世界樹の迷宮・その24(3竜撃破)

パラディン♀ アリスベルガの日記


 今まさに咆哮を放とうとする竜を意匠した鞘からゆっくりと刀身を引き抜くと、それは蝋燭の明かりを受けて目を覚ますような虹色の光を放つ。居並ぶ仲間達の口から感嘆の溜息が漏れた。
 私は曇り一つ無い白刃から視線を外すことができない。まるで吸いつけられたように私の視線は白く煌く刀身に固定されてしまっている。
 この剣は、私が今まで目にしたことのある数多の宝物のどれよりも美しかった。それは単純に私が風雅を介さないせいだとか、生来の無骨な気質が邪魔をしているのだとか、そうした理由によるものではない。
 人が名画を見た瞬間、洪水のように押し寄せる圧倒的な情感に心を震わされるように、この剣もまた剣自体が内包した時間的、空間的な広がりを電撃のように脳髄に叩きつけるのだ。
 脳の許容範囲を超えるだけの情報を伝える作品を仮に芸術品と呼ぶのであれば、この剣はまさしく芸術品だ。武器とは破壊のためにのみ存在を許されたもの。この剣は武器を超越しているというだけで芸術品足りえる。
 中ほどまで引き抜かれていた刀身を、私は意志の力を最大限に動員して鞘に収める。花火が燃え尽きた瞬間のような緩やかな闇への回帰。まるで刀身そのものが光っていたような錯覚に私は囚われた。


 「いやいや、大した業物ですね……」


 唾を飲み込みながらリーダーが独白ともつかない呟きを漏らす。誰もが心の中で畏怖の混じった賛同の声を上げていただろう。確かにこの剣は業物だ。それも相当な。




 目の前のテーブルに無造作に置かれたこの剣は『真竜の剣』と名付けられている。その名の示す通り、竜の顎の裏に一枚だけ存在するという逆鱗を熔かして打ち直したものだ。単純に鱗、と言っても相手は小山ほどもある巨大な竜だ。その鱗一枚とっても小型の盾ほどの大きさがある。
 この剣の材料となった三枚の鱗を手に入れるために費やした労力については敢えて触れたくない。というのも酒飲み話に適した分量を余りに超過しているからだ。どうしても聞きたければジャド辺りに頼めば、脚色たっぷりの英雄譚を酒場から追い出されるまで聞かせてくれることだろう。




 「さて……」


 冷水を口に含んで火照った心を落ち着かせると、私は本題を切り出す。と言っても確認を取るだけの話だ。


 「この剣は私が用いる。異存ないだろうか。」


 パーティの中で剣術を専門としているのは私だけだ。従って新しい刀剣が手に入ればそれは即座に私の持ち物となるのが通例だった。
 しかし今回だけは少々様子が異なった。私の意に反し、異を唱える者が現れたのだ。


 「いーや、なにも騎士サマだけが剣を嗜むとは限らないんだぜ?」


 ジャドの制止に私は密かに舌打ちする。厄介なヤツが声を上げたものだ。
 今でこそジャドは鞭を得物としているが、第3層に入るまでは剣を愛用していたのだ。以来剣には目もくれなかったジャドが興味を示したのはやはりこの剣の持つ魔力のなせる業なのだろうか。
 私はジャドに反駁を試みようとしたが意外な声がそれを遮った。


 「いや、むしろこの剣はオレにこそ相応しいな。」


 私とジャドが視線を転じるとそこには腕組みをするウィバの姿があった。


 「この剣から発する魔力は肉体に多種の影響を及ぼすようだ。この剣は武器としてはさほど突出した価値を持たないが、護身用に用いることで最大限に特性を活かすことができる。」


 ウィバの指摘した通り、この剣は持ち主の身体能力を活性化させる魔力を秘めている。ウィバは自己の貧弱な肉体能力をこの剣によってカバーできると主張するのだが、確かにパーティの生存確率を確保する上でその用法は理に叶っていると言える。


 「でしたら、私にもこの剣は使えるということですね。」


 今度はルーノまでも。ウィバと違ってルーノは前線に立つことも珍しくないので武器を必要とする理由もわからなくはない。しかし……


 「杖がなきゃ特技が使えねーだろが。」
 「あ…… そうでした。」


 ジャドのサポートに私は心の中で拳を突き上げる。しかしルーノは諦めることなくウィバと同様の名目で剣の所有を訴えかける。ウィバは予期せぬ新しいライバルの出現に眉を顰めた。
 私、ジャド、ウィバ、ルーノ。それぞれがそれぞれの理由を盾に剣の所有を主張する。
 不思議なことに私もまたこの名剣を前にして自らの主張を引き下げる気にはなれなかった。この剣を扱うのは他の誰もなくこの私でなくてはならない。そんな強迫観念に私は支配されていたのである。
 ジリジリと焦げ付くような熱の篭った視線が交錯する中で、遂に沈黙を守っていたあの男が口を開いた。


 「よし、ここは遺恨の残らぬよう私が……」
 「「「「リーダーは黙ってて!」」」」


 リーダーの口は再び閉ざされた。涙を拭っていても知るものか。今はそれよりもこの剣を如何にして手に入れるかが重要なのである。
 互いに掣肘を繰り広げる中で、真っ先に動いたのはジャドだった。ジャドはテーブルの上に置かれた剣を奪うと一目散に出口に向かって走り出した。実力行使に打って出たのである。


 「おのれ、なんと卑怯なヤツ!」


 手癖の悪い男だとは常々思っていたがこれほどまでとは。慌てて立ち上がろうとした私の傍らを火球が音を立てて飛んでいく。火球は入り口付近のテーブルに着弾し、扉もろともジャドを吹き飛ばした。


 「ちっ、外れたか!」


 指を鳴らしたのはウィバだった。全くコイツもコイツで容赦がないな。


 「ちょっとウィバさん、もし大事があったらどうするんですか!」


 ウィバの行動をルーノが諌める。ジャドに非がないワケではないが、流石に酒場で術式を起動するのはやりすぎだ。


 「いいですか、仮にジャドさんが傷ついても施薬院に連れて行けばそれで済みます! でも、あの剣は代えが効かないんですよ!」


 いや、それは衛生官の言葉じゃないだろう。この子もどこかネジが飛んでいるのか。


 「……それよりもだ。ジャドの姿がないぞ。」


 指摘を受けて私とルーノは無残な焼け跡となった入り口付近を見やる。黒々とした爆煙の晴れた後にジャドと剣の姿は見えない。


 「逃がしませんわ!」


 ルーノが杖を手に取って駆け出すとウィバがそれに続く。その後なぜかリーダーまで。呆然としていた私はなんとか我を取り戻すと3人を追いかけるようにして酒場を出た。


 ……こうしてこれから半日、私達はエトリアを舞台として『真竜の剣』を巡る壮絶な鬼ごっこを繰り広げることになったのである。





 翌日、執政院に附属する地下牢に閉じ込められた私達は、シリカ商店の店主からあの剣の秘密について説明を受けた。
 要約すると、竜の鱗を素材としたあの剣は竜の本能とでも言うべき貪欲な所有欲の残滓が染み付いていて、剣を手にした者、求める者に対して強大な所有欲を抱かせるということらしい。まぁ、言ってみれば一種の『呪い』である。
 つまり、私達の昨日の奇矯な思考や行動は『真竜の剣』の放つ意志の奔流に振り回された結果であるとも言えるのだ。……勿論、全ての原因を剣に還元するのは余りにも無責任に過ぎるが、その幾ばくかは明らかに剣の影響によるものとしか考えられない。
 普段は剣になど見向きもしないルーノでさえ目の色を変えてこの剣を欲したのだから、その異常さもわかろうと言うものだ。


 考えてみれば私達は『真竜の剣』の噂を聞いたときからどこか奇妙な感覚に囚われていたような気がする。
 熱病に浮かされたかのようにただ竜の逆鱗を求めて迷宮に潜る日々。竜と戦うことのリスクなど全く考えることなどなく、無謀とさえ言える突撃で竜と干戈を交え続けたのだ。命の危険に晒されたことなど数え切れない。思い出すだけで身の毛のよだつような恐怖の連続だ。
 では、私達は一体何を糧としてあの厳しい試練に挑まんとしたのだろうか?


 更なる強敵を求めて? ……違う。
 冒険者として最上の名誉を得るべく? ……違う。
 竜の脅威から平和を守る為? ……全く違う。


 そう、考えれば考えるほど、私達を竜との戦いに駆り立てたのはあの『真竜の剣』の存在以外にないのである。
 すると私達はあの剣を手にする前から、もう既に『真竜の剣』の呪いに蝕まれていたと言うことなのだろう。
 たった一本の剣を手に入れるために、気の遠くなるような時間と労力を、或いは命さえ、費やす。
 迷宮を制覇した冒険者が辿り着く先。……それは死と隣り合わせの所有欲なのかもしれない。




 『真竜の剣』は世界樹の迷宮の隠しボスである3体の竜が稀に落とす逆鱗を素材として購入することのできる最強の武器です。まぁ、Wizでいうところのムラマサ的な存在でしょうか。
 この『真竜の剣』は最強の武器でありながら全ての職業で装備可能で、かつ全ての能力値が飛躍的に向上するというある種ぶっ壊れたアイテムです。まぁ、多くの職業は特技に特定の種類の武器が必要なので『真竜の剣』と言えども装備する意味のないこともあるのですが、武器にこだわる必要性の薄い後衛職は実は意外に『真竜の剣』とマッチしていることが多かったりします。
 一番面白いのは打撃攻撃と無縁なカースメーカーで、封じに(多分)必要なLUKを底上げすることができるのでなかなかいい選択肢のようにも思えます。前衛職で使わないようだったら一考してみるのも面白いかと。


 ネットを見てると「逆鱗出ねぇ〜!」とか「氷竜まで遠い〜」とか「雷竜もう20回は倒したよ……」みたいな物凄い頑張ってるレア探しの報告に度々遭遇するのですが、これって別に無理に集めなくてもいいんですよね。入手しないとクリアできないって代物でもないし。それでもなぜか逆鱗を求めてしまうのは、やっぱりゲームの中で最強の武器であるってことが大きいんでしょうかね。
 ただまぁ、ゲームを楽しむ為のアイテム探しが自己目的化してしまうと、これはちょっと違うなぁと思ってしまいます。私も多くのゲームでレア探しがゲームの目的になってしまうことも多いんですが、それは『呪い』です。ストレスの溜まらない程度に勤しみましょう。


 さて、私自身は何とか逆鱗を集めて『真竜の剣』を作りましたが、なんか勿体無いのでショーウィンドウに飾られっぱなしです。実際に買ってみるにはもう1セット逆鱗を集めてからにしたいんだけど、果たしてうまく集まるかなあ。雷竜はそれこそ2回で取れたんですけど、氷竜は10回以上トライしたような覚えが。


 ところで世界樹の迷宮はWizに連なるRPGということで発売前にはアイテム収集の要素についても期待している部分がありました。実際に蓋を開けてみると世界樹ではアイテム収集を余り意識させない作りになっていまして、普通に迷宮に潜るだけで自然と装備が整っていく感じが、なんというか従来の3DダンジョンRPGとはちょっと違う感覚でしたね。
 特にPSO等のハック&スラッシュなゲームでは、特定の敵のみが低確率で持っているレアなアイテムがあるんですが、それを手に入れるためには延々とその敵を倒し続ける、いわゆる『狩り』の必要性が薄いところが世界樹の親切な作りを感じさせるところですね。もちろん、そういった要素が全然ないと言うワケではなくて、上記の『真竜の剣』のように狩りが必要な場合もあるんですが、その手の箇所はせいぜい5箇所程度ですし、ストレスが溜まらない程度にアイテムも落としてくれるので、アイテム収集が捗らないせいで感じるストレスは随分少なかったように思います。
 あと、世界樹では基本的に無駄なレアアイテムって少ないんですよね。最高級の武器が3、4個あって、レアを集めてると前に出たレアはいらない、みたいなそういう場合が少ないです。
 レア的なアイテムは結構多いんですが、それらは各職業に満遍なく割り振られているので、どれを手に入れても使う余地があると言うか。ちょつと弱いレアを捨てて強いレアだけ使う、みたいなことがないんです。下手にレアを増やすよりも手に入れて嬉しいアイテムが一つあればそれで十分楽しいんだなぁということを特に感じましたね。シンプルイズベスト。


 アイテムに関して言えば個人的にはクイーンズボンテージのような付帯効果付きのアイテムがもっと多ければ面白かったかなぁと思う部分があります。属性付き武器にしても、もっと早い段階の攻撃力の低い武器にもあれば、攻撃力を重視するか、属性を重視するかで装備の選択を楽しめたようにも思いますし。
 ただ、幅を広げると今度はバランスの調整が難しくなるので、シンプルに纏めるには今回のような形がベターなのかなとは思います。付帯効果はあくまでレアアイテムのみのオマケというのもレアの価値を生み出す意味で頷ける話ですし、装備の幅が広がったところで装備の使い分けの効くゲームではないですしね。戦闘の幅を広げる部分は消費アイテムで十分に賄えているようにも思います。