命を果たすのであれば、私は口を開かぬつもりだった。」


 しかし、今や状況は大きく変わってしまった。漆黒の狼が致命的なまでの大怪我を負い、その友輩の生死も定かではない今、いつまでも口を閉ざし続けることはできない……
 彼は、そう暗に仄めかしてもいる。本意ではないが仕方なしに、というポーズをとっているのだ。


 「オレは、真実が知りたいんです。この戦いの本当の姿を。」
 「ならば、君を信じよう。……ユーディット。」


 ノワイトさんは、妹を呼びつけにすると、二言三言何事かを耳打ちする。言いつけに従ってか、彼女は小さく頷くと、長衣を引き摺りながら茂みの中に姿を消した。


 「人払いでゴザルか?」
 「いや、妹には用命を与えた。結界を張るための香木が必要なのだ。」


 呪い師は軽く否定してはみせたが、恐らくは先生の推測通りだろう。彼は、どうも妹をこの場から引き離したがっている様子ではあった。
 とは言え、彼がそのフードの奥で何を考えているのかは、正直なところ、よくわからない。なぜ、彼がそのような配慮を講じたのかは、或いはこれから彼が話すその内容から、理由が窺えるのがもしれないが。


 「どうも長口舌に興じる暇はなさそうだ。簡潔に要点だけを述べよう……」


 呪術医の姿が樹林の奥へ消えたのを見届けてから、呪い師はやや消沈した面持ちでそう呟く。オレは唾を飲み、彼の紡ぐ次の言葉を待った。


 「『百獣の王』は、『百の名の勇士』に撫育された魔物なのだ。」