世界樹の迷宮・その45後編(狂える角鹿について)

 アルケミスト♂ ウィバの日記


 「……いたぞ!」


 アリスベルガの低く、しかし鋭い声が響き、オレ達は一様に緊張に体を固くする。
 前方約20m、小さく木立の開けた野原に、地面を鼻先でつつく1頭の角鹿の姿があった。


 「……いや、ありゃあ『敵対者』じゃねぇ。ただのザコだ。」


 湿地を這い回るワニのように群生の合間に体を沈めたジャドが目を凝らして呟く。
 確かに言われてみれば、眼前の角鹿の艶やかな体毛に覆われた体躯には、先程の戦闘で負ったであろう刀傷の一つも見出すことができない。コイツはオレ達が追っていた『敵対者』とは全く別の『フィンドホーン』なのか。
 張り詰めた空気が緩やかに弛緩し、オレは胸郭に澱んだ空気を吐き出す。
 とは言え油断は禁物だ。未だ居場所は特定できないが、今もなお『敵対者』はオレ達の近くに潜んでいる。もしここで『フィンドホーン』に逃げ出されるようなヘマを打てば、連鎖的に『敵対者』もオレ達の存在に気づくだろう。ゆえに今はただ、『フィンドホーン』が立ち去るのを待つしかない。


 気配を抑える挙作に慣れないオレにとって、『フィンドホーン』との無言の対峙は実時間以上に長い膠着に感じられた。僅かな身動き一つ許されず、狭苦しく四肢を折り曲げたこの体勢は肉体的にも精神的にもかかる負荷は小さくない。
 しかし、そんなオレ以上に窮屈な思いをしているのは、何度も懐中時計を取り出しては舌打ちを繰り返すアリスベルガだ。今回は調査主体の依頼ということもあり、彼女はいつもの板金鎧ではなく、金属を極力排した鋲止めの皮鎧を身に纏っている。とは言え完全に金属音を殺すには意識的な動作が必要であり、それが彼女にとっては煩わしく思えるのだろうか、忌々しげに胸甲や肩甲を弄る素振りがしばし見受けられた。
 忍耐力の限界点を3度ほど延長した辺りでようやく『フィンドホーン』が動き出した。相手は怪我でもしているのだろうか、よたよたとした足取りでその場を立ち去る。
 オレ達はようやく訪れた解放の喜びに浸りつつも、努めて平静に彼がしきりに鼻先を向けていた地面の調査を開始する。その周辺は小さな水溜りになっていて、独特の匂いが漂っていた。


 「尿ですね。」


 ルーノが眼前に掲げた試験管には薄く濁った液体が満たされている。


 「尿だと? ヤツの縄張りか?」
 「犬じゃないんですから。それはないですよ。」


 リーダーの指摘を受けてアリスベルガはばつの悪い表情を浮かべる。その様子を見たジャドはゲラゲラと笑っていたが、やがてアリスベルガに尻を蹴られた。


 「鹿の多くは目の下にマーキングに用いる汗腺があると言いますね。尿は余り関係ないはずです。」
 「ではなぜあの角鹿は尿に過敏に反応を示していたのでしょう?」
 「変な趣味でも持ってるんじゃねーの?」
 「お前と一緒にするな。」


 アリスベルガの極低温の反駁はまさにジャドを除く全員の総意ではあったのだが、その当人は蛙の面に水といった風情でまるで意に介することもなく、それどころか意外な事実をオレ達に告げたのだ。


 「いや、だってアイツ、舐めてたぜ。」
 「尿をですか? 匂いを嗅ぐだけじゃなく?」
 「そうそう。だからオレ、初めは湧き水かと思ったんだが…… 尿なんだよな?」
 「ええ。詳しい成分は解析しないとわかりませんが。」


 性格はともかくとして、ジャドの遠見が信頼できることは確かだ。オレの目には角鹿が地面を鼻で小突いているようにしか見えなかったのだが、事実はどうやらそういうことらしい。
 しかし角鹿の行動が判明したところで、それにどのような意味があるのかは皆目見当がつかない。今のところはジャドの言うような個体に依存する特殊な癖という説も強ち間違ってはいないようにも思える。


 「……舐めてみますか?」
 「さすがにそれは御免被るな。」


 ともかく『狂える角鹿』を中心とした樹海の角鹿の一群は、オレ達が未だに知らない習性を備えているようだ。果たしてこの発見が調査の進展に寄与するかどうかは未だ不分明だが、彼らの生態についてはまだまだ調査の余地があるという実感を掴めたようには思う。


 「……静かに!」


 突如、人差し指を口の前に当てて、リーダーが皆に沈黙を要求した。オレ達は息を潜めて聴覚に意識を集中する。
 オレの耳には風と共に波打つ木立のざわめきしか聞き取れないが、詩楽を生業とするリーダーには何か別の物音が聞こえるのだろうか。たっぷり10数秒、仲間と視線だけで会話を交わしていると、やがてリーダーが大きく息を吐いた。


 「向こうに水場がありますね。そこに『彼』がいます。」


 リーダーの指差した草むらに視線が集う。オレ達は遂に標的を捉えたのだ。




 先程の尿を舐める角鹿の奇矯な振る舞いには多少疑念の余地があったが、眼前で繰り広げられるこの光景はさすがに現実なのだと承服するしかない。後肢を朱に染めた『敵対者』はオレ達冒険者の存在に気づくことなく目前の草叢を一心不乱に食んでいた。
 まるで朝食抜きの罰から開放された子供が昼食のスープ皿に噛り付くような勢いで、『敵対者』はやや背高の群生を端から引き千切るように貪っている。それはただ空腹を満たすための行動ではなく、沈没する船から逃れようとする鼠の大群が見せるような狂乱染みた必死さを伴っていた。


 「傷を癒すためなのか……?」


 『敵対者』は先程の戦いで致命的な深手を負ってしまったのだろうか? それゆえ早期の身体の回復を必要として異常な食欲を発揮しているのだろうか?
 いや、彼の逃走は舌を巻くほど俊敏で、もう少しその優れた運動能力を奪うべきだったとオレ達は後悔したほどだ。なまじ行動に支障を来たすほどの怪我を負わせれば本来の目的が達せられなくなるため、オレ達もそこはある程度慎重に対応した。多少の消耗はあっただろうが、重傷と呼ぶほどの怪我は負っていないハズだ。


 「では、なぜあんな勢いで?」


 小山のように蔓延る薄緑の群生は、根本から引き千切られて余すところなく『敵対者』の胃の中に消えていく。『敵対者』の食欲はまるで衰えることなく、先程まで草叢だった場所はいつしか収穫後の小麦畑にも似た心寂しい荒地と化していた。
 さらに奇異なのは、『敵対者』が周囲の警戒にまるで頓着していない様子が窺えるということだ。

 本来的に草食動物は警戒心が強く、広範な視覚、鋭い聴覚を以って危険から逃れるのだが、それが最も発揮されるのは行動に著しい制限がかかる食事時だ。食事時の彼らは平時より周囲の気配に敏感になり、僅かな物音にさえ機敏に反応する。
 しかし、眼前の『敵対者』は明らかに周囲を警戒する意志に欠けているように見える。オレ達は意識的に気配を殺すことなく彼に接近しているのだが、彼がオレ達の存在に気づいている様子は微塵にも窺えない。幾ら強靭な肉体を持つ『敵対者』とは言え、これでは緊張感がなさ過ぎる。


 様々な状況からなる仮定は承服しがたい結論を導き出す。
 つまり彼は食欲を優先して生存欲を放棄しているのだ。一体どうしてこんな事態が起こりえるのだろうか?




 しかし、この不可解な邂逅はその謎を明らかにすることなく突如閉幕した。
 猛然と群生と格闘していた『敵対者』は何の前触れもなく草叢から頭を引き抜くと、周囲を見回すなり彼方へ遁走を開始したのである。オレ達は反射的に動くこともできず、ただ声を失って見送ることしか出来なかった。


 「気づかれていたのか……?」
 「そんだけ鎧をガチャつかせてりゃ当然だろうよ。」
 「なんだと、貴様!」
 「はい、そこまで。アリスも大人気ないですよ。」


 またしても火花を散らし始めた両名にルーノが制止を掛ける。一方的に窘められ酷く不服そうなアリスベルガと下級の悪魔のような笑みを浮かべるジャドの表情が対照的だった。


 「これ、ニガヨモギですね。」


 2人のやり取りには目もくれず『敵対者』が食い荒らした草叢を検分していたリーダーが振り向いて声を上げる。白く短い産毛に覆われた薄緑の群生。それは冒険者ならば誰もが見知ったニガヨモギの枝茎だった。


 「奴の好物なのかね?」
 「そんな話は聞いたことがないですよ」


 飢饉に際して食料を失った鹿が樹皮を剥いで飢えを凌ぐといった類の話ならオレも聞いたことがある。しかし、豊穣な実りを確約するこの樹海において、彼らが食料に貧窮する事態などまず想定できないし、何よりニガヨモギの名前の通り、苦くて固い樹葉を好んで食べるなど生来的にグルメな彼らにしては悪食に過ぎるのではあるまいか。


 「……まぁ、今日のところはここまでですね。糸も切れましたし。」


 リーダーがため息をつく。本来的にはキャンプを張って中期的に『敵対者』の生態を観察する予定ではあったのだが、結果的には予想以上に旅程が長すぎた。万全を期して本格的に調査を開始するためには一度街に帰り、装備を見直す必要があるだろう。


 「結局はわからないことだらけだ。進展も何もあったもんじゃないな。」
 「そうでもないですよ?」


 ルーノの突然の発言にオレは虚を突かれる。彼女はこの不可解な現象を論理的に説明付ける手がかりを見出したのだろうか?
 しかし彼女は柔らかな笑みを浮かべたままそれ以上の言及を果たそうとせず、オレも追求の機会を逸したまま、オレ達は無言のうちに街への帰途に着いた。
 後に残ったのは多大な疲労と魚の骨が喉につかえたような不快感だけで、唯一戦果として持ち帰ったニガヨモギの束も、虚ろになった冒険心の充足に足りるだけの金銭を与えてはくれなかったのである。




 一週間後、執政院附属の情報室でオレ達は依頼主に面会を申し込んだ。担当者は情報室長の離席を詫び、次いで彼の帰りを待つように勧めた。
 オレ達が通されたのは情報室に隣接する情報室長の私室で、扉を開けたオレ達がまず目にしたのは切り立つ断崖絶壁を想起させる夥しい資料の壁だった。
 天井近くまで堆く積み上げられた紙片の山をどうにか地滑りさせないように神経を尖らせつつ、オレ達は書類置場と化していた木製の椅子を引っ張り出してそれぞれが腰掛ける。過日、情報室長がなぜ面談の場を外部に設けたのか、その理由の一片が垣間見えたような気がした。
 これは一見すると情報室長自体が執政院において重用されていないかのような印象も受けるが、情報室長自身は(風体からは想像しがたいが)執政院でも指折りの地位にある人物と聞く。なのでどちらかと言えばこれは彼の個人的な習癖に根差す問題のような気がする。……そう言えば彼は独身だっただろうか?
 所用で席を外していた部屋の主が室内に舞い戻ると、ただでさえ狭苦しい空間では息苦しさまで覚えるようになる。情報室長が非礼を詫び、そして会談が始まった。



 「さて、それでは『狂える角鹿』の調査結果を報告致しましょうか。」


 情報室長が質素な椅子に腰を下ろしたところでリーダーが口を開く。


 「……おい、いつの間に結論なんか出てたんだ。」
 「……調査の打ち切りを伝えに来たものとばかり思っていたよ。」


 ジャドとオレは密かに囁きあって現状を確認する。
 あれからオレ達は翠緑の樹海に踏み入ることなく今日を迎えたのだが、その間にリーダーは先日の調査結果を纏めていたらしい。
 結果を個別に通達することなく今日を迎えたのは、いちいち同じ話を繰り返すのが面倒だからだろう。あれはそういう男だ。


 「詳説はルーノにお願いしましょうか。彼女はこの件について精力的に研究を進めてくれましたし、専門的な事由についても私より詳しいでしょうしね。まぁ、私はどうにも……」


 語尾を濁しながらリーダーはルーノに発言権を譲る。恐らくそこは「……どうにも面倒だから」と続くのだろうが、依頼主の面前で言い放つ度胸はさすがのリーダーにもなかったらしい。
 話を振られたルーノは軽く礼を施してから持参した資料を情報室長に手渡す。


 「今回、樹海に生息する『狂える角鹿』について生態を調査いたしましたところ、この種にのみ限定された特徴的な習性があることが判明いたしました。」
 「それは興味深いね。続けてくれ。」


 情報を扱う人間のサガなのか、情報室長の瞳が興味に輝く。かくいうオレもあの断片的な材料からルーノがどのような結論を見出したのかは気になるところではあった。


 「私達は樹海で出会った『敵対者』を追って、通常冒険者が用いる獣道から外れた森林の最奥まで足を伸ばしたのですが、そこで『敵対者』がニガヨモギを食んでいる場面に遭遇したのです。」
 「『敵対者』がニガヨモギを? 少々信じがたいが……」


 まぁ、『敵対者』がニガヨモギを食す論理的な理由など、この資料の山を引っくり返しても見当たらないだろう。情報室長が懐疑的になるのも無理はない。現場を直に目撃しているからこそ、オレはこの奇怪な言説を呑み込めるが、そうでもなければ出来の悪い法螺話としか聞こえない。
 しかし、ルーノは決して語調を荒げることなく、訥々と報告を続ける。


 「ええ、ですが私達はこの目で『敵対者』の生態を観察し、また『敵対者』のものとも思わしき尿を入手しました。これを解析したところ、自然状態では見られないある成分を検出したのです。」
 「つまりそれはニガヨモギの成分ということか?」
 「はい。『敵対者』の尿からは非常に純度の高いツヨンが検出されたのです。」


 聞きなれない単語が飛び出してオレ達は顔を顰める。情報室長も同様の様子でしきりに頭を掻いている。


 「ツヨン。ニガヨモギ精油成分でメントール様の香気を持ちます。アブサンの成分として知られていますね。」
 「すると樹海で『フィンドホーン』が尿を舐めていたのは……」
 「『敵対者』の尿に残留したツヨンが目的でしょうね。彼らは尿を舐めることで酩酊感を得ていたのだと思われます。」


 なるほど、そう言われてみればあの『フィンドホーン』の足取りは酔漢のそれにも似ていた。
 アリスベルガの問いかけに答えながらルーノは淀みなく言を継ぐ。


 「ツヨンを摂取することで現れる諸症状は主に麻酔作用、嘔吐、幻覚、錯乱、痙攣…… 習慣性もあります。」
 「……まるで麻薬だな。」
 「ええ、ツヨンは大麻の主成分に似通った構造式を持っています。摂り方を間違えると危険性があるのは同様ですね。」


 目が覚めるようなことを彼女はサラッと言ってのける。それとも医師にとってはその程度のものなのだろうか。


 「……私は以前から不思議に思っていたのです。なぜ『狂える角鹿』はそう名付けられたのか、と。」


 勿論、『狂える角鹿』に冠せられた名前はあくまで形容であり、『敵対者』の暴力性を比喩的に表現したまでに過ぎない。
 しかし、『狂える角鹿』と呼ばれるその所以はどこに由来しているのか。何が彼を『狂わせた』のか。その疑問に対する明確な回答を持ち合わせた人物は今までどこにもいなかった。無邪気な子供の問い掛けにも誰もが苦笑を返すしかなかったのである。


 「私は思うのです。『狂える角鹿』とはニガヨモギを大量に摂取したツヨン中毒者なのではないかと。」
 「そんなバカな……!」


 確かにバカげた話だ(ジャドに至っては「ヤク中はねぇわ……」と呟いている)。
 しかし、確かに樹海はニガヨモギを始めとする野草の宝庫であり、何かの拍子で生息する動物がニガヨモギを口にする可能性はゼロではない。それが習慣化する可能性まで考えると確率論的に怪しいと言わざるを得ないが……
 とは言え樹海で『敵対者』が見せた執拗なまでのニガヨモギへの執着は、麻薬を求める中毒者の行動にも酷似しており、また『敵対者』の持つ衝動的な攻撃性もツヨンの齎す影響だと考えると辻褄があうような気がする。
 納得と懐疑の狭間で誰もが自問自答を繰り返している。しかしなお決定的だったのは、ルーノが次に放った一言だった。


 「私達が樹海で採取したニガヨモギが何に加工されるかご存知でしょうか? 『ブレイバント』ですよ。」


 ルーノとリーダーを除くその場に居合わせた全員が、呆けたように口を開いた。言われてみれば確かに頷けるのだが、ニガヨモギ冒険者にも常用される生薬だったのだ。
 ブレイバントを服用する『フィンドホーン』と言われれば、確かにイメージ的には『狂える角鹿』のそれに合致する。勿論、両者の差異はそれだけに留まらないのだが、本来臆病な彼らが本能に反するまでの異様な攻撃性を有しているその理由としては納得できる材料ではある。


 「……『狂える角鹿』はツヨンの禁断症状によって凶暴化した『フィンドホーン』です。従ってその対処もある意味では簡単です。携帯したブレイバントを目の前に放ってやれば『敵対者』はそちらに飛びつくことでしょう。」


 そしてルーノはどこか憐憫めいた輝きを瞳に宿しながら声を落として締め括った。


 「決断の猶予が与えられれば、後は賢明さの問題です。とは言え、それでも彼我の力量を読み間違える冒険者は後を絶たないのでしょうね。」




 数時間後、懐が暖まったオレ達は、今度は心と体を暖めるために金鹿の酒場でささやかな宴を開いていた。
 今回の殊勲者であるルーノにまずは杯が掲げられ、それからオレ達は心行くまで飲んで、食べて、そして歌った。リーダーの演奏は相変わらずの調子外れではあったが、それでもオレ達は予想外に色のついた報酬を前にして、大して上手くもない、声量だけが取り得の歓喜の歌声を披露してみせたのだ。


 「それにしても解せないのだが……」


 酒杯を傾けながらアリスベルガが呟く。


 「なぜ『敵対者』はニガヨモギに耽溺したのだろうな。」


 確かにそれは不可解な話ではあった。ニガヨモギはブレイバントの材料としても用いられるが、民間では主に枝葉を健胃薬、駆虫薬として用立てる方が一般的だ。
 防虫剤として用いられるということは、生物が本能的に忌避する毒性をニガヨモギは備えていると言うことだ。では、『敵対者』をニガヨモギの常用に走らせた理由とはなんだったのだろうか?


 「退屈だったんじゃねぇの。」


 空になった酒壜を弄りながらジャドが言い放つ。


 「毎日毎日変わり映えのしない樹海の中でよ、木の芽草の芽食ってるばかりじゃ、さすがの『敵対者』様も飽きるってモンだ。」


 彼らに『飽きる』と言う概念があるのかはわからないが、『敵対者』は樹海の生存競争の輪廻から外れた特異な生体だ。家畜化された山羊である羊が個体の自立性を失ったように、彼らも環境に適合してその性格を変貌させたのかもしれない。


 「ある意味では冒険者と同じなのかも知れませんね。日常に飽いて危険と変化を望む……」


 嘆息しながらルーノが酒杯をテーブルに置いた。
 考えてみれば、オレ達ティークラブだって、つい先月までは樹海の入り口で足掻いていたクチなんだ。決して新参者を笑える立場にあるワケじゃない。
 そんなオレ達が樹海の奥に足を踏み入れることになったのは、アリスベルガとルーノ、2人の要請によるところが大きかったとは言え、本心としては日常化した樹海との関係に飽いてしまったからなのだと思う。多分、それはジャドもリーダーも一緒だ。
 ちょっとした刺激が欲しかったのだ。命の危険を伴わず、冒険の空気を味わいたくて。或いは冒険者を名乗りながら、それに見合う経験を持ち合わせていなかった負い目も手伝ったのかもしれない。

 結果的に彼女達に引き摺られるようにオレ達は自分の身を危険に晒し続け、今なお迷宮の深層へ向かおうとしている。それを当たり前だとさえ思ってしまっている。


 「でもいくら退屈だからったって飛竜だけは勘弁だぜ。ありゃ他の冒険者にでも任せときゃいいんだって。」
 「フン、腰抜けが。」
 「だ、だ、だ、誰がテメェ、腰抜けだとぉ!?」


 とは言えオレ達は樹海に潜む悪意を克服したワケじゃない。飛竜と比べるまでもなく、オレ達は非力でちっぽけな存在だ。樹海の深層にはきっと想像もできない苦難が待ち構え、今まで以上の恐怖と苦痛に身を震わせることになるのだろう。


 「やれやれ、困ったものですよ。酔っ払いという奴は。」
 「もう少し静かに味わわせてほしいものですね。」


 しかし、だからと言ってオレ達が冒険を諦めることはない。この樹海を征服するか、それとも樹海の土に還るか、終点が見えるまでオレ達は歩き続けるのだろう。
 そう、冒険はニガヨモギと同じ。固くて苦くて不味いだけのシロモノだ。だけど束の間の幻想を味わうためにオレ達はそれを求め続ける。なぜならオレ達はもう冒険という名の蜜の虜になってしまったのだから。






 オークも小さなどんぐりからと言う。
 何事にも始めがあって、
 それが成長していくのだ。


 これは一番初めに執政院を訪れた際の情報室長オレルスさんの言葉です。
 まぁ、要するに、千里の道も一歩から、という慣用句なんでしょうが、今にして思えばこれが壮大なレッドヘリングだったことに気づかされます。どこにオークがいるんだよぉぉぉ!


 このように(これは引っ掛けなので適例じゃないんですが)、慣用的に用いられる表現は特にその世界の風土や風俗の影響が色濃く出ます。そんなゲーム中の一言から世界観を想像する試みは単純な冒険物語とまた違った楽しさがあります。ジワジワと来る面白さがあります。


 また、現実世界での出来事を当てはめてみるのもこれまた面白い試みです。
 北欧ではベニテングダケを食べたトナカイが酔っ払って暴走しています。多分、世界樹の世界ではトナカイの代わりに『狂える角鹿』が暴走しているのでしょう。
 カマキリの卵は雪に埋もれないと聞きます。それでは『全てを刈る者』の卵は別に樹上に産み付けられるワケではないのかもしれません。
 ……そんな風景を想像しつつ、世界樹的世界観のある一面を妄想したのがこんな話です。


 ニガヨモギの成分と効能については作中の通りなんですが、一つウソが混じってまして、生薬のニガヨモギを食べてパッパラ〜とラリるには数kgもの大量のニガヨモギを摂取する必要があるそうです。しかもこれは人間の話なので、人間の10倍くらいは体重がありそうなFOEであれば、必要量もそれに比例することになるんでしょうね。『狂える角鹿』はどれだけニガヨモギ好きなのかと。
 なので自分設定の世界樹ニガヨモギは現実世界のそれと比べてツヨンの含有量が多いんじゃないかなぁと。まぁ、樹海の生態系自体が言わば人工的なシロモノなので、そう考える余地もあるはず……と逃げを打つ自分。


 あと、『狂える角鹿』と『フィンドホーン』の差異に関しては、食習慣の違いはどちらかと言えば後天的な問題ということで。『狂える角鹿』は世界樹の種で強力な抵抗力を得たからこそ毒性のあるニガヨモギの常食が可能になったワケで、基礎的な体力から何まで両者はやはり別物と捉えて貰えればと思います。



 ブレイバントに関連して、世界樹2ではFOEをコントロールするスキルが各職業に散見されますが、こういうの、自分は大好きです。
 単純に戦闘を避けるための手段として存在するんじゃなくて、宝箱を守るFOEを上手く引き寄せて、動きを止めている間に宝をゲットするとか、パズル的な仕掛けがあったりするといいなぁと思ったりします。