創作・小説

世界樹の迷宮・その45後編(狂える角鹿について)

アルケミスト♂ ウィバの日記 「……いたぞ!」 アリスベルガの低く、しかし鋭い声が響き、オレ達は一様に緊張に体を固くする。 前方約20m、小さく木立の開けた野原に、地面を鼻先でつつく1頭の角鹿の姿があった。 「……いや、ありゃあ『敵対者』じゃねぇ。ただ…

世界樹の迷宮・その45前編(狂える角鹿について)

アルケミスト♂ ウィバの日記 天井を覆い隠すほどに密集した常緑樹の海をオレ達は泳ぐように掻き分けて進む。 眼前に現れた傾いだ樺の木をアリスベルガが無言で指し示すと、口元を固く結んだジャドが足音を殺しながら隊列を抜け出し、ためつすがめず幹を検分…

世界樹の迷宮・その44(B25Fクリア)

メディック♀ ルーノの日記 冬の訪れを告げる緩やかな木枯らしが吹き付ける度に、弱々しい陽光の差込む窓が微かに軋みを上げます。 静けさを保つ昼下がりの室内は、時折寝返りと共に訪れる衣擦れの音だけが響き、その都度私は寝台へ横たわるアリスの寝顔へ視…

世界樹の迷宮・その43(B25Fクリア)

バード♂ エバンスの日記 扉を開けると獣脂の焦げる独特の匂いが鼻腔を刺激する。それと同時に止むことを知らない荒くれ達の喧騒が、冬の海原の荒れ狂う高波のように押し寄せてきた。 私は薄暗い店内に足を踏み入れ、壁掛けの燭台の光にも見放された奥の一角…

世界樹の迷宮・その42(B25Fクリア)

ダークハンター♂ ジャドの日記 「顔を出さんのかね?」 振り返ると清潔な白衣に身を包んだ壮年の男の姿があった。上背こそないが筋肉質で肩幅の広い白衣の男、このセフト施薬院を取り仕切るキタザキ院長は、顎を軽く持ち上げてオレの右手にある木製のドアを…

世界樹の迷宮・その41後編(B25F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 リーダーの尽力に報いる為に。そしてツスクル、レン…… 彼女達の思いを無にしないためにも。私達は世界樹の王を討ち果たさなければならない。 地面に転がった小剣を拾い上げると、私は徐に一振りする。 不思議な感覚だ。体は…

世界樹の迷宮・その41中編(B25F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 「息絶えろ、世界樹の王! お前の生きる大地は既にない! お前のいるべき場所へ還れ!」 刀が心臓に達する確かな手応えを感じ、刹那、振動が止まった。 血の気を失った世界樹の心臓は鮮やかな血色を急速に失い、死人のように…

世界樹の迷宮・その41前編(B25F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 小石を投じられた水鳥の群れが湖面を蹴って一斉に羽ばたくように、先程までは床面だった鈍色の板材はその全てが砂礫と化して宙空を舞った。一面に漂う土煙の中から今や巨大な槌と化した棍状の触手がゆらりと顔を覗かせ、新た…

世界樹の迷宮・その40後編(B25F)

アルケミスト♂ ウィバの日記 そこには花畑があった。足元を埋め尽くす色取り取りの花々の群れ。 百花園に紛れ込んだのかとオレは錯覚さえ覚える。赤、青、黄、桃。百花繚乱の麗しさ。冷厳で無機的な迷宮の様相にまるで似つかわしくない暖かで命溢れる楽園の…

世界樹の迷宮・その40前編(B25F)

アルケミスト♂ ウィバの日記 幾重にも折り重なった曲り角を抜けたオレ達の前に開かれた光景。 それは通路と呼ぶには余りにも広大すぎて、オレには儀礼式典で貴族達が集まる宮殿の舞踏場にも見えた。 「赤絨毯が敷いてあれば完璧だったな。」 足元に蔓延る萎…

世界樹の迷宮・その39後編(B21F)

バード♂ エバンスの日記 「話を戻そう。『協定』を結ぶ際に『トオクニの民』とモリビトは相互の安全を確保する目的で互いに人質を差し出す約束を取り交わした。そして『トオクニの民』からモリビトに差し出されたのが…… 私とツスクルだ。」 彼女達がなぜモリ…

世界樹の迷宮・その39前編(B21F)

バード♂ エバンスの日記 「あなたに伺いたいことがあります。」 治療を受ける呪い師に注がれていた視線から寂寥の影が消え、彼女は警戒心を顕にこちらを振り向く。 私はその視線に無言の圧力を感じて軽く顎を引いた。 「何を語れと?」 「昔話を。」 モリビ…

世界樹の迷宮・その38後編(B21F)

メディック♀ ルーノの日記 「君達の、勝ちだ。」 口を真一文字に結んだまま、ツスクルの手を握っていたレンがようやく口にした言葉がそれでした。 「もう私には君達を止めることはできない。君達の足で、君達の手で、君達の目で、この迷宮の真実を確かめれば…

世界樹の迷宮・その38前編(B21F)

メディック♀ ルーノの日記 弾ける火花と共に響く甲高い金属音。 アリスの手を離れ、宙を舞った大剣は、遥か眼下に霞む遺跡群へと弧を描いて吸い込まれて行きます。 「勝負あったな。」 『氷の剣士』レンは刀の切っ先をアリスの喉元に突きつけ、死闘の終結を…

世界樹の迷宮・その37(B21F)

ダークハンター♂ ジャドの日記 『岩をも破る者』の巣と思われる藁床の奥に『遺跡』に続く道はあった。滑らかで硬質な大理石にも似た材質の階段を踏みしめながら、オレ達は階下から足元を舐めるように這い上がる冷たく乾いた空気に身を震わせた。 太陽の恩恵…

世界樹の迷宮・その36(B20F)

アルケミスト♂ ウィバの日記 渾身の力を込めて振り下ろされた大剣は暴君の頚骨を叩き折る鈍い音を響かせたが、彼女はその感触に満足することなく更に四肢を漲らせる。 2度、3度、4度。鉄槌のように打ち下ろされる彼女の大剣は一振りごとに肉を叩き切る湿った…

世界樹の迷宮・その35後編(B20F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 「アリス、逃げてーっ!」 ルーノの絶叫が私の鼓膜を虚ろに叩いたその瞬間、大気を引き裂く甲高い音を引き連れて一本の矢が飛び込んできた。その矢は『岩をも破る者』の右翼に突き刺さり、彼のバランスを大いに狂わした。体…

世界樹の迷宮・その35前編(B20F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 巨木の洞に身を横たえていた私達を目覚めに導いたのは、激しくぶつかり合う金属音と間断なく沸き起こる鬨の声だった。 「起きてくれ、ルーノ。長居をしすぎたようだ。」 私は鉛のように重い上体を引きずるようにして起こすと…

世界樹の迷宮・その34(B18F)

アルケミスト♂ ウィバの日記 「なんの騒ぎだ。」 灰色の外套を翻してその男は現れた。痩躯な上に上背もない、冒険者と比べればまるで貧相な体躯。しかし獲物を狙う猛禽の如き鋭い瞳の奥には、けぶるように揺らめく頑なな意志の片鱗を覗かせる。襟元に輝くは…

世界樹の迷宮・その33(B20F)

パラディン♀ アリスベルガの日記 砂の岸辺に彼女はいた。 紫色の長衣に身を包んだ彼女は、足元を過ぎ去る砂粒の流れをただ茫洋と見つめ続けている。装飾なのだろうか、戒めなのだろうか、肩口を覆う赤茶けた鉄鎖は複雑に重なりあいながら物音一つ立てること…

世界樹の迷宮・その32(B18F)

メディック♀ ルーノの日記 「振り返り見れば!」 「今日の悲劇は須らくモリビトと自らを呼称する迷宮の蛮人に対して、我々が許容と寛容の精神を以って接したことに端を発する!」 「彼らは『協定』という名の排他的な契約を盾に、我々が森を開拓する義務と権…

世界樹の迷宮・その27(LUKについて)

ダークハンター♂ ジャドの日記 ●月1日 明日から2週間の休み。この休暇を使って運勢を高めようと思う。 ●月2日 呪い師に手相を見てもらう。運命線が消滅してると言われた。 ●月3日 運命線を長くしてあげましょうかとルーノからの申し出。危うく手術されそうに…

世界樹の迷宮・その31(B18F)

バード♂ エバンスの日記 「なぜ殺したのですか。」 「身を守るために。」 彼女ほどの使い手ならば何も殺さずとも幾らでも身を守る術はあったハズだ。それにも関わらず、彼女は一刀の元に彼を切り捨てた。何故だ。 私は足元に横たわる物言わぬ骸を一瞥し、唇…

世界樹の迷宮・その30(B18F)

ダークハンター♂ ジャドの日記 「こいつ、首がないぞ。」 「そこに転がってる。」 足元に視線を転ずると恨みがましげに目を見開いたモリビトと目が合った。嘆息するとオレは両手を合わせて哀れなモリビトの冥福を祈る。 仲間に置き去りにされたのだろうか。…

世界樹の迷宮・その29(B18F)

メディック♀ ルーノの日記 「変な格好だな。」 ジャドさんはまるで逆立ちする猫を見つけたような面持ちで私達をそう評しました。特にジャドさんはリーダーの服装が気になるようで、目線がリーダーの頭から爪先を行ったり来たりしています。 「まぁ、仕方がな…

世界樹の迷宮・その28(B18F)

アルケミスト♂ ウィバの日記 金鹿の酒場の片隅には住民から寄せられた冒険者への依頼書が掲示されている。女主人の手による流麗な書体で書き整えられた依頼書には依頼の概要と目的、報酬が簡潔に纏められている。 もしここに気になる依頼があるのなら、依頼…

世界樹の迷宮・その26(呪歌について)

バード♂ エバンスの日記 吟遊詩人としての私の役割とは、すなわち『呪歌』を用いて仲間の能力を最大限に引き出すことにあります。 『猛き戦いの舞曲』の調べで古の英雄の如き勇猛性を呼び覚まし、『聖なる守護の舞曲』の旋律で苦痛に物怖じせぬ抵抗力を与え…

世界樹の迷宮・その25後編(3竜撃破)

ダークハンター♂ ジャドの日記 「ジャドさん、いいですか?」 まるで変化を見せない状況に集中力を削がれつつある中、クソ忌々しくも声をかけて来たのは件の衛生官だった。 オレは内心の焦りを隠しつつ、心の中で5秒数えてから衛生官へ視線を転ずる。 「なん…

世界樹の迷宮・その25前編(3竜撃破)

ダークハンター♂ ジャドの日記 オレは待っていた。 回廊に繁茂する足高の植物の陰に身を隠してから、どれだけの時間が過ぎただろうか。無遠慮に頭にたかる羽虫の多さに相変わらず閉口させられるが、追い払うための労力も尽きた今では彼らのなすがままにさせ…

世界樹の迷宮・その24(3竜撃破)

パラディン♀ アリスベルガの日記 今まさに咆哮を放とうとする竜を意匠した鞘からゆっくりと刀身を引き抜くと、それは蝋燭の明かりを受けて目を覚ますような虹色の光を放つ。居並ぶ仲間達の口から感嘆の溜息が漏れた。 私は曇り一つ無い白刃から視線を外すこ…