世界樹の迷宮・その29(B18F)

メディック♀ ルーノの日記


 「変な格好だな。」


 ジャドさんはまるで逆立ちする猫を見つけたような面持ちで私達をそう評しました。特にジャドさんはリーダーの服装が気になるようで、目線がリーダーの頭から爪先を行ったり来たりしています。


 「まぁ、仕方がないですよ。」


 リーダーは力なく苦笑します。
 飾り気を廃した揃いの黒一色の正装。日常に留まらず迷宮でも体の動きを強調するためにフリルや飾りをふんだんにあしらった服装を好むリーダーですが、さすがに今日ばかりは身繕いにも気を使わざるを得ません。


 「さすがに葬式になりますとね。」




 「ベイブさんはどんなお方だったんですか?」
 「尊敬できる冒険者でしたよ。腕っ節が強く勇敢でしたが、蛮勇を無闇に奮うことはありませんでした。仲間思いで気のいい、太陽のような人でしたね。」


 その人物評は事実なのでしょう。現に普段酒場で見かける顔の多くが葬儀には参列していました。皆一様に沈痛な面持ちで故人の死を悼んでいます。


 「生前の彼には私も随分と世話になりました。まだまだ教えて頂かなければならないことが多かったのに…… 残念です。」


 リーダーは目を瞑って天を仰ぎます。ベイブさんとの思い出を反芻しているのでしょうか。やがてリーダーは咳払いを一つすると努めて明るく私達に話し掛けました。


 「今日は無理を頼んで申し訳ありません。なにせ私はこの通り放蕩者ですから。」
 「いえ、お役に立てたのであれば何よりです。」


 なぜ故人と面識のない私達が葬儀に参列したかと言えば、私達はリーダーから葬儀に関する所作についての指導を頼まれたのでした。本当は事前の確認を行ってそれで終わりのハズだったのですが、直前になってリーダーが私達に式への同行を頼み込んだのです。
 始めアリスは「全くいい大人が……」と呆れ顔ではありましたが、やがてリーダーの申し出を承諾するに至りました。「リーダーの恩人には我々も礼を尽くす義務がある」というのがその理由です。


 「こちらこそ助かりました。しかし作法に疎いのも困りものですね。折があれば宮廷仕込みの作法をレクチャーして頂けないでしょうか。ああ、ジャドやウィバも一緒に。」
 「私なら構いませんわ。」
 「しかし奴らの礼儀を正すなら、サルに辞儀でも仕込むほうが易そうだな。」


 アリスの鋭い舌鋒にリーダーは苦笑を隠しえません。ふと私は気になっていたことを切り出してみました。


 「それにしてもエトリアの葬儀は私達の故郷と同じ流れなのですね。」


 葬儀は特に土地によって大きく風習の異なるものです。私達が作法の指導を頼まれたときは、故郷の習慣との齟齬が非礼に繋がらないかと心配ではあったのですが、どうやらそれも杞憂だったようです。
 リーダーは、ああ、と頷いて。


 「幾ら辺境と言っても流れ者ばかりですからね、この町の住民は。」
 「文化の源流は同じと言うワケか。」


 そういうことですね、とリーダーは頷きました。
 それからしばらくエトリアと伯爵領の文化の相違について立ち話を続けていると、背後から私達を呼ぶ声が聞こえました。


 「ねぇ、あなた、ひょっとしてエバンス? 来てくれていたのね。」


 年の頃は50代にさしかかった辺りでしょうか、黒の喪服に身を包んだ小柄な女性がリーダーに声をかけました。
 リーダーは頷いた後、女性に私達を紹介し、次いで私達に向き直りました。


 「セッター夫人。ベイブの奥さんです。」


 この女性が葬儀の喪主であり、故人の伴侶であることは先ほどの式の折に教えて貰ってはいましたが、儀礼的に私達は挨拶を交わします。この度は誠にご愁傷様で……から始まる定型の文句を交換したあと、夫人は私達に声をかけた理由について話し始めました。


 「主人はね、何かとあってはあなた達を誉めていたわ。冒険者の鑑だって。」
 「光栄です。ベイブの期待に恥じぬようこれからも邁進したいと思いますよ。」
 「そしてこうも言っていたわ。もし自分が依頼をするならティークラブ以外にはいないって。」


 その言葉にリーダーの眉間が反射的に険しさを帯びました。


 「……夫人、あなたの仰りたいことを多分私は理解しているつもりです。」
 「それなら話が早いわ。ねぇ、エバンス。あの人の敵を討ってほしいの。」
 「ベイブは森に帰っただけです。敵を討つ相手などいませんよ。」
 「いるわ。モリビトが。」


 モリビトの名を出され、リーダーの渋面はいよいよ苦々しさまで帯び始めました。


 「夫人。夫人。それはいけない。」
 「あなた達にしか頼めないのよ。お願い、主人の敵を討って。」
 「落ち着いて下さい、夫人。色々なことが重なってあなたは心身ともに疲れています。今日は暖かいミルクを飲んで、毛布に包まって体を休めて、朝日を浴びてもう一度よく考えてください。それでも今の気持ちが変わらないのであれば、その時はお話を伺いましょう。」
 「……わかりました。こんな場所でする話じゃありませんわね。あなたも突然こんな頼みごとをされて迷惑だったでしょう。ごめんなさいね。」


 夫人は一礼すると踵を返して去っていきます。その後ろ姿をリーダーは深い溜息をつきながら見送りました。


 「厄介な話です。」
 「夫人の申し出ですか?」
 「人々がモリビトを知ってしまったことです。」


 リーダーの話では元々冒険者が冒険中に命を落とすのは事故の一種と考えられていたのだそうです。


 「漁師が海で亡くなったとして、海を恨んでも仕方がないでしょう?」


 危険を承知で冒険者は迷宮に臨むのですから、冒険者とその家族は代価を支払うことを甘受せざるを得ません。冒険稼業に付き纏う危険と報酬は常にコインの裏表です。この二つを分かつことなどできません。


 「迷宮は富と罰とを与える曖昧模糊とした存在です。広義の神様とも言えます。しかしモリビトの存在が明らかになったことで、迷宮の持つ罰の要素はモリビトに転化されてしまいました。今まで自然の気紛れだと思っていたものが意志ある悪意として具現化したのです。人々はモリビトに見出してしまったんですね。怒りと嘆きの矛先を。」


 事故だと思っていた愛する人の死が、実は誰かの意図によるものだとしたら。それまでは拡散するしかなかったやりきれなさは焦点を得て憎悪に収束します。
 モリビトは今や迷宮の一面である罰のみを理不尽に与える存在として認識されているのです。表を欠いたコインの裏側。人間に明らかな敵意を持つ、合理的な『敵対者』。


 「『雪走り』や『森王』は悪意の対象にはならなかったんですか?」
 「彼らは迷宮の延長上の存在なんですね。畏怖され、同時に崇拝される存在です。『森王』はモリビトの一種と言えなくもないですが、彼と意志を疎通できた者はいませんでした。」


 そう、『敵対者』とモリビトの大きな違いは意志疎通が叶う点にあります。しかし話が通じるからといって事態が解決の方向に向かうことはありませんでした。話し合う手段がありながら自らの理をこそ至上とするモリビトはその行使を拒否し、そして人々はそこに水面下の悪意を見出してしまったのです。
 互いに胸襟を開くことを強要し、受け入られないとみるや武器を取る。無理解の起こす悲劇の始まりです。


 「私達とモリビト。どちらに理があるのでしょうね。」
 「人々はモリビトに理があることを認めはしないでしょう。」
 「何か私達にできることは……」
 「それは冒険者の範疇を超えています。」


 多くの人々より広く事態を俯瞰する視界を持ち合わせていながら結局は私達は無力なのです。この悲劇の連鎖を食い止める手段を私達は持ち合わせていません。


 「今後、モリビトとの戦いで命を落とす冒険者はますます増えるでしょうね。……そしてそれを嘆き悲しむ家族も。」


 溢れんばかりの自然と神秘と豊穣と生命に満ちた世界樹の迷宮。しかし私達に多くの恩恵を与えてくれた迷宮は今後悲しみに濡れ、悪意に塗れ、戦いに染まってしまうのでしょうか。
 私達が見つけてしまった未踏の第4層。それは人々と迷宮の関係を根底から変えてしまう禁断の領域だったのかもしれません。






 エトリア式の葬式について考えてみる。君は仏式を想像してもいいし、神式を想像してもいい。深く考えようとするとネタバレになるのでやぁねぇ。
 とりあえず葬式はあるんだろうけど、具体的に書けるワケもないので変な内容になっています。お察し下さい。


 エトリアの町は最初に田舎にぽつーんと存在してたのが迷宮の発見でわーっと冒険者が集まって発展したという経緯があります。なのでエトリアの街の構成員は余所者が多いのではないかというのが私見です。
 この余所者が三代続いてエトリアに住み着くと「俺はちゃきちゃきのエトッ子でぇい!」というようになるとか……すいません、ウソです。
 世界樹の迷宮が見つかってからどれくらいの時間が経っているのか、作中では確か明確にはなっていませんが、町が大規模に発展するには100年単位の時間が必要となったのではと考えます。そうなると当然、町に定住する冒険者やら所帯を持つ冒険者やらが生まれてきて、安定を求める冒険者(変な修辞だ)が次第に増えていくのではないでしょうか。
 新たに他所から流入する冒険者も相変わらずいるので、定住した冒険者と新規の冒険者の間では、冒険そのものについての価値観の違いが生まれてきたりします。そして最終的には地元民vs流入民のイザコザが抗争に発展して……とかシミュレーションを始めたらなんか生々しくなりそうなのでここらでやめておきます。
 あんまり町自体に関しては描写がないんですよね、世界樹の迷宮。まぁ、リルガミンみたいな扱いなので必要ないっちゃないんですが。



 内容の時間的には前回のその28の直後という形になります。ゲーム的にいえば第4層に降りた直後。B18Fに足を踏み入れて逃げ帰ってきたみたいな感じですかね。
 最近、世界樹の迷宮の残された謎について妄想の方向性が固まってきた*1ので、当面はクライマックス関係に絞ってちょこちょこと書いていきたいと思います。今まで以上にモロなネタバレが入っていきますので未購入者の方、未クリアの方はどうかゲームの楽しさを失わないためにもクリアするまで忘れて頂けると幸いです。

*1:3月29日の段階の話です