世界樹の迷宮・その41後編(B25F)

 パラディン♀ アリスベルガの日記


 リーダーの尽力に報いる為に。そしてツスクル、レン…… 彼女達の思いを無にしないためにも。私達は世界樹の王を討ち果たさなければならない。
 地面に転がった小剣を拾い上げると、私は徐に一振りする。
 不思議な感覚だ。体は疲労の極みにある。それにも関わらずなぜか鎧を脱ぎ捨てたかのように四肢が軽い。五感が冴え渡り、彼我の大気の厚みの違いさえ明瞭に判別できる気がする。


 「おのれ、トオクニの巫女め! 邪なる外法を以って光輝の未来を蝕もうとするか!」


 振り返ると、怒りに頬を紅潮させる『王』の姿が目に入った。
 『王』はようやく我が身に起きた異変の正体を察知したのだろう。
 その声は肌が粟立つほどの憎悪を纏い、もはや呪詛と呼んでも差し支えない。


 「トオクニの巫女! かの邪道の末裔を生き永らえさせたのは我が過ちだった! 奴らトオクニの民諸共、緑の大地を白木の棺とし、その血族全てを根絶やしにすべきだったのだ!」


 ……今、『王』は何と言った?


 トオクニの民。彼らは地上に蔓延した疫病から逃れるべくこのエトリアの地を離れたと聞く。
 だが、その顛末をレンから聞いたとき、私は濁流の奥にちらつく魚影のような、明確に輪郭を見極めがたい、微かな違和感を胸に抱いたのだ。
 それをなんと呼び表すべきか、あの時の私は的確な語彙を見出せなかった。それを瑣事と思い、気にも留めなかった。
 しかし、今ではその正体がわかる。それは懐疑だ。『王』に対する疑念だ。


 彼ら、トオクニの民が災禍に見舞われたその際に、『王』は彼らに対し、救いの手を差し伸べたのか?
 違う。『王』は敢えて疫病を看過し、地上への手出しを避けたのだ。
 私はそれを、地上への干渉を自ら禁じたためだと思っていた。『協定』を取り交わした彼は地上の疫災にも無関係を貫いたのだと。
 しかし、人類の存続と発展を願う『王』が、新世界の新たな希望であるトオクニの民を危地から救わなかったのはなぜだ? 彼らを見捨て、このエトリアを荒涼の地に戻したのはなぜだ?
 それは彼らトオクニの民が『世界中の種子』と対になる力を与えられていたため。呪術を以って『王』に敵対したためではないのか?
 ゆえに『王』は彼らの存在を恐れ、危ぶみ、大地から放逐する途を選んだのではないか。
 そう、自らの知識と技術を元に地上に悪疫を振り撒いて……


 「まさかお前が…… トオクニの民を危地に追いやったというのか!?」
 「必定なのだよ! 彼らは大地の秩序を乱そうとした! 神の摂理に逆らおうとしたのだ!」


 なんて利己的で、そして恣意的な遠吠えなのだ。
 結局、『王』は自らの思う侭に、箱庭を愛でるように、大地を人為的に歪めているだけに過ぎない。
 観察者として大地を繁栄に導く孤高で清冽な精神など、そこには微塵にも存在しない。
 ここにはただ傲慢で、理不尽な、神を尊称するだけの歪んで壊れた理性があるだけだ。


 私は小剣を握り締める。強く、強く、強く。握り潰すほどに、強く。
 今、私は心の底から断言できる。


 この男の虚妄を許してはならない。
 この男に大地を委ねてはならない。
 この男に未来を語らせてはならない。


 大地を悲しみから解放するために。迷宮から人々を解き放つために。
 虚栄に満ちたその身体を玉座から引き摺り下ろさなければならない!


 「汝らもまた神の意志に背く罪業の徒! ゆえに生命の林枝に留まること能わず!」


 再び『王』の攻勢が始まった。触手の群れは先程とは異なり、一直線にリーダーを目掛けて飛来する。
 『沈静なる奇想曲』を奏でて『世界中の種子』を打ち消すリーダーの存在は、『王』にとってはトオクニの民の悪夢の再来とも言える。ゆえに『王』はリーダーの排除を第一の目標として攻勢を仕掛けたのだろう。
 しかし、こちらとてリーダーを失うワケにはいかない。リーダーこそが私達に残された最後の命綱なのだ。彼を失ってしまえばせっかく芽生えた唯一の勝機が微塵に砕けてしまう。
 ゆえに私達は彼を守り、同時に『王』の攻撃を退け、そしてその心臓に刃を突き立てなければならない。全く、これはとんだ難題だ!


 『王』の攻撃は執拗だった。『世界樹の種子』による再生が望めなくなった今、積み重なる損耗に二の足を踏むかと思いきや、『王』はチェスのような理知的な詰め手を捨てて、半ば逆上した、暴風のような熾烈な攻め手を繰り出した。
 私達はリーダーを守りつつ、吹雪の中を行軍する旅人のような心境で、一歩、また一歩と彼我の距離を縮める。しかし同時にそれは更に苛烈な『王』の攻勢を呼び寄せる無謀な選択でもあった。


 「ルーノ、伏せろ!」


 突如として轟音と共に大気が爆ぜ、頭上を過ぎ行く触手が炎の渦に飲み込まれた。
 ジャドを吹き飛ばしたあの爆炎だ。
 私達は反射的に地面に体を投げ出し、地上を舐めるように圧していく熱波のうねりをやり過ごす。


 「生命の賛歌を阻む忌わしき罪人め! 煉獄の炎に包まれ、穢れたその魂を清めるがいい!」


 爆炎は大気を揺るがし、床板を吹き飛ばし、遂には世界樹の樹皮をも焼き焦がす。もはや『王』は手段を問わず、ただ私たちと刺し違えようとしているかのようだ。


 「汝らを葬り! 滅ぼし! 消し去って! 我は再び観察者として世界の中心に君臨する! それが世界の理だ! それが神の意志だ! 誰にも邪魔はさせぬ!」
 「お前の誇大妄想なんざ、もう飽き飽きなんだよ!」


 私と、ルーノと、リーダーと、そして『王』の視線が一斉に彼に注がれた。世界樹の樹上に一人佇む、枯れ草のような彼の姿に。
 それはジャドだった。もはや焼け焦げて原形を止めていない黒のチュニックを体に引っ掛けている彼は、世界樹の天辺近く、主幹の8合目ほどに直立し、人面瘡のように浮き出た『王』の頭を踏みつけにしている。
 ジャドは、自らの無事を誇示するかのごとく私達に向かって親指を立ててみせると、次いで不敵な笑みを足元に投げかけた。


 「き、貴様……!」
 「おっと、もう黙れ。お前の口は騒音しか奏でない! 耳障りなだけなんだっ!」


 そしてジャドは逆手に短剣を振り下ろし、『王』の頭に深々と刀身を突き立てた。『王』は声にならない叫び声を上げ、そして持てる限りの力を振り絞ってジャドを振り落とそうとする。ジャドは短剣を両手で掴み、必死の形相でそれに抵抗する。


 「ジャドっ!」
 「オレに構うな、アリスベルガ! 『王』の心臓を抉れ! お前が幕を下ろすんだ!」


 先程と同様にあの短剣には神経毒が塗布されていたのだろう。世界樹は混乱を来たしたかのようにただ唸り声を上げ、その樹枝を不規則に振り立てている。


 「……ルーノ、リーダーを頼む。」
 「アリス、あなたに託します…… 私達の思いを。願いを。……そして、祈りを。」


 私はルーノの左肩に手に置き、そして頷く。ルーノは肩に添えられた私の右手をそっと両手で包み込む。彼女の掌はいつもと同じように温かく、私には彼女の体温と思いが右手を通して全身に染み入るように感じられた。
 私は彼女から離れ、そして拳を握り締める。大事な思いを受け取ったその右手を。
 私は踵を返して駆け出した。世界樹の心臓。数千年に渡って世界樹の全身に血液を送り続けた内臓器官。世界樹の根本に顔を覗かせる球根へ。


 世界樹の心臓は『世界樹の種子』の力によって再生させられた強固な外殻に再び覆われてしまっている。ゆえに今、私の手元にある、この刃こぼれしかけた小剣では恐らく外殻を切り裂くどころか傷をつけることさえ困難だ。
 しかし、私は臆するワケにはいかない。身命を賭して仲間が切り開いてくれた道を、私は踏破しなければならない。私は彼らの労苦に報いなければならないのだ。
 世界樹の根本に辿り着いた私は、渾身の力を込めて小剣を外殻に振り下ろす。
 板金鎧を打ち叩いたような衝撃に全身が痺れ、危うく私は小剣を取り落としそうになるが、再び小剣を握り直し、私は再度外殻に斬撃を加える。
 二度、三度、四度、五度…… 何度攻撃を浴びせても外殻にはかすり傷一つ残らない。それでも私はただひたすら剣を振り下ろし、世界樹の心臓を守る最後の門扉をこじ開けようとする。
 そして十数度目となる斬撃を加えたその瞬間、私の手は今までとは異なる硬質の触感を捉えた。……鈍い音を立てて、刃が根本から弾け飛んだのだ。


 床面に落着した刀身は水平に回転しながら地面を滑ってゆく。私はそれを呆然と見送っていたが、やがて小剣の刃は、帯状の鉄片を縫い付けた靴にぶつかって動きを止める。
 視線を上げるとそこには見慣れた錬金術師の姿があった。


 「ウィバ……!」
 「お互い、なんとか無事のようだな。」


 とは言えウィバは自称するほど無事な様子には見えなかった。世界樹の樹枝に激しく打ち叩かれたウィバは、その軽装備も相俟って全身に手酷いダメージを抱えているようだった。
 まるで糸が縺れた操り人形のようにその挙作はぎこちなく、片足を引きずって一歩一歩、苦痛の呻きを漏らしながらウィバは歩みを進める。


 「外殻を破ればいいんだろう?」


 足元に転がる折れた刃を見やってから、ウィバは世界樹に目を向ける。
 まるで幽鬼のような、躍動感に欠ける緩慢な動作で、ウィバは鋼鉄の篭手を眼前に翳す。ウィバの詠唱と共に篭手に内蔵された錬金炉が唸りを上げ、掌から放出された青白い粒子が球状にまとまって火花を散らす。


 「……酷い練成だ。笑ってしまうな。」


 その練成はいつものウィバの術式に比べると極めて貧相で、脆弱で、不安定で、全く彼の本分を発揮できているとは言いがたかった。しかし、ウィバは震える指先でしぶとく練成陣を描き続け、残された全ての力を搾り出して術式を起動させようとしている。


 「だが、これがオレの最後の力。オレの全てを篭めた術式だ……っ!」


 触媒の残滓を掻き集めるようにしてウィバはようやく一塊の電気の球を完成させると、世界樹の外殻に向かってそれを撃ち出した。
 空気を切り裂いて飛翔する青白い光弾は瞬時に外殻に着弾し、激しい爆発と閃光を轟かせる。黒煙が薄らぐとそこには剥き出しになった世界樹の心臓が見えた。
 膝を折り、地面に両手をついたウィバは顔を上げずに小さく呟く。


 「情けないな、目まで霞んできやがった。……外殻はどうなった?」
 「吹き飛んだよ。……お前のおかげだ。」
 「そうか、よかった…… アリスベルガ、後を頼、む……」


 精も根も尽き果てたのだろう、ウィバは地面に突っ伏して動かなくなった。
 私は心の中で彼に感謝の言葉を送り、そして世界樹の心臓へ向かって走り出す。


 外殻が損なわれ、露出した世界樹の心臓の周りを、薄緑の粘性の液体、ある種のウーズを想起させる防護膜が焦げ付くような音を立てながら蠢いている。ウィバの電撃によって融かされた防護膜から刀の柄が顔を覗かせ、私はそれを手に取る為に手を伸ばす。


 ルーノ。
 リーダー。
 ジャド。
 ウィバ。
 そしてレン。ツスクル。


 この迷宮を通して巡り会った多くの人達に導かれて、私は今ここにいる。
 それも全ては彼らの願い、彼らの意志を代行するためだ。
 だからこそ私は果たさなければならない。
 彼らから引き継いだ思いを叶えるために。
 彼らの望んだ未来を切り開く為に。
 彼らの笑顔を見るために。
 私は、私は……!


 刀の柄に手が触れた瞬間、私の前腕を包み込むように防護膜が纏わりつく。肉が焦げるような匂いと共に白煙が立ち上り、私は右腕を焼き焦がす痛みに絶叫した。


 「ああぁぁああぁぁああ!」


 慌てて私は右腕を引き抜こうとするが、右腕に纏わりつく防護膜はまるで獰猛な狼の顎のように私の右腕に深く食い込み、身を翻すことさえ許さない。
 私は強酸を擦り込まれたかのような右腕の痛みに悶えつつ、激しく身を捩って自由を取り戻そうと苦闘する。やがて右腕を引き抜いた瞬間、私は勢い余って後転するように地面に倒れこみ、そして身体を駆け巡る異常な感覚に気づいて低く嗚咽した。


 右腕を、食われた……!


 私の右前腕は肘から先を全て防護膜に食い融かされ、肘先は醜く爛れて骨が覗いていた。防護膜に目をやると、すっぽ抜けた私の篭手だけが刀と寄り添うように取り残されている。
 右腕の感覚の消失と、それを補うかのように体の芯まで響き渡る鈍痛に私は顔を顰め、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めようと唇を噛んで自らを奮い立たせる。総身から噴き出す脂汗がじっとりと全身を覆い、私は酷い寒気と吐き気を覚えた。


 「自らの愚かさを苦痛を以って理解したか、騎士アリスベルガ。」


 脈動する激痛に耐えながら私は声の主を睨みつける。世界樹を包む外殻の表面が波打つように揺らぐと、大地を割って吹き出す双葉のように、『王』の顔が現れた。
 『王』は身の毛もよだつ下卑た笑みを浮かべて言を続ける。


 「一片の希望をただ頼りに定命の者が足掻く様は美しい。感銘さえ覚えるな。」


 干乾びた蚯蚓を巣穴に持ち帰る蟻の力強さを称えるような言い草に、腹の奥が自然と熱くなる。だが、口を開こうとした私の脇腹を激痛が走り、私は『王』に抗議する機会を阻まれた。


 「しかしそれゆえに滑稽でもある。汝は罠肉に飛びつく野犬の如き短慮で最大の好機を失った。そう、自らの手で輩が為し得た労苦を霧散させたのだ。」


 あの刀…… 防護膜の中に取り残されたレンの刀は私を釣り出すための罠だったのだ。餌に近寄った獲物の胴体を寸断するネズミ捕りと同じ、対象の行動を予見し、制限し、誘導するブービートラップ
 それに気づかず私は不用意に突出し、自らの右腕を、戦うための手段を、未来に繋がる扉の鍵を失った。


 「最早汝に抗う術はなし。我が身の無力さを呪い、そして死に逝くがいい。」


 私は拳を握り締めようとして、それがもう不可能なのだと気づく。
 『王』の言うとおりだ。私は失ったのだ。武器を。右腕を。未来を。……何もかも。
 仲間達は私を信じて、私に全てを託してくれた。
 しかし私はそれに応えることが出来なかった。最後の最後で自らの愚かさだけを思い知らされたのだ。
 一体彼らに私はなんと詫びたらいいのだろう。私の不徳をどのように償えばいいのだろうか。


 ……いや、もはやそんなことを考える必要さえない。
 既に未来に繋がる扉は閉ざされてしまった。後はただ終幕に繋がる道を辿るだけだ。
 私達は世界樹の一片となり、世界を見守る永遠の命に組み込まれる。それが私達に与えられた結末だったのだ。
 私達の望む未来はここにはなかった。だがそれも仕方がない。
 私は無力だったのだから。力が足りなかったのだから……



 だが、本当にそれで諦められるのか!?



 「諦められるハズが、あるものかっ!」



 私は残された右上腕部に左手を添えて、ゆっくりと立ち上がる。


 ……私は騎士なのだ。力なき人々を守るためにこの世に生を受けた、生まれながらの庇護者。
 だからこそ私は怯んではならない。脅えてはならない。逃げ出してはならない。
 私の命数は全て、私の力を必要とする人々のためにある。
 そんな生き方を疎ましく思い、それでも私はその生き方を捨て切れなかった。
 ならば私はその生き方に殉じよう。先達の魂に哀悼の意を表し、その理念を受け継ごう。
 この命が燃え尽きるまで、私は騎士としての斯道を歩み続ける。
 それが……


 「それが、私の選んだ生き方だ!」


 私は走り出す。
 まだ私は戦える。戦うための力がある。例え右腕を失ったとしても、まだ私は走れるじゃないか。

 私は世界樹の心臓と、それに切先を宛がうレンの刀を視界の中央に捉える。


 「未だ愚行を繰り返そうというか! 今の汝に一体何ができる!?」


 例え剣が握れなくなったとしても。例え右腕を失ったとしても。
 まだ私には力がある。まだ私にはこの身体がある。


 「まだ私は戦えるんだっ!」


 そして私は飛び込んだ。世界樹の心臓を覆う緑色の防護膜に。私の腕を取り込んだ原生動物の口内に。
 全身に纏わりつく粘性の液状生命が私の五体を焼き焦がす。総身を走る激痛。私は今、侵入者を排除せんと蠕動するこの原生動物の塊に体を貪り食われている。
 だが、怯む暇はない。私は抵抗を押しのけてわずかに残った運動慣性を左手に装着した大盾にそのまま乗せて、レンの刀の柄頭を満身の力を込めて強打した。
 途端に地面を揺るがすほどの大きな絶叫が室内に響き渡る。


 「馬鹿な、まさかその刀っ!」
 「そうだ、私の盾が槌となり、レンの刀が杭となる! 例え右手を失った私でも、お前の心臓に刀を押し込むぐらい造作もないっ!」


 鉄槌と化した私の盾に押し出され、レンの刀はその刀身を世界樹の心臓に沈めていく。その都度、『王』の口から世界中の全ての憎悪と苦痛を集めたかのような叫び声が吐き出され、私を押し潰そうとする防護膜の力も比例して強まっていく。
 だが私は何度も盾を携えて、レンの刀を世界樹の心臓に打ち込み続ける。私の力が続く限り。私の身体が動く限り。何度も何度も何度も何度も。何度だって打ち込み続ける。
 今の私を突き動かしているのは、私自身の力じゃない。私と共にあった多くの人達の力だ。だからこそ私は戦う。例えこの身が朽ち果てようとも、私は戦い続けるのだ。


 「なぜだ! なぜ貴様はそうまでして戦う!」
 「お前にはわかるまい! 自ら孤独を選び、人を見下すことしかできないお前にはっ!」
 「我には大地を見届ける責務があるのだ! 人類を統括し、繁栄に導くっ!」
 「そんなもの、もう誰も望んじゃいないっ!」
 「俗物がぁぁぁあああぁぁあっ!」


 私が突き出した盾の一撃と共に、一際長い『王』の絶叫が大気を震わし、尾を引くような残響を室内に木霊させた。
 規則的に波打っていた世界樹の心臓は突き立てられた刀の周辺からその脈動と共に深紅の血液を吐き出し、やがて力を失って、動きを止める。
 私の体を取り囲んでいた世界樹の防護膜は泡立つような音を立てて蒸散し、私は自分の力で身を支えることができず、活動を停止した世界樹の洞に身を横たえた。




 私は天井を仰ぎ見る。時が止まったかのように世界樹は色彩を失い、そして天辺から次第に風化していく。
 今しがたまで世界樹だったそれは、淡く、白く、儚く、舞い散る花びらのような欠片となって、室内を循環する柔らかな大気の流れに乗って浮遊する。
 煌く春雪のように宙を舞う世界樹の星屑。それは一つの生命の終焉を告げる呼び声。


 ……ああ、私達の戦いは、終わったのだ。





 ラスボス戦の話。


 世界樹のラスボスにまで封じが効いてしまう作りってのはゲームバランスを考える上ではかなりムチャな設定なんですが、なんか個人的にはSagaのチェーンソーtoかみとか、ロマサガのせきかくちばしtoサルーインとかを髣髴させる仕様に感じました。まぁ、そこまでボーパルでもないんですが。
 でもそのおかげで我がパーティのダークハンターも最後まで役どころがあって、結果的にこの手のゲームによくある「ラスボス戦で使えない職業がある」という事態がなかったのは個人的に喝采したいところです。
 やっぱり自分が手塩に掛けたキャラクターでエンディングを迎えたいと! ロマサガ3で初回サラスタートだった自分は強くそう思います。あれは泣いた。


 ただ、パーティ構成次第でえらく苦戦する人と楽に勝っちゃう人と両極端なのが世界樹の王ではありますね。公式推奨パーティで臨んだ場合、リジェネ効果の『エタニティツリー』を打ち消す手段がないので、そこで手詰まりになってしまうと言う話は良く聞きます。
 逆に言えばそれぐらいラスボスで苦戦してくれの意を込めての推奨パーティだったのかなぁと今では思ったりもして。道中をスイスイと進んでボス戦で唸る、ってのはRPGの進め方としては確かに一番おいしい味わい方のように思います。
 「攻略しやすいパーティ」ではなく「味わいのあるパーティ」というか。開発者側がユーザにこのゲームをどう楽しんで貰いたかったのか。推奨パーティにはそのヒントがあるのかなと。それは深読みしすぎですか。


 今のプレイもいよいよボス戦を迎えるところまで参りました。ここで一旦攻略を止めて色々なパーティで戦闘を試してみたいなーとか思ったりもして。




 無駄な設定の話。特にこの話の呪術について。
 今回はツスクルから貰った呪い鈴の音色が世界樹の再生の力を打ち消し、それを参考にしたリーダーがぴろーんと爪弾いた奇想曲でさらに世界樹の再生を止めるシーンがあります。
 これはゲーム的には世界樹の王のエタニティツリーをカスメの『重苦の呪言』やバードの『沈静の奇想曲』で打ち消してる感じです。
 で、ゲームの光景を当てはめているうちはまだよかったのですが、そこから派生して旧世界の科学者は『世界樹の種子』の力を誰かが乱用した時のカウンターバランスとして、生物の死を促進させる技術、つまり『呪術』を用意したのではないか、という妄想に流れ着いて、最終的に至ったのが『世界樹の王』と『トオクニの民』の相克の歴史だったりします。
 『協定』は実際にぶつかり合った両者が共倒れを避けるために妥協したものではあったのですが、水面下でトオクニの民は不幸の手紙(レンとツクスル)を『王』に送ったり、『王』は『王』でトオクニの民にBC兵器(インフルエンザウィルスとか?)を撃ち込んだりと、嫌らしい小競り合いが続き、結局根負けしたトオクニの民は遠くへ引越しすることに決めます。
 まぁ、端的に言えばそういう話が背景にはあるのでした。