世界樹の迷宮・その42(B25Fクリア)

 ダークハンター♂ ジャドの日記


 「顔を出さんのかね?」


 振り返ると清潔な白衣に身を包んだ壮年の男の姿があった。上背こそないが筋肉質で肩幅の広い白衣の男、このセフト施薬院を取り仕切るキタザキ院長は、顎を軽く持ち上げてオレの右手にある木製のドアを示唆する。
 白く塗られた厚手の樫のドアには入院中の患者の名札が掛けられていて、院長が自ら認めたのだろうか、木片には躍動感のある筆致でアリスベルガの名前が記されている。
 オレは名札と院長の顔を交互に見やって、それから口を開いた。


 「どんなツラ下げて入ればいいのかわからねぇんだよ。」
 「ほぉ、新たな発見だな。君にそんな繊細さがあったとはね。」


 銀縁の眼鏡の奥にどこか児戯めいた光を宿して、院長は言う。
 まったく自分でもそう思う。多分、どうにかしちまったんだろう、オレは。


 アリスベルガの名を呼ぶルーノの悲痛な叫びが脳裏に残響する。
 心臓を突き破られ、風化していく『王』の根本に身を横たえたアリスベルガの姿は一見して生者のそれとは思えない酷い有様だった。豊かな栗色の長髪は血に汚れ、全身の皮膚は無残に焼け爛れ、あるべき筈の右腕は肘から先が失われていた。火災跡地の瓦礫の奥から見つかった玩具の人形のようだった。
 あの気丈なルーノでさえ、声を失うほどの致命傷。涙を浮かべて顔を背けようとするルーノをオレ達は必死に励まして、アリスベルガの治療に当たらせようとした。
 彼女はアリスベルガの処置を拒否した。医学に啓けた彼女にはアリスベルガの受けた瘴癘めいた痛手が、彼女の身命を著しく損ねたことが一目で理解できたのだろう。翳された手の揺らぎだけで掻き消えそうな灯火のように、か細く命脈を繋ぎ止めるだけの彼女の体に、ルーノは触れることを酷く躊躇した。命を救う責務を、命を損ねる恐怖が上回ってしまったのだ。
 それでもオレ達はルーノに助けを求めるしかなかった。オレ達にとってもアリスベルガは大切な仲間であり、そしてオレ達は彼女の傷を癒すための手段を持ち合わせていなかったのだ。
 そして責任を全て彼女一人に押し付けるような形で、オレ達はルーノに残酷な施療を行わせた。無知なるがゆえの正論で、友人の死を決定的にしかねない孤独で絶望的な手術に彼女を追い立てたのだ……


 「彼女は眠っているよ。顔だけでも見ていけばいい。」
 「あ、ああ……」


 ルーノの努力の甲斐あってか、幸運にもアリスベルガは命を取り留めた。しかし、オレはあの時以来、アリスベルガと顔を会わせていない。彼女がどれだけの回復を遂げたのかオレは未だに知らないのだ。
 オレが面会を躊躇したのは、彼女の不治の深手…… つまり右腕を喪失した事実を彼女自身がどう受け止めたのか、斟酌に見極めがつかなかったからだ。
 だから、彼女が眠っていると聞いてオレは少し安堵した。少なくともその問題について考える時期は先延ばしにされた。今日は彼女の無事な姿を確認するだけでいい。


 「それから……」


 キタザキ院長はオレの肩を一度叩いて、口元を綻ばせる。


 「院内で不品行な真似などせんようにな。相手が怪我人だからといって日頃の俗情を晴らそうなどと……」
 「しねぇよ!」




 「ジャ、ジャドか。久しいな。」
 「あ、ああ…… 元気か?」


 少年向けの偉人伝か何かと思われる革表紙の本から視線を上げたアリスベルガに、オレは挨拶とは呼びがたい珍妙な言葉を投げかける。


 ……嵌められた!
 向こうもオレの突然の来訪に驚いたのだろう、読みかけの本に慌てて栞を挟んでサイドテーブルに放り置くと、短く切り揃えられた栗色の髪をいそいそと手で梳く。オレは彼女に背を向けて扉を閉めつつ、院長のヒゲ面を腹の底で罵倒する。あの狸親父め!
 内心の動揺を悟られないように、高鳴る鼓動を静めるために、オレはゆっくり時間をかけて生活感に欠ける室内を見回す。手近な椅子を引き寄せてベットの傍らに設置すると、それに腰を下ろしてオレは心の中で嘆息した。


 「さ、殺風景な部屋だな!」


 適切な切り出し方を見つけられず、オレは空転する舌に任せて無為に口走る。


 「そうかもしれん。しかし花を活けたら随分と様変わりしたよ。」


 窓際に置かれた青磁の花瓶には雄雄しく花弁を開く一輪の赤い花が挿されていた。
 オレは眉根を顰めてアリスベルガに問う。


 「あの花、持ってきたのはウィバか?」
 「そうだ。なかなか風雅だろう。」
 「……まぁな。」


 首肯する一方で俺は心の底で毒づく。……ったく、病室に椿なんか飾るヤツがあるか。縁起でもない。
 恐らく見舞い品イコール花とか短絡的な発想の産物なんだろうが、その先まで思い至らないのが頭でっかちなアイツらしい失態だ。まぁ、当のアリスベルガ自身は気にいってるようだし、差し出がましい口を利くのも野暮な話ではあるのだろう。
 それはさておいて、彼女が思ったより平静な様子だったので、オレは正直助かった気持ちでいる。陰鬱な重い空気に満ちた室内で、たった2人膝を突きあわせて会話する光景など考えるだけで怖気が震う。
 彼女の精神の安定にあの椿の一挿しが多少なりとも役立っているのだとしたら、オレはむしろウィバに感謝しなければならないのかもしれない。


 「街の方は変わりないか?」
 「ああ、執政院が騒いでいる以外は静かなもんさ。」


 唐突な執政院長の失踪劇は多方面に大きな波紋を投げかけた。
 長の私室に失踪の理由を示唆する書面が残されていなかったことから、真っ先に可能性が論じられたのは、エトリアに仇為す各種敵対勢力による誘拐だった。
 貴重な資源に満ちた世界樹の迷宮を擁するエトリアの街は、地上にも地下(地学的な意味と概念的な意味と双方において)にも敵性勢力を数多く抱えており、犯行を疑うに足る組織の存在には事欠かなかった。
 むしろ疑わしい相手が数多く存在したことが、この事件を御伽噺めいた神隠しではなく、作為的な工作活動に落とし込む歯車として作用したため、人々は真相に対して自ら視線を外し、旧世界に纏わる真実の存在に混乱を来たすことなく日々を送ることができたとも言える。
 だから長が実は世界樹と同化した旧世界の科学者で、彼の失踪はオレ達の手によるものだと説明したところで、熱病に浮かされた患者の世迷言として聞き流されてしまうのがオチだろう。一昔前のオレだって同じ反応を返したに違いない。


 余談ではあるが、この騒動により事件とは無関係な地下組織の幾つかが検挙され、執政院に附属する地下牢が犯罪者によって悉く埋め尽くされたため、執政院は治安維持に関する特別会計予算を計上する必要性に迫られた。しかし、長を欠いた現在、自らの権勢の伸張を狙う老獪な連中の舌先によって、それを裁決するための形式的な枠組みについての再構築論が沸騰し、執政院は二重三重の混乱に見舞われている。
 これは俯瞰すれば執政院に強力な独裁政権を築いた長の齎した奇貨とも言えなくもないが、長が姿を消した今、人間が新たな組織形態を模索する必要に迫られたこの状況は、ある意味では『王』の庇護を失ったモリビトが新世界への旅立ちを決断したのと全く同じ化学反応であり、この大地における『王』の影響力の大きさについて改めてオレは再考を促させられた。




 そんな他愛もない話を暫くオレ達は続けていたが、やはりどうしても彼女の右腕が気になり、視線が自然とそちらに流れてしまう。意図的なのかどうかはわからないが、彼女は右腕を毛布の下に潜り込ませていて、右腕の様子を窺い知ることは難しい。
 目を逸らし続けるにも限界がある。一通り話題を交換し終えると次いで沈黙が室内を支配する。長い逡巡の後にオレは話を切り出すことにした。


 「……その、腕の具合はどうなんだ?」


 ああ、と今ようやく気づいたような、のろのろとした相槌と共に彼女は右腕を持ち上げた。捲れた毛布から顔を出した右腕は包帯に包まれていて、やはり右肘から先がない。背筋を冷たい汗が流れ、唇が引き攣るように小さく痙攣する。


 「命を永らえただけでも儲けものと思わなければならない、と院長には言われたよ。」


 強烈な眩暈がオレを襲う。『神の手』と呼ばれた医師にさえ、彼女の失われた右腕を復元することはできなかったのだ。


 「なに、おかげで皆を守ることができた。腕一本と引き換えなら安いものだ。」
 「そんなこと言ったって……!」
 「それが騎士の本分だ。私は自分の務めを果たせたのだよ。」


 彼女は淡々と言を継げる。その言葉からは自らの境遇を悲観する負の感情はまるで窺えず、柔らかな波を返す遠浅の海岸のように彼女は和やかな表情でオレと向き合っている。


 「もう剣を握れねぇんだぞ! それでも平気だって言うのかよ!」
 「……仕方のないことだよ。私は自分の選択を悔いてはいない。だから、ジャド、そんなに悲しい顔をしないでくれ。私はお前達を守れた自分を誇りに思いたいのだ。」


 彼女にとって、オレ達が五体満足でエトリアに生還を果たしたことは何よりの慰めなのだろう。自分が苦痛を受ける分には平気でも、他人が苦痛を受ける姿を見過ごせない。彼女はそんな心性の持ち主だ。
 だからこそオレは、彼女の身を案じるよりもまず彼女の献身に感謝すべきなのだろう。オレが暗い表情を見せていると、合わせ鏡のように彼女の表情もまた曇ってしまうだから。
 しかし、そうは思っていても、同時に声を荒げてしまうオレがいる。彼女の余りにも達観した姿にオレは違和感を禁じえないのだ。


 「私は死を覚悟した。だが、同時に生を渇望した。生きて皆と共にエトリアに帰ることを願った。望みは果たされたのだ。だからそれ以上を望むのは流石に贅沢というものだろう。」
 「これから、どうするつもりなんだよ…… 剣を捨てて、それでお前は何を手がかりに生きていくつもりなんだよ!」
 「こうなってしまった以上、祖父も私に家督の承継を望んではいまい。故郷に帰れば早速入り婿の選定に追われるだろうさ。婚姻を交わし、子を為し、家名を繋ぐ。やることはいくらでもある。」
 「ワルツの踏み方も知らねぇ無骨な女を好き好んで娶るヤツがいるとも思えねぇけどな。」
 「フフフ、後宮の御夫人の忠言を少しは容れるべきだったと思うよ。まぁ、祖父に選ばれた不幸な男にとって私はせいぜい荘園の付属物だ。個人の嗜好の如何はこの際無意味だな。」
 「またジジイの言いなりに生きるってことか! それがイヤでお前は迷宮に挑んだんじゃなかったのかよ!」

 「女だてらに騎士を名乗ることにそもそも歪みがあったのだ。私は騎士の位を返奉し、世の女性と同じく自然な生き方に戻る。それだけの話だ。」
 「もう、騎士に未練はないってのか。」
 「そうだ。騎士としての務めを私は果たした。あとはただ新しい生き方に邁進していくのみだ。」


 彼女の言葉は続く。冷徹なまでに、粛々と。
 しかし、だからこそオレには分かった。これは彼女の本心ではないのだと。
 病室を訪問した来訪客相手に、彼女は何度同じ台詞を繰り返したのだろうか。彼女の言葉は余りにも流暢で、淀みがなさすぎる。希望に満ち満ちた船出を語っているハズの彼女の言葉は、どこか空虚な響きを伴い、決意の現れを欠片も感じ取れない。まるで台本の下読みのようだ。
 一見してそれは、冷静に自分を見つめ直すだけの心理的余裕が生まれた結果にも思えるが、事実は恐らく全くの真逆だ。彼女は自分の感情を押し殺して、与えられた役柄をこなしているだけに過ぎない。
 それはなぜか? 彼女はオレに余計な負担を負わせたくないのだ。
 彼女と共に冒険を続けてきたからこそ、オレには分かる。そう、彼女はそんな心性の持ち主なのだ。


 オレは矢庭に立ち上がるとサイドテーブルに置かれた皮表紙の本を取り上げる。


 「だったらこれはなんだよ!」
 「それは……!」


 途端に彼女の顔に動揺が走る。


 「ザックス・シューメーカーならオレでも知ってる。騎士を諦めた人間が読む本じゃないってこともな。」


 ザックス・シューメーカーは実在した昔の騎士の名前だ。
 一介の平民出の小男が主君への忠勤を果たし、遂には姫君と結婚して所領を賜ったという、まぁ、よくあるタイプの成功譚だ。
 とは言え彼が余人の羨望する結果を生み出せたのも、戦争と飢饉によって世の中が混沌とし、極めて高い職種・階層の流動性が背景にあったからだ。
 出自によって階層が固定化された今の世の中ではザックスの真似事など到底不可能だ。だからあくまでこれは貴族の子弟の忠孝啓発を目的とした道徳的資料として編集されたものだと考えるほうが正しい。


 「ザックスの2つ名を知ってるよな。『片手の騎士』だ。彼は子供の頃、狼に襲われて右手を失ったんだっけな。」
 「全く、これだから目端の利く男は…… ウィバやリーダーは騙せたんだがな。」


 彼女は苦笑し、目尻をそっと指先で拭う。オレはサイドテーブルに本を置くと、再び椅子に腰掛ける。


 「騎士、続けたいんだろう?」
 「……当たり前だ!」


 存外に大きな反応が返ってきたので、椅子から腰が浮きかけた。つまりはそれほどまでに彼女は深く大きく葛藤を抱え込んでいたんだろう。
 長年に渡り祖父の意のままに人生を歩み続けてきた彼女は、迷宮の探索を経て、ようやく彼女自身の望む生き方を見つけた。しかし世界樹の王との戦いによって彼女の希望は儚くも潰えたのだ。
 彼女が迷宮で失ったのは右腕じゃない。彼女の未来と、可能性だ。迷宮を共に歩んだ仲間を守るために、彼女は未来を生贄に捧げた。
 それが必要な選択だったことは彼女も認めてはいる。しかし同時に、突如として眼前で閉じられた鋼鉄の門扉のあまりの冷酷さに彼女は我を取り戻せずにいる。扉の向こうの失われた未来の残像が未だに瞼の奥に焼きついているのだ。
 彼女は残された左手を槌のようにサイドテーブルに叩きつけて声を荒げる。


 「私は人々を守るために生を受けたのだ! なのに私は腕を失った! もう剣を握れない! もう誰も守れないんだ! ならば私はこれからどう生きたらいい!? この命をどう費やせばいいと言うんだっ!?」


 アリスベルガは絶叫し、そして嗚咽した。


 「もう私には何も見えない…… 何を糧に生きればいいのか分からない……!」


 剣を握り、弱者を庇護することが彼女の生きる望みであり、喜びだった。闇夜に包まれた彼女の世界を光で満たす唯一の灯火だったのだ。
 しかしその灯火は荒れ狂う風雨に吹き飛ばされ、湖沼めいた泥濘の中に埋没してしまった。じゃあ再び光を取り戻すにはどうしたらいい? 新しく灯火を点けなおすしかないじゃないか。
 オレはアリスベルガの両肩に手を添えると、彼女の上体を引き起こして、その虚ろな瞳を覗き込む。


 「いいか、アリスベルガ! お前が剣を持てなくなったって、お前はお前じゃねぇか! だから生きろ、アリスベルガ! オレ達にはお前が必要なんだよ!」
 「だけど、ジャド……! 私は……! 私はもう……っ!」
 「違うんだよ! 剣を握れるとか握れないとか! 役に立つとか立たないとか、そういうんじゃないんだ! オレ達にとってお前は掛け替えのない仲間なんだ! 共に迷宮に挑んだ唯一無二の仲間なんだよ!」
 「でも私は、もう守れない…… 誰も守れない……!」
 「だったら代わりにオレが守ってやるよ! 自分も! 皆も! ……お、お前もだ!」
 「なんで……! なんで、そんな……」
 「仲間だからだよ! オレだけじゃない! ルーノも! ウィバも! リーダーも! みんなきっとそう思ってる! お前のことを守りたいって思ってる! みんなお前が大切なんだ! 自分の身を挺してオレ達を助けてくれたお前を、オレ達は絶対見捨ねぇよっ!」
 「ジャド、ぉ……っ!」


 彼女はオレの体にしがみ付いて、そして子供のように泣きじゃくった。
 全身を震わせて感情を爆発させる彼女をオレはただ抱きしめて、彼女の小さな心と体が僅かなりとも安らぎを得られるよう祈り続けていた。




 泣くべき時は泣いたほうがいい。悲しむべきときは悲しんだほうがいい。自制の力で強く張り詰めた心ほど弾けた時の傷は深いんだ。
 彼女は強い女性だ。今はまだ難しいかもしれないが、いつかきっとこの痛みを乗り越えることができる。オレはそう信じている。




 「さっきの言葉、信じていいんだな。」
 「さっきの…… って、なんだっけ?」
 「皆を守るって言っただろう。私の代わりに。」
 「真面目に言ってるさ。そんなことでウソはつかねぇよ。」
 「……そうか。」


 彼女はゆっくりとオレから体を引き離した。しばらく泣き続けていたせいもあってか、彼女の瞼は少し腫れぼったかったが、その瞳はいつもの落ち着きを取り戻していた。


 「しかし、本当にいいのか? ……その、本意ではないのだろう?」
 「……お前さ、ルーノとは長い付き合いなんだよな。」
 「ああ、子供の頃からの仲だ。それがどうした?」
 「子供の頃のルーノってすんげーひ弱だったんだろ?」
 「そうだ。……始終病気がちでな。だから私が彼女を守り続けたのだ。」


 彼女は少し誇らしげに語ったが、所詮は子供のやることだ。ましてや敵は魔物ではなく病魔なのだから、彼女の力の及ぶ範囲などたかが知れている。こまごまとした生活上の世話を焼いた程度の話なのだろう。
 しかし、その行為は決して無駄なんかじゃない。今日におけるルーノのアリスベルガに対する信頼は、万難を排すべく献身に身を投じた彼女の誠意を裏付けるものだ。


 「それを面倒だって思ったこと、あるか?」
 「バカなことを聞くな。彼女は大切な友人だぞ。」
 「同じことさ。だから気にすんなよ。余計な気遣いは却ってこっちが閉口する。」


 だから重要なのは技術ではなく、姿勢なのだろう。
 オレには彼女のように仲間を危地から守る術はない。だけど、彼女が仲間を守り続けたように、オレも仲間を守りたいと願う。彼女にとっても、オレにとっても、ティークラブの仲間は掛け替えのない存在なのだから。




 ……ふと我に返ったオレは、余りに近すぎる彼女との距離に気づいて反射的に体を引く。な、なにをやってんだ、オレは!?
 次いで自分の数々の発言が脳裏に反響し、頬が自然と紅潮していくのを感じる。アリスベルガはそんなオレの様子に気づいたか、不思議そうに下から覗き込んできたが、オレは周囲に激しく視線を散らし、慌てて口を開閉させる。


 「……そ、そう言えばよ! その腕、町の連中に聞かれたらなんて答えるよ! まさか『王』にやられましたとは言えねぇよなぁ!」
 「あ、ああ。『蠢く毒樹』にでもやられたことにするよ。……先例もあることだしな。」
 「でも、多分あのオッサンだけだぞ。その話を信じるのは。」
 「違いないな。」


 オレ達は視線を交錯させて顔を綻ばせる。彼女の笑顔を見たのは随分久しぶりのことだ。
 オッサンをダシにしたことは申し訳ないが、笑えるってことは精神が平常を取り戻しつつあるってことだ。だから今日ばかりはちょっとカンベンして欲しい。


 「……ジャド、おぼろげにだが私には見えてきた気がするよ。私がこれから歩むべき道筋が。」
 「そっか、そりゃ良かったな。」


 彼女が一体、何を人生の道標として捉えたのか、オレにはまだ分からない。だが、近い将来、彼女の進むべき道が定まった時、オレは諸手を上げて彼女の選択を祝福しよう。
 彼女は正しい未来を選ぶ賢明さを持っている。多少危なっかしい足取りをする時もあるが、その時はオレ達が支えてやればいいだけだ。
 彼女は何かを言わんとして声を詰まらせ、それからおずおずと口を開く。


 「ジャド、その、ありがとう。」
 「なぁに、気にすんな。これからもよろしく頼むぜ。」


 オレは握手を求めてようとして、一瞬逡巡し、そして左手を差し出した。彼女は差し出されたオレの左手を確りと握って、そして言ったんだ。


 「感謝する。……私が私でいられることに。そして、これからもよろしく。」






 死人さえ簡単に蘇生させてしまう超執刀な世界で、腕一本がどうこうってのはあんまりピンとこない話かもしれないですが、まぁ、そこはそれ、お話の都合ということで…… キタザキ院長ならどうにかしてしまいそうなのが困る。


 キャラの話中心になってしまうとゲーム本編と絡めてどうこうってのは難しいですね。なので今回はまとめ的な話題を少々。楽屋的な話はこれまで意識して避けてきたんですが、そろそろ一区切りということでもういいかなと。


 「世界樹の迷宮・その28」から長々と連作的に続いた世界樹の迷宮の終盤関係の妄想はもうそろそろ完結します。ゲーム的にはエンディング部分に突入した辺りでしょうか。
 ティークラブのエンディングは以前に書いた「世界樹の迷宮・その18」が前提として考慮にありまして、それに繋がるように最初は話を考えてはいたんですが、途中で「こりゃダメだ!」と諦めまして、結果的にその18とは全く繋がらない平行世界的な代物に成り果ててしまいました。
 まぁ、その18は新納さんのアトラス退社に絡めて別離をテーマに書いたものであることと、トラバキャンペーンの〆切りに間に合わせるように書いたこともあって、割と突貫での仕上げだったんです。なので、それに無理矢理くっつけるのも自由度を狭めるだけでデメリットが大きいかなと。あれは一つの結末の形として綺麗かなと思ってはいるんですが。


 で、今回の話とこれから書く予定の話はそんな前提で、もう一つのティークラブのエンディング、という感じの話です。まぁ、正史三国志三国志演義の違いみたいな感じでしょうか。




 ガンリューさんの話。
 ユーザの間では「LV70のレンジャーのくせに『蠢く毒樹』に全滅させられるってどうよ!」なガンリューさんですが、ゲーム内では「あのガンリューでさえ敗れるのだから『蠢く毒樹』恐るべし!」な風潮なんだと思います。でないと可哀想過ぎるんですが、第4層を仕事場にするマッスルな連中もいるのでモゴモゴ。
 まぁ、そういう見地ではあのジョークはユーザ寄りの視点のジョークなんですが、さてこれで『蠢く毒樹』の株が上がるのか、それともガンリューさんの株が上がるのか。
 まぁ、一番ありそうなのは「ティークラブって『蠢く毒樹』にやられてんの? ダサッ!」っていう。


 いや、逆に考えるとガンリューさんは実は『世界樹の王』に挑んで全滅したんだよ何だってーな電波を今受信しましたが、余りにもそれは矛盾点が多すぎるのでポイします。話としては面白そうなんですけどね。