世界樹の迷宮・その33(B20F)
パラディン♀ アリスベルガの日記
砂の岸辺に彼女はいた。
紫色の長衣に身を包んだ彼女は、足元を過ぎ去る砂粒の流れをただ茫洋と見つめ続けている。装飾なのだろうか、戒めなのだろうか、肩口を覆う赤茶けた鉄鎖は複雑に重なりあいながら物音一つ立てることがない。石工ギルドの職人が拵えたモニュメントのように彼女は直立し、この無彩色の森の風景と一体化していた。
彼女がこちらを振り向く。鎖の擦れる金属音が微かに響き、時が動き出す。
水平線に溶ける夕日のような赤い髪に、蝋人形を思わせる青い肌のコントラストは視覚的に鮮やか過ぎて、むしろ忘れることが困難だ。
『呪い師』ツスクル。この枯れた地で私達は彼女と何度目かの邂逅を果たした。
「あなた達は。」
熱の篭らない口調で彼女が口を開く。こちらの詰問を待たず彼女が口を開いた。その挙作だけで私は彼女から今までとは異なる真剣さを見て取った。私達に伝えなければならない何かが彼女にはあるのだろうか。
「なぜ命を賭けてまで迷宮に潜るのかしら?」
「冒険するために。」
彼女は何度も瞬きする。騎士らしからぬ俗な返答が意外に思われたのかもしれない。
だが、今の私にとっては、それこそが私自身を迷宮に誘う唯一無二の理由なのだ。初めてこのエトリアの地に辿り着いたとき、私を迷宮に駆り立てたのは(便宜的に言えば)伯爵への忠誠心と、与えられた任務を遂行せんとする使命感だった。
しかしティークラブの連中と共に、未踏の随路を切り開き、迫り来る魔物達を退け、樹海の恩恵に預かり、新たな世界と光景を目にし、勝利の美酒を酌み交わすうちに、いつしか私は迷宮とともに生きる人々に対して強烈な羨望と憧憬を得るに至ったのだ。
彼らは貧寒だ。しかし彼らには自由がある。
彼らは暗愚だ。しかし彼らには勇気がある。
彼らは下賎だ。しかし彼らには誇りがある。
田舎娘が都会に理想を投影するのと同じ、都合のいいロマンチシズムと笑われるかもしれない。
しかし、この長くも短い冒険稼業の中で、私は宮廷生活では垣間見ることさえない生の躍動と死の恐怖を幾度となく味わってきたのだ。自己経験に基づくリアリズムこそが確信を導く礎石となる。私がこの迷宮に足を挑み続けるのは、そう、冒険を通じて、私自身が生きている証を得るためなのだ。
唯一、冒険に心を奪われた私を迷宮から引き剥がそうとしたのが、私自身の出自と与えられた主命だった。私は一刻も早く迷宮での使命を全うし、故郷へ戻らなければならない。それが騎士として私に課せられた責務である。
長きに渡り、己が身に振りかかる責務と理想とを私は天秤にかけていたが、ルーノの許しを受け、ようやく私は大悟した。私は私の望むままに生きよう。更なる冒険を望み、自らの意のままに迷宮を闊歩しよう、と。そして、それが主命の達成に繋がる最短の道なのだと。
少々都合のよい考え方かもしれないが、迷いを抱いたまま迷宮の門を潜るワケにはいかなかった。ルーノの、彼女の手助けがなければ、今ごろ私は憂悶の果てに心朽ちていたかもしれない。
迷宮に挑む私の決意は彼女に届いたのだろうか。彼女は視線を流砂へと移し、囁くように呟く。
「あなたたちが、ここまでくる日をずっと待っていたの。流れる砂の音を一人で聞きながら……」
私は遅まきながら彼女が1人佇んでいたことに気づく。常に彼女の傍にいた武士道の女性、あの『氷の剣士』は一体どうしたのだろうか?
「私は、レンが心配。彼女は過去にとらわれすぎていて…… このままじゃいつかダメになっちゃう。」
彼女がこれから何を言わんとしているのか、愚鈍な私にはまるで予測できない。しかし、彼女が『氷の剣士』と別行動を取っているのも、迷宮の奥深くで私達を待ち続けていたのも、『氷の剣士』とは異なる彼女なりの目算があってのことと想像がついた。私は彼女の次の言葉を待つ。
「それを防ぐためには、誰かがこの迷宮の真相をあばく必要があると思うの。」
『氷の剣士』と『迷宮の真相』。この2つの単語に一体どのような結びつきがあるのだろうか。
今までの『氷の剣士』の言動や風説からして、彼女が一般の冒険者とは全く異なる立ち位置を占める人物であることは窺い知れる。それを裏付けるように、彼女の言葉は『氷の剣士』はこの迷宮の謎に深く関わる人物であることを示唆している。一体、彼女達は何者なのだ?
思索に暮れる私を他所にルーノが呪い師の少女に問い掛ける。
「だから私達を待っていたと?」
「そう。迷宮の最奥へ挑む冒険者を。あなた達を。」
なぜ彼女が単身で私達を待っていたのか、その理由がわかった気がした。
彼女は私達に、迷宮の踏破を期待している。それが彼女の語られぬ目的に添うのだろう。だが、同時にそれは『氷の剣士』の思惑とは異なる結末なのだ。だからこそ彼女は『氷の剣士』を伴うことなく私達と接触したのではないだろうか。
「モリビト。迷宮を住処とする彼らをあなた達はどうするつもり?」
詰問しようという態度ではない。彼女は至極平静に確認を取ろうとしているだけだ。だが、私にとってその問いかけは心臓に鑿を突き立てられるような痛みを伴っている。
私達が迷宮の最奥へ向かおうとするならば、当然彼らモリビトとの衝突は避けられない。迷宮の探索と彼らとの接触は言わばコインの裏表。道を進むことを選んだ私は、彼らに対しどのような姿勢を取るべきなのか、明確な覚悟と責任を持たねばならない。
「人間とモリビトの接触は言わば霧中で起きた不幸な衝突だった。……私はそう考える。」
戦いに例えて言うならば、決闘ではなく遭遇戦。曲がり角に差し掛かった瞬間、未知の敵と鉢合わせしたようなものだ。近すぎる間合いでは武器を抜くことも逃げることもできず、互いに組み打ちを挑んで、不毛で無意味な傷を拵える。得るものは一つもなく、失ったものを取り返そうとただガムシャラに足掻き続ける。
「相手の顔も見えず、相手の声も聞こえない。ただ理解できるのは自らの苦痛と、それを招いた相手への怒りだけだ。双方は自分達に何が起きたかさえ正確には把握できていない。パニックに陥っているだけだ。」
呪い師の少女はゆっくりと私に視線を戻す。
「だからこそ、私達は互いに距離を置き、時間を置き、心に平静さを取り戻さなければならない。そして過去を理性の光で照らし、自らの行いを検分しなければならない。」
「でも、彼らは闇雲に闘争を続けているわ。今までも、そしてこれからも。」
「そうだ。今必要なのは、この飽くなき悲劇を断ち切る端緒だ。」
「あなたはどうやって戦いを終わらせるの?」
「モリビトの長たる者。その者の身柄を拘束し、モリビトの意志を挫く。」
武威を示し、服従を迫る。古い歴史を持つ侵略者の手法だ。
闘争は集団同士の摩擦を解消する上善の手段なのだろうか。私はそうは思わない。だが、平和主義者の標榜する対話のみによる解決が今や不可能事であることは誰の目にも明らかなのだ。
仮に彼らを人間の用意したテーブルに着かせるとしても、そのためには武力に拠らず交渉によってのみ事態を打開できると彼らに確信させねばならない。
その為の尤も単純な動機こそ、彼らモリビトの指導者の捕縛ないしは打倒なのだ。彼らの命を刈り取るのではなく、彼らの闘争心を刈り取る。それこそがこの呪われた流血の演幕に終結を告げる最短の手段である。そう私は判断した。
自己欺瞞を承知で言えば、彼らの指導者の身柄を抑えることは、彼の命を守ることにも繋がる。
モリビトの根城に侵入した人間が暴走の余り、彼らの指導者に凶刃を振るったとしたら…… 惨劇は更なる復讐の連鎖を呼び込み、戦争の終結は彼方へと遠のく。両者の間には埋めがたい遺恨と傷跡が残るだろう。それだけは避けなければならない。
何より講和のためのテーブル作りはティークラブの連中が尽力しているハズだ。ならば彼らの作ったテーブルにモリビトを着かせることが私の仕事なのだろう。恐らくは今もなお執政院の古狸どもと組み合っている彼らを私は後方から援護せねばならない。それが我侭に付き合ってくれたあの連中に対して私ができる唯一の恩返しだと思っている。
私は心のままにツスクルに弁を奮った。私の拙い弁論を聞き終えた彼女は、得心したとばかりに頷くと口を開いた。
「あなたの意志と覚悟は理解したわ。」
「ただ、執政院とモリビトが既に講和の準備を始めていると拙い。そうなると、これからの私の行為は握手を求める相手の横面を張り飛ばすに等しくなる。」
執政院直属の冒険者である彼女ならば、私の懸念に対する答えを持っているハズだ。私は彼女の瞳を見据える。
「執政院はモリビトに対し征討の意を採択したわ。」
「そうか。ならば一刻も早く彼らの居城に向かわなくては。」
「待って。その前にあなたに伝えなければならないことがあるの。彼らの指導者、象徴的存在のことよ。」
「聞かせてくれ。」
「彼らは言わば生ける神を奉り、その庇護と恩寵を受けて生きる部族。彼らの象徴とはすなわち彼らの崇める神、黄金の羽毛を纏う巨鳥『岩をも破る者』よ。」
黄金の翼で朽ちた巨木を薙ぎ倒し、樹海を意のままに飛び回る、受肉した神。それが彼らモリビトを統べる存在なのか。
「あなた達が迷宮の最奥を目指すのなら。そしてこの忌わしき戦争を終わらせたいのなら『岩をも破る者』を殺しなさい。」
まるで「武器が欲しければ素材を集めなさい」とでもいうような平易な口調で言い放ったので、私は危うくその言葉を聞き流しかけた。
反駁を試みるも言葉が纏まらないまま、ただ無意味に口を開閉させるだけ。そんな私の様子を見て取って、彼女は得心した様子で言を継ぐ。
「『岩をも破る者』もまた『世界樹の種』を埋め込まれた者。肉体が滅んでも月の満ち欠けと共に大地が彼らを蘇らせるわ。」
「『世界樹の種』?」
「あなた達も知っているはずよ。『敵対者』に与えられた再生の力を。」
『雪走り』。『森王』。『海上に来る者』。そして数多の『敵対者』。彼らは時間の経過と共に失われた肉体を再構築する恐るべき異能を備えていた。彼女の言葉から推測するとそれは『世界樹の種』と呼ばれるものが関与しており、『岩をも破る者』もまた、彼ら番人と同じ異能をその身に宿しているらしい。
彼ら迷宮の番人がなぜそのような異能を持つに至ったのか。恐らく彼女はその理由についても知っているのだろう。だが、彼女からそれ以上の言説はなかった。教える必要はない、ということか。
「気をつけてね。『岩をも破る者』は獰猛にして俊敏。領域に踏み入る侵犯者を八つ裂きにして、枯れ木の枝に突き刺すのよ。」
『岩をも破る者』は警告しているのだろう。彼の怒りを買った不逞の輩の末路を明示して。挑むべき相手の輪郭が鮮明になると、なぜか自制の効かない乾いた笑みが零れた。
「……怯えているの?」
「彼らと違って私の命数は決まっているのだ。死ぬのは怖い。」
どうやら私が挑まねばならない相手は今までに類を見ない恐るべき強敵らしい。だが、退くことは許されない。前に進まなければいつまでもこの惨禍は終わらない。
「だが案ずるな。必ずや『岩をも破る者』を討ち果たし、迷宮を踏破してみせる。」
「そう。」
私の宣誓に興味がないのか、熱のない相槌を返した彼女は懐から何かを取り出した。
「これ、私たち一族の呪い鈴。きっとこれからのあなたたちの冒険の役に立つと思う。」
乾いた金属音を響かせたそれは、彼女が首からぶら下げているものと同型の鈴だった。しかし、この鈴が冒険にどう役立つというのだろうか? 呪術は今では失われた技術だ。
彼女に疑問を投げかけようとした時、彼女は既に踵を返していた。私は咽まで出かけていた疑問の言葉を飲み込むと、彼女に向かって叫ぶ。
「ありがとう! あなたも息災で!」
彼女は一度だけこちらを振り向き、そして木々の合間に消えていった。まるでモリビトのように。
MMOの用語にPOPという言葉があります。あります、って言うか、あるそうです。私は世界樹の迷宮で初めてこの言葉を知ったので、ニュアンスとしての意味は捉えていますが、本来的な用法とはちょっとかけ離れた用法をするかもしれません。どうかお見逃し下さいまし。
世界樹の迷宮では普通のRPGでいうところの中ボス的存在であるFOEが、一定の時間(7日ないしは14日)で復活します。敢えて言い換えるとFOEは7日か14日でPOPします。初めてREPOPしたFOEを見たとき、MMO未経験だった私は「うわ、なんかFOEが復活したぞ!」とビックリしたのですが、MMO的にはこのPOPというのはごく普通のシステムらしくて、なんか驚いてたのは自分だけ、みたいな感じでした。「これはきっと何かの伏線だぞ!」とまで思ってたのに。
そんなワケでMMOではごく当たり前なせいか、凄い気楽に流されているPOPなんですが、ゲーム世界的にはすげー厄介ですよね。数々の冒険者を亡き者にして猛威を振るったスノードリフト。執政院が大金を出してようやく征伐したのに、2週間もするとひょっこり生き返るなんて。もう一回倒すからお金くれないかなぁ。
基本的にRPGのボスキャラって生き返らないものなんですが、なんで生き返らないのか考えてみると、やっぱり話の筋がおかしくなるからなんでしょうね。FFで中ボスが生き返ったらシナリオが破綻しかねないし。
じゃあ、Wizなんかはどうだろうと考えてみたら、あれ、Wizって中ボスっていないっけ。でも3のKODアイテムは中ボスと言えば中ボスだし、あれはアイテム捨てればREPOPするし。5のNPCはカント寺院で生き返らせて何度も殺せるし。笑うヤカンとか。そう考えてみると、強ちPOPもWizの系譜と見るにも吝かではないような気もしつつ、それはちょっと強引な気もしつつ。まぁ、POPではないにしても、それに似たシステムはMMO以前にも色々と見出せそうな気配はありますね。
プレイヤー的な感想からするとPOPがあることでアイテムの取り逃しとかがなくていいですよね。
FF5のティンカーベルとかFF3Aのグングニルとか、一度だけしかゲットチャンスのないアイテムをボスキャラが持ってたりすると、取りのがしてもう一回初めから、みたいな話もありえますし、何度もチャンスが与えられているのはありがたいです。
後は一回クリアしても今やってるような擬似周回プレイが楽しめるのもいいところですね。ハードルのないハードル走はただの短距離走と変わらないので、ゲームの質が変わってしまうと。データを消さずにハードル走をやりたい自分みたいな欲張りにはありがたい仕様です。
少し話がズレますが、私の中で世界樹のようなPOPがあったらいいのになぁと思うのが実はポケモンなんですよ。ジムリーダーとか野良トレーナーとか初期状態に戻る仕組みを作ってくれれば色々な縛りプレイができるのになぁと思ったりします。
逆にシナリオ上POPしちゃうとマズい敵が、まぁ、後半にいるワケですけど、世界樹のPOPに慣れてしまうと、どうも彼らとだけ再戦できないのが口惜しくなってしまうぐらいで。特にラスボスなんかは色々なパーティで攻略を試してみたいじゃないですか。それができないのが残念だなぁと思うのは、やっぱりPOPシステムがゲームの中で有効に働いていたことを示す証左なんでしょうね。