世界樹の迷宮・その30(B18F)

ダークハンター♂ ジャドの日記


 「こいつ、首がないぞ。」
 「そこに転がってる。」


 足元に視線を転ずると恨みがましげに目を見開いたモリビトと目が合った。嘆息するとオレは両手を合わせて哀れなモリビトの冥福を祈る。
 仲間に置き去りにされたのだろうか。それとも己の力を過信して1人で出歩いていたのだろうか。どちらにしても運がなかったと諦めてもらうしかない。
 死んでしまえば人間もモリビトも一緒だ。森で死んだ者は森に帰る。その魂は森に還元され、やがて新たな命を育む種子となる。


 「待って下さい。」


 墓穴を掘るためにバックパックからスコップを取り出したオレを制したのはルーノだった。先ほどまで仰向けに倒れていたモリビトの胴体部を観察していた彼女は、今度は観察対象を頭部に変更する。一時の躊躇いもなく首を両手で抱え上げ、首の断面を注視すると彼女は、やっぱり、と呟いた。


 「何かおかしなところが?」
 「断面が綺麗過ぎます。……どうやったらこんな切り口になるのかしら。」


 オレはルーノに傍に座り込み、モリビトの首を寝転がす。
 その切断面は確かに彼女の言う通りの滑らかな平面だった。肉屋のモーガンの軒先で似たような断面の肉塊を見たことがあるが、こいつは無抵抗な豚とは違う。


 「処刑斧を使ったのではないか? 処刑鎌かも知れん。」
 「水平に払われているところを見ると違いますね。首を『切り落とした』のではなく『跳ね飛ばした』んです。」
 「刀剣でか?」


 アリスベルガが呻いた。
 騎士の使う大剣の多くは武器自体の重量を利用して叩き切るのが主な用法だ。小手先の技術を要することなく膂力で粉砕する。薪を割るようなものだ。
 あるいはオレ達狩人のように剣のキレを利して腱や喉笛を掻き切る用法もある。が、この手の技術にしても首を跳ね飛ばすような豪快な話は聞いたことがない。頚椎に弾かれるからだ。


 「頚骨の隙間を縫っています。極めて鋭利な刃物と熟練の技術と、双方が両立して初めて成立する技です。」


 遺体から遠く離れて転がっていた頭部。その存在が彼女の推測を裏付けている。


 「眠らされたか何か、身動きできない状況だったのではないか?」
 「……ええ、そう考えるのが妥当だとは思います。」


 アリスベルガの問いかけにルーノは肯定してみせたが、どうにも歯切れが悪い。この遺体には理性的な判断を狂わせる魔性の残滓が煙っているようだった。
 この森で繰り広げられる殺し合いは、互いに名を名乗り、礼を交わして剣を構える騎士道精神溢れる決闘とはまるで異なる。不意の遭遇から始まる乱戦は、生存のみを至上の目的とした美学なき野蛮だ。そんな地獄の晩餐の只中で、正対する戦士の首だけを跳ね飛ばす。……そんな奇跡のような技が成り立つものか。


 ともあれオレ達は遺体を埋葬することにした。この枯れ森の土は、軽く、細かく、粘り気がない。オレ達は苦もなく穴を掘り起こし、遺体を横たえると、灰に似た砂を被せて地中に埋める。土葬はお好みじゃないかもしれないが、まぁ、勘弁してほしい。両手を合わせ目を瞑り、黙祷する。




 「樹海の守護者コロトラングルを退けた者たちか。」


 突如として投げかけられる声。反射的に顔を上げるとそこにはモリビトの少女がいた。
 一体いつの間に!? オレは慌てて身を仰け反らすと、後転して体勢を整える。スコップを投げ捨て、鞭の柄に手をかける。
 少女はこちらを厳しい眼差しで一瞥する。よくよく見てみると彼女は第3層で出会ったあのモリビトの少女だった。誤解を受けると面倒なことになると思ったが、存外に少女は冷静だ。ひょっとしたら一部始終を見ていたのかもしれない。


 「彼を埋葬したのか。」


 その声には感謝の響きもなければ、憤怒の音色もなかった。ただ、淡々と事実を確認するための問いかけのようだった。その問いかけを肯定すると彼女は、そうか、とだけ呟いた。彼女は何か思案げな様子で顔を伏せていたが、やがて強い口調で詰問を始めた。


 「人は我らモリビトとの間に結んだ協定を忘れたのか? 森の奥に進まぬという約束を?」
 「協定?」
 「……人はそこまで忘却したのか。」


 彼女は以前も同じようなことを言っていた。人間とモリビトの間で交わされた契約。そしてオレ達人間はその約束を違えた侵犯者であるのだと。


 「いいだろう。教えてやる。代わりに事実を知ったらおとなしく帰るがいい。我らと貴様たちの間の約束を……」


 そう言って少女は僻村の古老のように訥々と語り始めた。
 モリビトと名乗る彼ら一族の起源は樹海と共に始まったそうだ。モリビトは樹海の中で平穏に日々を過ごしていたのだが、やがて樹海を発見した人間の侵略を受けたらしい。……やれやれ、歴史は繰り返すとはよく言ったものだ。
 人間とモリビトは激しく争い、結果、多大な血が流れた。疲弊した両種族の長は話し合いの場を設け、そこで地上を人間の領域、樹海をモリビトの領域と定めた。そして互いの領域を侵さぬことを共に誓い合い、この戦いに終止符を打ったのだ。


 「それがお前の言う『協定』なのか?」
 「そうだ。……以来、人がこの樹海の奥に足を踏み入れることは禁じられ、樹海は我らのものとなった。」


 モリビトの頑ななまでの抵抗にはやはり根拠となる理由があったのだ。彼らは祖先が交わした協定に則り、森の奥へ侵入しようとする人間を追い返しているだけに過ぎない。この森にとってオレ達は無法の侵犯者に他ならず、遵法の守護者たるモリビトを自らの欲望のままに排している……


 「……理解できたら戻るがいい。これ以上進んだ時にはその命、保証できぬと思え。」


 それだけを言い残すと彼女はさっと身を翻して木々の合間に飛び込む。オレは追いかけようとしたが、土地鑑に長けた彼女を追うことは不可能だとすぐに悟った。立ち並ぶ木々の彼方のどこにも彼女の姿を見出すことはできなかった。


 「この辺りが潮時なのかもしれませんね。」


 リーダーが独白にも似た呟きを漏らした。


 「知らず知らずとは言え、私達は彼らの領域に踏み込みすぎました。これ以上の不幸な接触を積み重ねないためにも、私達は自らの非を認め、森から手を引く勇気と決断が必要なのではないかと思います。」


 身命を賭してモリビトは戦い続けるだろう。過去の協定を未だに忘れることのない彼らは、森の領有に関して人間以上の執着がある。当たり前だ。彼らにはもう逃げ場がない。
 人間が自らの欲望に従いモリビトと戦い続けたところで、モリビトの士気を砕くことはできない。人間にはそこまでの覚悟がないからだ。
 ならば人間は早急に泥沼の消耗戦に終結を告げ、再度の協定を取り結ぶなり、出血を出来る限り抑える向きに舵を切らねばならないのだろう。


 「しかし、執政院がそれを認めるだろうか。」
 「訴えるしかありません。彼らに異を唱えられるのは、残念ながら私達しかいないようです。」


 モリビトの少女が言い残した太古の盟約。『協定』の存在を知る人間は恐らくオレ達だけだ。
 ならばオレ達には人間とモリビトのあるべき関わり方について蒙を啓く責務がある。
 リーダーの言葉に頷きあうオレ達に、しかし反駁を被せる人物が現れた。


 「彼女の言葉を鵜呑みにするのか。」


 アリスベルガだった。厳しい口調で彼女は続ける。


 「私には解せん。確かにモリビトの話は一見それらしいが、一概に事実と決め付けるには早急に過ぎるのではないか。」
 「どういうことだ?」
 「誰も『協定』の存在を知る者はいないのだろう? ならばそれが事実かどうか、まずは確認が必要だ。」
 「彼女の言葉を疑うのですか?」
 「そうではない。時に歴史は改竄されるものだ。真実を見極めるためには、公平中立な見地から調査を進めなければならない。」
 「だけどそんな悠長なことを言ってられるかよ。調査のために古本を引っくり返している間にも人間とモリビトの争いは続いているんだぜ。」
 「だが、論理的根拠を欠いたままでは執政院の説得など不可能だ。」
 「根拠ならば彼女の言葉で十分でしょう。彼女は私達を信頼して過去の事情を話してくれたのです。ならば私達はその信頼に応えなければなりません。」
 「それは楽天的に過ぎる考えだ。」


 リーダーとアリスベルガの問答は平行線を辿り続ける。早急な事態の解決を望むリーダーと、まずは足場を固めるべきだと主張するアリスベルガ。目的は同じモリビトとの和解を目指しているにも関わらず両者の主張はまるで噛み合うことがない。討論はやがて熱を帯び、ウィバやオレにも引火して更なる論議を引き起こす。
 白熱し続ける討論に終結を告げる一石が投じられたのはその時だった。


 「要するにお前は恋人を探したいだけなんだろう!?」


 アリスベルガの顔からさっと血の気が引いた。オレは自らの失言を悟り、狼狽する。ルーノがアリスベルガの傍らに駆けより、鋭い眼差しでオレを睨みつける。2人のこんな表情は初めてだ。
 顔を伏せたアリスベルガの表情は窺い知ることができない。オレは痴呆のように立ち尽くしているだけだ。

 「誤解なんだ!」……違う。
 「ちょっと待ってくれ!」……何を?
 「すまなかった!」……遅すぎる。

 オレは自分の紡ぐべき言葉を見つけることができない。定まらない心に右手がフラフラと宙を掻く。


 「……帰ろう。モリビトに見つかると厄介だ。」


 搾り出すようなアリスベルガの声にオレは弁明の機会を永久に失った。




 「なぜ、あんなことを言った。」


 オレの部屋に押しかけたウィバの最初の一言がそれだった。


 「事実だろう?」
 「『恋人』は事実ではなく、勝手な推論に過ぎない。」
 「『愛人』だったか。」
 「ジャドッ!」
 「……いずれにしてもだ。オレ達とアイツの目的は違いすぎた。遅かれ早かれこうなることはわかっていたさ。」


 身命を賭けてまで迷宮の最奥に挑戦する。そんな気違い沙汰がいつから当たり前の日常になってしまったのだろうか。
 あの2人と出会うまでのオレ達はただの染みったれた冒険者だった。
 剣もろくに振るえない。術式もまともに動かない。歌は調子っぱずれで聞けたもんじゃない。名前ばかりの冒険者。それがオレ達ティークラブだった。
 ティークラブの由来を知ってるか? 茶葉を運ぶ連中って意味さ。迷宮の一番浅いところをビクビクしながら歩いて回って、茶葉を集めて逃げ帰る。子供のお使いだ。
 オレも、ウィバも、リーダーも、そうやって迷宮を日常に溶かし込んで生きてきたんだ。今日を過ごすだけの稼ぎがあればいい。金鹿の酒場で安い酒を煽って、クダを巻く。明日のことは明日に任せる。
 冒険? 探索? 名誉? そんなものはクソ食らえだ。


 「だが、彼女はオレ達を頼ったんだ。そしてオレ達もそれに応えた。」
 「成り行きだよ成り行き。今までは運がよかっただけさ。これからはそうはいかない。」
 「探索を諦めるのか。」
 「リーダーはそのつもりだろう。オレだってそうだ。お前だってそうなんだろう。」
 「それは……」
 「ここまで踏み込んで見つからなかったんだ。ヤツの探してる騎士ナントカもどこかでおっ死んだんだろうよ。モリビトの目を掻い潜って生きているとも思えねぇ。」
 「だが彼女は諦めていない。」
 「……ウィバ。森はオレ達の遊び場じゃない。冒険は終わったんだ。」


 ウィバは唇を噛み締めると、非礼を詫びて部屋を立ち去った。


 あの2人と出会ってから、いつの間にかオレは冒険熱に冒されていた。アリスベルガの指導を受けて、自分の意外な才能に気づいて、それがいつしか自信に変わって、迷宮を踏破する原動力となって、そしてオレはようやく冒険者になった。
 我が身に降りかかる危険も苦難も自分の力で振り払う。それを理解できた時、オレを取り巻く世界は一変した。オレは気づいたんだ。オレは世界に従属しているのではなく、オレと世界は相互に干渉しているのだと。


 だが、それは幻想に過ぎなかった。オレの切り開いた新たな世界は、オレの手を離れて勝手に膨張し、破裂しようとしている。オレはただ、その世界を見守ることしかできない。オレに世界に干渉する力などない。


 あの少女の言うとおり、あの森がモリビトの領分ならばオレ達はもう迷宮に足を踏み入れるべきではない。分を弁えるべきなんだと思う。元の生活に戻るべきなんだと思う。これ以上の危険を冒しても何も得るものなどない。
 気の合う仲間と宝捜しに熱狂する季節は終わった。これから待っているのは冷たい鉄と流血の季節なのだ。夏には夏の服を、冬には冬の服を着るように、オレ達は新しい季節に併せて服を取り替えていかなければならない。季節に移ろいがあるようにオレ達の世界もまた移ろっていくものなのだ。


 アリスベルガはそれを認めることができないんだろう。認めてしまったら彼女は使命を果たせなくなる。だから彼女は頑なに抵抗し、探索の継続を主張する。だが、彼女の帯びた使命よりも、オレにとっては見知った人々の命の方が何倍も大切なのだ。だからオレはもう彼女には協力できない。彼女と共に迷宮を歩くことはできない。彼女と共に冒険をすることはできない。


 願わくば彼女には使命を諦めて欲しい。それは決して恥じることではない。世界樹の迷宮は夢だったのだと、そう思って欲しい。
 だが、その願いが聞き届けられることはないだろう。それを半ば理解しつつ、オレは無力感に囚われた体をベッドに投げ出した。






 モリビトの協定の話。ゲームの話なのでNPCの話したことは事実なんでしょうが(「冥土の土産に教えてやろう……」とか決まり文句を述べる悪役が嘘をつかないのと同じで)それを頭っから信じてしまうのもキャラ的にはアレかな、と思ってこんな話になりました。
 まぁ、「モリビトだけに伝わってて人間が全然知らない協定ってのも変な話だしー」とか「昔っていつの話よ、そこから政体継続してるのかよ」とか、灰色な部分を突きまくってマッチポンプしてる感もあるんですが、多分結論としてはあの人が事実を隠蔽してるんだろうなぁと思います。それを理解した上で敢えて妄想してみた感じで。
 今回、モリビトの少女(呼びづらいのでNPCの中で一番名前が欲しいキャラ)の台詞はゲーム本編のテキストをそのままコピペしたんですが、今回テキストを見直してみて、担当の小森さんのテキストが簡潔にして要を得ていることに感嘆しました。変に台詞を書き換えたり、書き加えたりしようとするとすぐにバラけちゃいそうで、結局原文のまんまみたいな。崩せないんですよね。
 少女の台詞の部分は結構長いんで、「樹海の外にいた貴様たち人間は樹海に驚き、我らの住む地へ足を踏み入れた。我らと人は激しく争い、多くの血が流れた… そこで、互いの長が話し合い人は樹海の外で…、モリビトは樹海の中で生きる事になった。そして互いの生活に干渉しないと協定を結んだのだ。」みたいに書き連ねるのはあまり良くないなと思って地の文に変えたんですが、割と情報が抜け落ちていると思います。昔から要点を纏めるのが苦手な子でした。
 世界樹のテキストはなんていうかいい感じに行間をスッパ抜いててテンポがいいですよね。ゲーム用の文章と言うか。これが紙媒体の読み物になると割と読みにくい部分が出てくると思うんですが、ゲームだと割と行間を想像力で補えるので、コンパクトに収められるんだと思います。「青くそまるまるで」はちょっとアレだけど。
 世界樹ゲームブック調のテキストも含めて大人な雰囲気のテキストが魅力の一つでもあるんですよね。本当はテキストを全部集める為にデータ初期化したいところではあるんですが、愛着の沸いたギルドを消せる気にもなれず。誰かテキスト集作ってくれないかなぁと人頼みの毎日です。



 さて、180度話は変わって、ミニコミ誌から。
 インターフェース担当の山崎さんのコメントを読んでて心が温まったので抜粋してみます。


 現実逃避に様々な夢も見たものでした。
 世界樹と同時にフォレストグリーンDSLiteが発売されるといいネ〜、とか、何故だか爆発的にヒットして開発陣全員でフィジー島リフレッシュ旅行があるといいネ〜、とか、何故だか爆発的にヒットして世界樹ビルが建っちゃったりして〜、などなど。
 実際は想像以上に本数が伸びて、皆様が楽しめるゲームとなり、夢以上の幸せが待っていました。


 (世界樹御殿建設)来たか!
 会社側の目標本数は良く知らないんですけど、実売で78000本だかは売れたという話を聞いたので、なんというか、よかった。1ユーザーとして開発者の方々の労苦が報われたようで嬉しいです。ちょっと泣けた。