世界樹の迷宮2・その8の3(3F)

 ブシドー♂ ナガヤの記憶


 突如、大地が轟と音を立てた。軋みを立てて傾いだ倒木が地面に激突するように、大地が揺れ、砂埃が舞い、そして次に敵意に満ちた獣の叫びが戦場に満ち満ちた。
 路傍から飛び出した漆黒の影が、鹿の王の首元に飛び縋り、一瞬にしてその巨体を大地に引き倒す。今や怒号を発しながら揉み合いを始めた2頭の獣は、互いに優位な体勢を占めようと縺れ合いながら地面を転がっている。


 「クロガネは間にあったか。よくぞ凌いでくれた。」


 頭上から掛けられたその声の主を、拙者は呆然と仰ぎ見る。そこには呼気を弾ませる『百の名の勇士』の姿があった。


 「先生、お怪我は!?」
 「クロガネ殿のお陰で、どうにか……」


 駆け寄ってきたベオ殿の手を借りて拙者は上体を起こすと、四肢に負った擦り傷を確認しつつ、袴に付着した砂土を払う。振り向き見れば、クロガネと『激情の鹿王』は、未だに組み合いながら、互いの急所を狙い打とうと前肢を交錯させて鎬を削っていた。


 「しかし、『敵対者』の懐に飛び込むとは、君の無茶も大概だな。」
 「持ち堪えれば、助けに来てくれるって信じてました。」
 「確かに、君達のおかげで『激情の鹿王』に隙が生じた。機はこちらに向いたな。」
 「オレも一緒に戦います。」
 「いや、君はそこで武士道の彼を守れ。後は私達の仕事だ。」


 勇健に言い放った赤毛の聖騎士は、腰元から長剣を引き抜くと、未だ乱戦を続ける獣達の元へ盾を構えて走り寄る。
 一方で、遂に鹿の王を組み伏せたクロガネは、抵抗を続ける大鹿の丸太のような前肢を払い除けて、鋭利な鉄牙をその喉元へ深々と突き立てる。それは長く続いた拮抗を、容赦なく破壊する痛烈な一撃だった。
 絶叫を上げ、藻掻き苦しむ鹿の王に対して、勝利を確実にすべくさらにクロガネは体重を加える。しかし、必死の抵抗を続ける鹿の王は、その腹を我武者羅に蹴り上げ、まるで子犬を散らすかのように彼の体を引き剥がしてみせたのだ。
 首筋を鮮血で濡らした『激情の鹿王』は、しかし戦意を緩ませることなく、未だ健在なその四肢で大地を顕揚と踏み締める。そして眼前で唸りも高く敵意を剥き出しにする漆黒の獣を、燃え盛る炎のような双眸で憎々しげに睨み付けてみせたのだ。
 鹿の王が激しく大地を蹴った。彼我に完歩の距離さえあれば、それは鹿の王の攻撃の手番なのだ。枝角を振り翳して突撃を敢行する鹿の王を前に、クロガネは居竦んだように動かない。
 動かないのか? それとも、動けないのか――


 「鹿の王よ、本能のままに樹林を走駆する君に咎はない! しかし、その激情を徒に振り撒くというのなら、私は君のその角鉾を圧し折らなければならない!」


 疾駆して戦場に到達した聖騎士が、クロガネと鹿の王の合間に割り入り、猛進する鹿の王の眼前に盾を構えて屹立する。鹿の王は構うことなしに突進を続け、瞬間、彼は渦巻く黒い暴風に飲み込まれたかのように見えた。
 しかしその刹那、腰を屈め全身にバネを溜めた赤毛の聖騎士は、全身の力を解放して大盾を『激情の鹿王』の膝元目掛けて叩きつけたのだ。骨が砕ける嫌な音が鈍く響き、そして鹿の王は悲鳴を上げて地面に転倒した。
 まるで生まれたての仔馬のように弱々しく地面を掻いて、鹿の王は幾度も3本の足で立ち上がろうと試みる。しかしながら、前肢の一本を失った彼が、以前のように勇壮に大地を踏み締めることは不可能事であったし、何より、彼の首元目掛けて猛然と躍り掛かった漆黒の餓狼が、そんな彼の抵抗を許すハズもなかったのだ。


 『激情の鹿王』は程なくして息絶えた。勇敢に戦い、そして果てた、王の王たる矜持を証明した獣だった。




 「あの『激情の鹿王』と渡り合って無傷で済んだのは、奇跡というより他にないな。」
 「ナガヤのバカだけは、顔中に擦り傷を拵えたけどね。」
 「面目ないでゴザル……」


 『敵対者』との戦闘が終結し、聖騎士殿と衛士達が邂逅を喜び合って幾許か。拙者達は本隊と合流し、街への帰還準備を進めていた。先遣隊の3割が死亡、生者も4割が重軽傷を負うという酸鼻を極めた今回の惨事は、聖騎士殿の的確な指示の元、一応の終結を迎えた。
 残存の衛士は街に戻り、無事な者からまた新たな任務を宛がわれるのだろう。心ならずも帰還の叶わなかった不幸な衛士達には、哀悼の意を捧げるより他にない。
 いずれにせよ、作戦前は悲壮な決意に満ち満ちていたこの仮陣地は、生存者の数だけ騒がしさを増し、幾らかその刺々しさも和らいでいた。
 為すべきことは全て果たしたのだ。悔恨の海原は掬い切れずとも、足首が埋まるほどの泥濘から、彼らは逃れられたのではないか。ならば、今はそれを喜ぶべきなのだろう。


 「それにしてもですよ、あれだけ騎士様はお強いのでしたら、ササッと『敵対者』なんか討ち果たしてくださってもよかったんじゃごさいませんの?」
 「彼もまた『百獣の王』に棲家を追われた被害者なんだ。無闇に手を上げるのは躊躇われるよ。」
 「へぇえ、『敵対者』が被害者、か。あはははは、聖騎士様らしい答えだわ。」


 ミレッタ殿と聖騎士殿は、声高く笑い声を上げる。ミレッタ殿がどこまで本気で言ってるのかは定かではないが、こうやって益体もない話に興じられるのも、全ては無事に目前の難事に蹴りをつけられたからだ。


 「とは言え、人間に害を為す魔物を放り置くワケにもいかない。何のために剣を振るい、誰を守るために戦うのか。それを心に刻まなければ、いつか迷いに刃は毀れ、予期せぬ破滅を招くことにもなる。」
 「耳の痛い話でゴザルな。」


 結局、拙者は自らの迷いに決断を下せず、是非を先送りにして窮地を招いた。ならば確かに聖騎士殿の言うように、誰に刀を捧げるのか、早急に腹を決めるべきなのだろう。でなければ、今回のような失態を再び晒すことにもなりかねない。


 「けど、やっぱり、『ベオウルフ』が『百獣の王』の討伐を任されたのも頷けるわよ。たった2人で『激情の鹿王』に打ち勝っちゃうんだもん。全員集合したら怖いものなしよね。」
 「……いや、『ベオウルフ』を名乗るのは、今では私とクロガネの2人だけだ。」
 「え……?」


 拙者は思わず聖騎士殿の顔を覗き込む。彼のその目には諧謔を愉しむような光はなく、ただ真摯で硬骨な意志の冷光だけが宿っていた。


 「だって、確か他の仲間は別行動を取っているって……」
 「天上に樹海があれば、きっとそうしているハズだ。彼らは冒険者に相応しい探求の気質を自ずと備えていたからね。」


 かつては同じ御旗を掲げて探求の旅に没頭したのであろう、かつての仲間を語る彼の口調は、慕情を帯びて柔らかい。なぜ、彼とクロガネが、2人きりで危険に満ちた世界樹の迷宮を闊歩しているのか、その理由がおぼろげに見えてきたように拙者には思えた。


 「私の友は、『百獣の王』に殺されたんだ。」


 沈黙が場を支配する中で、『ベオウルフ』の生き残りとなったその男は、そう呟いた。柔和な彼に似つかわしくない、夥しい負の感情が篭もりすぎた声だった。


 「『百獣の王』が第1層に降りてきて、間もなくのことだった。」


 彼は、『百獣の王』との間で繰り広げられた死闘について、ぽつりぽつりと語り始めた。
 強大なる魔獣の王。獅子と翼竜と蛇の私生児のようなその獣は、凶暴にして残忍、冷酷にして非情。それら全ての獣の獰猛さを足してなお余りある、暴虐の体現者とも言うべき存在なのだという。
 この殺戮の帝王に対して、彼ら『ベオウルフ』は、精鋭を配して討伐の行旅に赴いた。熟練の冒険者である彼らならば、『百獣の王』と互角に渡り合えるものと誰もが思ったことだろう。
 しかし、結果は惨敗。彼とクロガネとを残して、『ベオウルフ』はその余名が悉く戦死した。


 「先程言っただろう。迷いで刃は毀れ落ち、予期せぬ破滅を呼び招く、と。あれは私自身の過ちだ。私自身への訓戒でもあるのだ。」


 戦闘の顛末について、彼は言を明瞭にしない。しかしながら、『ベオウルフ』の直接的な敗因は彼の失態に起因するものだと、彼自身は強く思い込んでいるようだった。
 それは責任感の強い彼ならではの過分な思い込みなのか、それとも彼らだけが知る戦場の真実なのか。それは拙者にはよくわからない。
 彼に帯同する漆黒の狼も、ただ同輩の顔をじっと見つめ続けている。そこには否定も肯定もない。同じ記憶と経験を共有した者同士の揺るぎのない共感があるだけだ。
 しかしながら、『百獣の王』の勢威の前に彼らは一方的な敗北を喫した。それだけは確かなのだろう。彼ら勇敢なる『ベオウルフ』の戦士たちが万全の体勢で挑んだにも関わらず、苦い敗残の砂土を嘗めさせられたというその事実は、拙者達の胃の腑を重く締め上げた。


 「しかし、最早私は迷わない。悪鬼羅刹となって『百獣の王』を討つ。それが死んでいった友に対するせめてもの餞になると、私は信じている。」
 「まだ戦うって言うんですか!? たったの2人で……!?」


 言葉を失うベオ殿に対して、赤毛の聖騎士は自信に満ちた笑みを浮かべた。覚悟を決めた戦士だけが浮かべることのできる、大悟の笑みだった。
 彼は、足元に縋りつく漆黒の狼の首筋を撫でながら低く呟く。


 「クロガネもそれを望んでいる。この手で仇を討ちたいと、夜な夜な泣き暮れている。」
 「無謀ですよ、そんなの! せめて同行者を募って……!」
 「それではダメだ。『百獣の王』への復讐は、私達の手で完遂しなければならない。」


 背筋を怖気が奮った。平常な神経の持ち主であれば誰もが言い澱む、復讐、という言葉を、彼は素軽く言いのけてみせたのだ。自己犠牲の体現者としての聖騎士の顔の裏側に、彼は憤怒に歪む復讐者の顔を宿してもいたのか。


 「何より、今回の件で私はつくづく思い知らされた。これ以上、『百獣の王』を放り置くワケにはいかない。あれの爪牙で傷つく者を、これ以上増やしてはならないのだ。」


 先遣隊を壊滅に追いやった今回の『激情の鹿王』の襲来も、元はと言えば、『百獣の王』の気紛れに端を発した事件なのだ。そういう意味では、『敵対者』の標的とされた不幸な衛士は、『百獣の王』の間接的な被害者とも言える。東の小道に身を隠した衛士も同様のことを言っていた。
 ……そうか、だからこそ、この『百の名の勇士』は、冒険者の分に合わない重責を自らに課したのだ。もし、彼ら『ベオウルフ』が『百獣の王』の討伐に成功していれば、そもそも今回の変事は起こり得なかったハズなのだから。


 「なに、心配する必要はない。望んで自ら死に急ぐほど、破滅的な英雄主義に染まっちゃいない。……ただ、余りにもおイタをしすぎた駄々っ子に、少しばかりお灸を据えに行くだけさ。」


 聖騎士殿は笑いながら軽口を叩いてみせたが、下手な諧謔は裏に隠れた壮烈な意志の居在こそをまざまざと感じさせるものだ。永遠に失われた友人との絆と、それを奪い去った魔獣への怒りは、彼の胸奥の大部分を占めて捕らえて離さないのだろう。
 重い空気の中で、聖騎士殿の空虚な笑い声だけが虚ろに響く。それから、聖騎士殿は面を正して、ベオ殿に問い掛けた。


 「ベオ君。君に一つだけ聞きたいことがある。」
 「オレに、ですか?」
 「そうだ。君は、このギルド『バラック』の領袖となる気概はあるか?」


 突然の質問にベオ殿は、戸惑ったように拙者とミレッタ殿の表情を見やる。拙者も彼の質疑が何を意図しているのか、その真意を些か把握しかねた。


 「でも、オレは、そういう役割ってあんまり……」
 「まぁ、君は見るからにそういう男だな。」


 縮こまるベオ殿に聖騎士も苦笑を浮かべる。確かにベオ殿は、ノワイト殿とは違って、自ら目的を掲げて手足のように他人を扱えるような人物ではない。


 「しかし、君の剣は、多数の王佐の才を率いてこそ生きる剣だ。ゆえに、君が先導の気骨を持たなければ、君の剣は廃れて死ぬ。」


 拙者は思わず唾を飲み込む。驚いたことに、聖騎士殿の見分は、ベオ殿の剣性を的確に捉えていたのだ。
 しかし、聖騎士殿がベオ殿の戦い振りを観察しえたのは、前にも後にもあの『激情の鹿王』で見せた一合だけしかない。たったそれだけの僅かな時間で、この『百の名の勇士』は、ベオ殿の本質を見抜いてしまったのだろうか。だとしたら、それは恐るべき眼力だ。


 「君がそれをよしと思うならば、それでもいい。だが、自らの無力さに悲嘆したくなければ、自己を押し殺してでもこの一団の首魁となれ。それが君達の目的にも適う。」
 「だけど! そんなのオレには無理ですよ!」
 「さて、それはどうかな。君の本性は、羊を嗾けて巨象すら噛み殺す獅子の獣性だと、私は踏んでいるのだがね。」


 ある種、煽動にすら聞こえる聖騎士殿の分析に、ベオ殿は目を丸くして絶句する。些か乱暴な物言いではあったが、それはベオ殿のある一側面を確かに捉えてもいた。
 元々、ミレッタ殿にしても、拙者にしても、冒険とは縁遠い暮らしを長らく過ごしていたのだ。そんな拙者達を冒険の途上に駆り立てたのは、明らかにベオ殿の熱狂と興奮に満ちた呼びかけだ。
 いや、ベオ殿に異心があるワケではない。拙者が彼らと轡を並べることを決めたのは、自らの意志によるものだ。
 しかしながら、ベオ殿との出会いがなければ、今の拙者は、相変わらずあの朽ち果てた風吹き長屋で、手慰みに編んだ藁笠の出来栄えに一喜一憂し、時日を徒に浪費し続けていたのではないかとも思えるのだ。だとすれば、やはりベオ殿は余人を導く才の持ち主なのだと解釈もできる。少なくとも拙者は、今の境遇を心苦くは思ってはいない。


 「でもさ、聖騎士様の言葉にも一理あるわよ。ベオがリーダーを務めたら、呪い師も好き勝手できないし。いい牽制になるわ。」
 「牽制って…… 何を物騒なことを言ってんだよ、ミレッタ。」
 「大体、それを言うなら、ミレッタ殿の方が、よほど天衣無縫でござろうに。」
 「アタシ、真面目よ。」


 ミレッタ殿の声音は名工に打ち鍛えられた鉄剣の如く、硬く、冷たく、そして鋭かった。拙者は彼女の口から紡がれた声の斬撃に、首筋に当てられた剃刀の剣呑さを覚えた。


 「あの男は、危険な男よ。理性的な振りをしておいて、その癖容易く狂気に手を出す。」
 「ミレッタ、それは言いすぎだ!」
 「結局は、それだ。」


 2人の口争いを阻むようにして、聖騎士殿がベオに向けて人差し指を突き出した。


 「君一人が危難を請け負って、それでしたり顔を晒しているようではダメなんだ。」
 「確信があっても、伝える努力を怠れば、それは独善に過ぎないってことですか?」
 「よくわかってるじゃないか。そして統率とは、独善を総意に摩り替える技術だ。」
 「先頭に立って、それで労苦を味わえと?」
 「同じ骨を折るなら、その方が割がいい。あまり人に心配をかけさせるものじゃない。半人前の自覚があるなら尚更ね。」


 ベオ殿は、反射的にミレッタ殿の表情を盗み見る。それに気づいた彼女は、口を尖らせて視線を逸らす。聖騎士殿は、そんな2人の姿に苦笑いを零した。
 そこに軍靴の音も軽快に、一人の衛士が聖騎士殿の傍に走り寄る。彼は聖騎士殿に一礼を施すと、何事かを耳打ちしてから踵を返す。


 「どうやら後処理も目途がついたようだ。君達の功労は、按擦大臣に確かに伝えておくよ。」
 「報酬の上乗せもお願いできる?」
 「ミレッタ!」
 「ははは、忘れちゃいないさ。書物庫の立入に関しては、きっと大臣殿も許可を下さることだろう。」
 「……え?」
 「それでは、失礼する。」


 簡潔な別れの口上を述べた聖騎士は、相棒の狼を引き連れて踵を返す。予想だにしなかった返答をぶつけられ、呆気に取られた拙者は、徐に仲間と顔を見合わせた。


 「……あの男ね。」


 指し示す人物が誰かを問うのが野暮に思えるほどに、その声は陰湿な険を孕んでいた。公宮の書物庫などという黴臭いだけの暗室に用がある人間と言えば、誰が考えても呪い師であるノワイト殿をおいて他にいない。


 「ったく、不逞不逞しいわね、あの狐野郎は。いつの間にそんな手を回してたんだか。」


 公宮の書物庫ともなれば、史記に留まらず政経に関する図書も紛れていようし、閲覧には相応の資格が必要となるのだろう。そう、例えば、公国に忠義篤く、信仰深い巡礼者であるとか……
 しかし、何ゆえにノワイト殿は書物庫への入室を望むのだろうか。収められている文献の多くは、遠い往昔に編纂された風俗的資料が多数を占めていて、実利的な知識が得られるとは少々思い難い。
 たかだか半世紀にも満たない世界樹の探求の総括は、按擦大臣の手により今なお現在進行中で編集が続けられている。それゆえに、付属した歴史的価値だけから放るに悩ましい古書の数々を、とりあえず保管するためだけに誂えた書物庫なぞに、そうした類の文書が収められているとは考えにくいのだが。


 「趣味ね。趣味よ。きっとそうに決まってる。」
 「左様でゴザルかなぁ。」


 確かにノワイト殿のような学者肌の御仁であれば、それも納得の行く話のようにも思える。しかし、それにしては余りにも彼は自らの意図を秘匿したがっているようにも感じるのだ。……それは下種の勘繰りというものだろうか?


 「でも、別に憤るような話じゃないよな。」
 「アタシが気に入らないのはね、あの男はアタシ達をダシにしたってことなのよ。体よく使われたってこと。わかる?」
 「穿ち過ぎだろ、それは。ノワイトさんだって骨身を折っているんだしさ。」
 「アンタってば、ホンットあの男に甘いわよね。大した世辞者だわ。」


 それから2人は、呪い師についての自己の見解を相互に披見し始める。どうにも主観的に過ぎる不毛な論議が展開されつつあったので、拙者は心中で嘆息し、そして徒に考える。
 先程、聖騎士殿は、ベオ殿にギルドの領袖を務めるように示唆した。それも全ては、得手勝手に我意を突き通そうとするバラックの面々を纏め上げるには、それが最短の方策だと見て取ったからではないだろうか。
 ベオ殿はどちらかと言えば強情な気質で、若さゆえに融通に欠けるきらいもあるが、打算抜きで同輩を信頼する襟度を併せ持ってもいる人物だ。そのベオ殿を旗印に掲げることで、或いはこの有象無象の集団に明確な道筋を与えることができる、と聖騎士殿は踏んだのではあるまいか。
 それは翻って言えば、未だに拙者達は集団としての協調性を著しく欠いているという傍証でもある。この不備がいち早く解決されなければ、拙者達は遠くない未来に樹海で朽ち果てた先人の轍を踏むことにもなろうし、それを予期したからこそ、聖騎士殿も厚顔を承知で忠言を発したのであろう。
 ベオ殿か。それともノワイト殿か。それぞれ1名ずつの支持者が付属するとして、民主主義(それは冒険者の理性とは、かけ離れた概念ではあるが)の論理に則るならば、不覚にも笑ってしまう話だが、舵取りを定めるのは拙者の決断一つということになる。
 なればこそ慎重に行く末を案じなければならないのだろう。拙者の心胆は、未だ湖中を漂う塵藻の如く、柔弱にして薄脆なれど、万象の時季は人為を忖度することなく無碍に巡り行く。やがて来る厳冬のために、備えは必要なのだ。
 かの聖騎士殿は言った。迷いで刃は毀れ落ち、予期せぬ破滅を呼び招く、と。
 そうだ、迷う暇はない。二度目の逃走は許され得ないのだ。






 随分と流れがゲーム本編と乖離してしまったような気もしますが、それもフロースガルさんの活躍の機会が少なすぎるせいだということにしておきます。


 『FOE』と『引き寄せの鈴』について。
 今作では前作から猛威を振るうシンボル型モンスター、いわゆるFOEに対して、戦闘を挑むか逃走するかの2択にもうひとつ、スキルやアイテムを使ってやり過ごすという選択肢が与えられました。『引き寄せの鈴』は、それらFOEを操作誘導するための基本的なアイテムです。


 さて、今回の世界樹2では、このFOE操作という要素が加わったお陰で、前作よりもFOEの動きがより執拗に、厄介に進化したように思います。FOE自体も凶悪度が増していて、FOEは基本的に避けて通るもの、というコンセプトが徹底を図られたような印象があります。
 このコンセプトの先鋭化については、主に前作経験者から不満の声が聞こえてくることもままあります。確かに前作でのFOEは、周辺のザコよりもちょっと強い中ボス的なイメージだったんですが、今回は階層のボスと同等のFOEもいたりするんですよね。そのイメージでFOEに突撃すると、なるほど苦い思いをするだろうなぁというのは、わかります。
 でも、個人的な思考を言えば、頭を使ってパズル的にFOEを避けていく、というのが面白いと思うんですよね。目に見える危険にわざわざ飛び込まない、というのは自分的には冒険者のイメージに合致します。逆にパワープレイで群がるFOEを薙ぎ倒していくのは、これはまた別のゲームのコンセプトになるのかなとも思います。
 そういう意味で、パズル的な要素をダンジョン内に成立させたFOEの存在は非常に面白い要素なんですが、一方でどうしても抜けられない、どうしてもFOEに衝突してしまう、という場面がやっぱりあるんです。それは地図が未完成な状態だと、動き回るFOEの軌道が読みきれないってのが原因としてはよくあるんですが、その辺りをカバーするために、『引き寄せの鈴』に代表されるFOE操作の要素が今作では加わったのかなと自分は見ています。
 手間とお金とアイテム枠(もしくはスキルポイントとTP)を消費すれば、より優位に冒険を進めることができるこの要素は、ユーザに選択肢を与えることでゲームプレイの弾力性を高めたナイスなアイディアだなぁと自分は思っています。FOEの動きが高度になると、慣れないユーザが「詰まる」可能性も同時的に高まってしまうワケで、そこをフォローする仕組みはやはり何かしら必要だったのではないかなと。
 一方で熟練のユーザはそうしたアイテムに頼ることなしに、ズカズカと樹海の奥に立ち入っていけるワケですしね。この辺りに自分は冒険者としての成長を実感できるように思います。主に11Fとか14Fとか15Fとかね。


 そんな感じで、『引き寄せの鈴』を使ってピンチを打開する冒険者の話とかも面白そうですね。まぁ、機会があれば挑戦してみたいところです。