世界樹の迷宮・その32(B18F)
メディック♀ ルーノの日記
「振り返り見れば!」
「今日の悲劇は須らくモリビトと自らを呼称する迷宮の蛮人に対して、我々が許容と寛容の精神を以って接したことに端を発する!」
「彼らは『協定』という名の排他的な契約を盾に、我々が森を開拓する義務と権利とを侵害し続けた!」
「そして我々は彼らの凶刃により、愛する仲間を、愛する家族を、愛する友人を失ったのだ!」
「では高潔なるエトリア市民たる我々は、遍く悲劇を甘受し、湧き起こる怒りを噛み締め、彼らを取り巻く大いなる苦痛を理解し、森からの恩恵を授かる友なる人類として共にモリビトと足並みを揃えていくべきなのだろうか!?」
「否! 彼らの蛮行は断じて許されるものではない! 我々は賞揚すべき許容と寛容の精神をひとたび蔵に封じ、埃を被った正義と不屈の信念を取り出さなければならない!」
「今日に至り、彼らモリビトはエトリアの無辜の人々を脅かすべくこの不可侵なるエトリアの大地を襲来した! 我々は今ここに至り、彼らとの無血講和が不可能事だと結論せざるを得ない!」
「彼らの蒙を啓くのは唯一彼らの流す血のみである! 我々は彼らの口をこじ開け、彼らの頭蓋を杯として、彼らの血液をその喉に流し込むのだ!」
「エトリアの勇者達よ! 今こそ我々は立ち上がるのだ! 恒久なるエトリアの繁栄は自らの手でこそ勝ち取らねばならない! さぁ、冒険者よ! 迷宮に巣食う悪鬼羅刹を打ち滅ぼし、その最奥に人類の英知と勇気を知らしめる金糸の御旗を打ち立てるのだ!」
「エトリアに栄光あれ! 冒険者に祝福あれ! モリビトに災いあれ!」
「エトリアに栄光あれ! 冒険者に祝福あれ! モリビトに災いあれ!」
「頭がおかしくなる。行こう。」
アリスに促され、私はベルダ広場を埋め尽くす人々の群れから目を離しました。彼女は一刻も早くこの場を立ち去ろうと足早に歩き始めたので、置いていかれそうになった私は慌てて彼女を追いかけます。
モリビトの討伐を促す扇動は日に日に激しさを増しています。決定的な事件となったのが先日のモリビトによる執政院の襲撃です。幸いにして彼らの奇襲は未然に阻止され、工作員としてエトリアに侵入していたモリビトも『氷の剣士』レンの手により処断されました。
しかし、その事件を契機に執政院のタカ派集団が勢いを持ち、彼らは陣頭に立ってエトリアに居を置く冒険者達をモリビトとの戦いに誘い始めました。彼らはエトリアの冒険者の力を用い、このモリビトとの不和なる接触に決着をつけようとしているのです。
「でもモリビトがエトリアを襲撃したのは執政院の自演なのでしょう?」
「誰がそんなことを言っていた?」
「え……」
本当はジャドさんから教えてもらったのだけど、それは口に出来ません。今のアリスはティークラブの名に酷く敏感になっています。
「じょ、情報屋のトムスンさんよ。」
「フン…… 眉唾モノだな。」
私は心の中で禿頭の情報屋さんに謝ります。彼の情報はいつでも確かで、先日だって私が探していたコケイチゴの群生地を教えてくれたのに。
「ですが、冒険者の皆さんは討伐など興味はないのでは?」
「どうやらそうでもないらしい。」
「どういうことですか?」
「この町の冒険者は町に馴染み過ぎたということだ。」
アリスの話を要約すると、この町に住む多くの冒険者は家族や家屋を持つことでエトリアの町に根付き、根無し草ではいられなくなりつつあるのだそうです。元々冒険者としての気概を無くしつつあった彼らは、新たな冒険の地を探してエトリアを発つこともなく、怠惰な日常に満足し、やがて冒険自体を諦め、エトリアの町に組み込まれていくのです。
従ってモリビトの地上侵犯が始まれば彼らがここエトリアで築き上げたささやかな家族や財産は危難に瀕することになります。腰の軽い冒険者であればこんな危険な町から抜け出してどこか別天地を求めることもできるのでしょうけれど、長きに渡って町に溶け込みつつあった彼らはそれを許さないしがらみを抱えてもいたのです。
「オマケに執政院は褒賞として市民権を与えると言い出した。貧すれば鈍する。皆揃って飛びつくワケだ。」
「市民権とはそんなに大切なものなのですか?」
「まぁ、そうだな。私達が宿の糸目にふんだくられるのも、シリカ商店でボッタクリに遭うのも全てはそのせいだ。」
「そうなのですか?」
「知らんのか? モリビトの守護獣から手に入れた骨があっただろう?」
「ええ、シリカ商店では弓を作ってくださいましたね。」
「そう、あのバカ高い弓だ。リー……エバンスが欲しがっていたヤツだ。」
彼女は咳払いをすると、失言を取り繕うかのように早口で言を継ぎます。
「あの弓の代金のほぼ全ては税金だ。市民でない人間がエトリアの財産である貴重な森の産物を持ち出さぬよう制限をかけているのだ。」
「まぁ、そうだったんですか。」
「ルーノも少しは社会勉強をするべきだな。」
自分の知識を披露できたせいか彼女は少し誇らしげです。私は久しぶりに彼女の笑顔を見た気がしました。
「……何がおかしい。」
思わず私も破顔していたのでしょうか。アリスは悪戯を見咎められた子供のようなばつの悪い表情を浮かべます。
「いえ、最近のあなたはどこか無理をしていたから……」
「無理などしてはいない!」
彼女は歩く速度を速めます。私は置いていかれまいと慌てて後を追います。
「ごめんなさい、アリス。でも自分の心に嘘をつく必要などないと私は思うのです。ありのままに自然体で生きて行けばいいじゃないですか。
「嘘などついていない!」
「いいえ、あなたは嘘をついています。なぜあなたは迷宮に潜るのですか?」
「主命を達するためだ!」
彼女が伯爵から命じられた使命。それは迷宮の探索に向かった騎士ベルグレイ率いる調査団への協力……もしくは生死の確認。そして迷宮の最奥に眠るという財宝の確保にあります。
しかし今日に至り、私達は騎士ベルグレイ率いる調査団の生存がほぼ否定的であることを認めざるを得なくなりました。その痕跡を示す証拠は何一つありませんが、状況的にも彼らが生存している確率はほぼ0%なのです。
ここに至って私達はある決断に迫られました。彼らの生存を否定して、それで主命の完了と見なすか。それとも彼らの生存を信じて、なお迷宮の深部へ足を運ぶべきなのか。
「では、迷宮の最奥まで潜るつもりなのですか? 彼らの生死を確認するまで。」
「そうだ! それが私に課された任務だからだ!」
「では答えてください。迷宮の最奥に辿り着いて、それでも彼らの姿を見つけることが出来なかったとき。その時あなたはどうするつもりなのですか?」
「それは……っ!」
アリスは歩みを止めるとこちらを振り向きました。彼女は今にも涙を零しそうな強張った表情で私を凝視します。
「……アリス、私はいつでもあなたの味方です。信じてください。」
「私は…… 私は……っ!」
「……いいんですよ、アリス。人には使命より大事なものがあると私は思います。例えあなたが伯爵の主命に背いて、自らの思う侭に生きようとしても、それはあなたの当然の権利なのです。誰もそれを咎めることはできません。」
……彼女は。アリスベルガは幼少の頃から主に忠実であれと教え込まれてきました。
病気で息子を亡くした彼女の祖父にとって、先祖代々から伝わる門地を継ぐ唯一の肉親であった彼女に対する期待は計り知れないものがあったのでしょう。彼女は女性として生を受けたにも関わらず、他の武門の貴族の誰よりも厳しく騎士道を叩き込まれ、忠節を唱えさせられました。
伯爵領における彼女は祖父の意を代弁する操り人形でしかなかったのです。
それでも彼女が与えられた役割を演じ続けたのは、祖父への悲哀と愛情が彼女に課せられた苦痛と責務を遥かに上回っていたからです。彼女は優しい子なのです。祖父の期待に応えようとする余り自らの心を殺すことも厭わぬほどに。
エトリアの町に来てから、彼女は変わりました。彼女は自らの知識を頼りに、自らの意志に基づき、自らの判断に責任を持って行動することを知ったのです。迷宮で繰り広げられる冒険とティークラブの人々との交歓は、彼女の凝り固まった思考を急速にほぐしていきました。そして彼女は自由の尊さと素晴らしさを冒険の果てに見出したのです。
しかし一方で彼女は幼少期に植え付けられた祖父の言葉に縛られてもいました。汝、主の言葉に従い給え。
自分か、それとも主か。誰の意によって自らの行動を定めればいいのか。その疑問に回答を示す時が来たのかもしれません。
「ルーノ…… 私は…… 私は……っ!」
「アリス……」
「私は…… 冒険を続けたい! 迷宮の最奥に挑みたい! 迷宮の全てを解き明かしたいんだ!」
私は彼女を抱きしめると、栗色の髪の毛に手を添えて、彼女が落ち着くように優しく撫でます。
彼女は一つの答えを見出したのでしょう。主の命ではなく、自らの心のままに生きると。
今、彼女にとって迷宮に潜る目的とは、騎士ベルグレイの捜索でもなく、巨万の富の発見でもなく。……そう、敢えて言えば、屋敷に閉じ込められていた子供が始めて庭園に出ることを許された時と同じ、自由を味わうための飛躍なのです。
全く幼稚で、些細で、無意味な行いです。しかし、これは彼女が一人の人間として成長する為に必要な儀式なのでしょう。
「いいんですよ、アリス。ならば私もあなたと共に迷宮に潜りましょう。あなたの影となり、あなたの背中を守りましょう。」
「いいのか、ルーノ。私はお前の義兄を見捨てるような真似をしているのだぞ。」
ああ、そうだったのですね。
私にとって騎士ベルグレイは姉の夫……つまり義理の兄になります。
彼女にとって騎士ベルグレイの捜索を否定することは、すなわち私への裏切りと同義だったのでしょう。彼女を追い込んでいたのは他ならない私だったのです。
「本当にあなたは優しい人ですね。」
「よしてくれ。私は……自分勝手な女だ。主命に逆らう外道の騎士だ。」
「でもあなたはそんな自分を否定しないのでしょう?」
「腹は括った。今更嘘をついても仕方がない。」
「ええ、あなたは嘘が下手ですからね。」
「それはルーノも同じだろう?」
「そうですか?」
「執政院の件。ジャドにでも吹き込まれたのだろう。」
「バレてましたか。」
「バレバレだ。」
私達は身を寄せ合ったまま笑いました。横隔膜を目一杯使って、喜びを、悲しみを、興奮を、決意を、覚悟を、共鳴しあう音叉のように共に体に刻み付けたのです。
やがて私は彼女の体を離し、彼女の瞳を見つめます。迷いのない瞳。曇りのない瞳。
今なら私は歩いて行けると確信を持てます。ティークラブの人達にはもう頼ることはできない。でも私には彼女がいます。
「行こうか。」
「ええ、行きましょう。」
そして私達は歩き出すのです。あの世界樹の迷宮へ。
fin
……とかなると、打ち切りマンガっぽくてキレイかなぁとか思いました。まぁ、面倒なのはこれからです。
以前ポッドキャスト等で宿代がズガンと上がっていくのは後輩の冒険者にたかられるせいだと言ってましたが、いくらなんでも扶養者多すぎだろうとか考えた結果、税金取られてるんじゃないの、みたいな発想に思い至りました。
前にRPGマガジンか何かで読んだことがあるのですが、迷宮を近くに持つ町では冒険者が迷宮で手に入れた財宝の何%かを税金として収める必要がある、みたいな設定があったのです。これは面白いなと。で、冒険者なんか役所にいくような連中でもないんで、宿屋をついでに収納機関にしてしまえと。コンビニで住民税を払うような感覚ですか。
で、それと関連してシリカ商店のあのボッタクリ具合についても適用したら面白そうだと。あの本家ボルタック商店を上回る凄まじい価格設定に店主の影に鬼を見た人も少なくないはず。意図的にあの値段設定にしているのだとすると、あの笑顔の裏に壮大な隠された悪意を感じてしまったり、そんな自分を自己嫌悪したりで苦しいので、何とか状況を緩和する為に「この値段は仕方なく」的な理由をこじつけてみました。泣く子と地頭には逆らえないもんねぇ。
で、世界樹の物価の設定なんですが、個人的にはかなり好きです。
基本的にRPGの物価の設定は
1.高すぎる割に効果薄。買えないのでレベルアップで先に進む
2.安すぎる割に効果高。町に着いた時点で全部揃えて先に進む
3.高いけど効果はほどほど。町についてから戦闘をこなすと揃えられる。
みたいな感じに分けられます。1はドラクエ6とか7とか。2はFF5とか6とか。3はドラクエ3とか4とかかな。まぁ、ニュアンスの問題っちゃそうなんですけど。
で、世界樹の迷宮は3の非常にいいバランスのゲームです。武器に効果があり、レベルアップに効果があり、相乗効果でガツンと強くなる。新しい階層に着いたときはヒィヒィ言うけれど、装備を整えるとガンガン進めるようになる。1と2は装備とレベリングのどちらかが不要なんです。3はどちらも必要なんです。どちらが遊んでて楽しいゲームかと言えば、プレイヤーの努力と労力にリターンのある後者でしょう。この辺が世界樹の物価バランスの優れた点の一つです。
もう一つ上手いやり方だなぁと思ったのが宿屋の値段設定です。レベルが上がるにつれて宿代がガンガン上がっていく仕様。なんだかんだで最後まで財布を圧迫します。あの圧迫感がひいては「冒険を頑張らなくちゃ」「お金を稼がなくちゃ」という目的意識を育み、より高価な素材を手に入れようとする原動力になっている部分があります。
逆にあの宿代の設定がなければ後半なんかお金がダダ余りで緊張感が薄れてしまったと思うんですよね。
お金が貴重なリソースとして最後まで機能しているのは世界樹の凄いところだと思います。FFでもドラクエでも最終装備を整えてしまえばお金って殆どいらないんですよね。でも世界樹はレアアイテム一つを揃えようとするだけで10万からお金がすっ飛んで行きます。この一見高価すぎるアイテムの氾濫が逆にお金に価値を与えていると私は思うんですよ。
だからいつまでも採掘レンジャーが手放せない。そう、スキルについても最後まで価値を失わない作りになっているんです。これって何気に凄くありませんか?