世界樹の迷宮・その4(マップについて)
メディック♀ ルーノの日記
「だからもう一度、隅から隅まで歩き直すべきだと言っているんです!」
「労力の無駄だっつーの! 地図は8割方完成してんだ。あとは簡単な推理で蹴りが付く。頭を使えよ!」
世の中の事象の多くがそうであるように、目の前で繰り広げられる光景もまた私にとっては不可解なことばかりです。
牙を剥き合って威嚇しあう獣のように持論をぶつけ合うアリスとジャドさん。
共に私にとって掛け替えのない友人である2人が、互いを罵る様はとても心の痛む光景です。
なぜこの2人はこんなにもぶつかりあわなくてはならないのでしょうか?
「全く…… なぜ僅かな努力さえ惜しむのか理解できないわ。この迷宮は太古の昔より存在するもの。どれだけ人知を尽くしたところで自然の摂理まで読み解く事はできないに決まってるじゃない。」
「そりゃどうかな。この迷宮は明らかに人の手が入った形跡がある! 人間が作った迷宮なら人間が踏破できるのが道理ってもんだろうがよ。」
かれこれ1時間、2人の意見は平行線を辿るばかりでまるで収束の気配を見せません。
初めは2人とともに議論に加わっていたリーダーとウィバも途中で議論を投げ出し、今では私事に没頭しています。リーダーは紅茶を入れるためのお湯を沸かし出し、ウィバは迷宮に持ち込んだ分厚い書物を読み耽っています。
あの2人を止める努力は既に放棄してしまったようです。
「あー、ヤメだヤメだ! お前みたいな分からず屋と話し合ってもラチがあかねぇ! いい加減議論は出尽くした! 後はどっちが正しいか、第3者に判断して貰おうじゃねぇか!」
「ええ、いいわ! あなたの穴だらけの暴論を支持する人がこのパーティにいるとも思えないけどね。」
「と、いうことで!」
「ルーノ!」
「さぁ、どっちなんだ!」
「どっちなのよ!」
二人はまるで息を合わせたように見事なタイミングで私に向き直りました。え、というか、私なんですか?
「だってあなたマッパーじゃない。一番参考になるのは地図を見続けてきたあなたの意見よ。」
と言いますか、何が問題で話し合いが行われているのか、ちょっとよく分からなくて……
「ああ? 今更んなコト言ってる場合かよ!」
「ちょっと、ルーノが怖がってるでしょ! やめなさいよ!」
胸倉を掴み掛らんばかりに睨み付けて来たジャドさんをアリスが制止します。
ジャドさんは舌打ちをして今度はアリスさんを睨み付けます。
「ちっ、人を悪者扱いしやがって。そうやってポイント稼ごうってんだからきたねぇパラディン様だよな。」
「あなた、そういう目でしか人を見れないワケ!? 恥を知りなさい!」
ああ、二人とももうやめて……!
……いずれにせよ、二人の関係を改善するためにはこの状況を脱する必要があるようです。
そのためにはどんな形であれ結論を出さなくてはなりません。
一つだけ聞きたいことがある、と私は恐る恐る申し出ました。
「なに? なんでも聞いてちょうだい。」
一体、何が問題で二人はずっと議論を続けているんですか?
「まぁ、要するにだ。マップが全部埋まって行ける場所がなくなっちまったんだよ。」
「そう、そのクセ次の階に下りる階段が見つからないのよ。絶対どこかにあるはずなのに。」
……え? それってどういう……?
二人の言葉を聞いて、私は慌てて地図のある一箇所を指し示しました。そこにあるのはドア。そしてその先は……いまだ未踏破のエリアです。
「なによそれ? ただの壁じゃない。」
「ちょっと線が太いだけで、壁だろ?」
……ああ、なんということでしょう。私は今全てを悟りました。
まさかこの2人が諍いを始めた原因は、そう、他でもない私のマッピングにあったのです!
私が扉として書いたはずの罫線は、二人に、そしてパーティの全員に「壁」として認識されていたのです。
多分、私たちが探している階段もこの扉の先にあるのでしょう。(と言うか、私はこれからそこに向かうのだとずっと思っていたのです。)
「……え、つまりまだ未探索の箇所があるってこと?」
「……みたい、だな。」
改めて地図の意図について説明をすると、二人はガックリと肩を落としてその場に蹲りました。
そう、二人の激論は欠片も生かされることなく、問題は極めて理不尽な形で解決してしまったのです。
……と言うか、そもそも問題が存在してなかったという話なんですが。
後ほど、当該の箇所を探索した結果、予想通り次の階への階段が見つかりました。
私がそれからマッパーをやらせてもらえなくなったことは言うまでもありません。
マップ作りは世界樹の迷宮の中で最もユニークなシステムと言えるでしょう。タッチペンでチマチマチマチマとマップを作っていくのが地味に刺激的で、一度地図を描き終えてしまった階を歩くのがちょっと物足りないくらいです。クリアしたら一回マップ全部消してもう一回歩き回ろっかなぁ。
さて、この世界樹のマップシステムはかなり充実していて、簡単に言えばRPGツクールのようにマップチップを配置してマップを完成させていきます。チップとしては床のほかにドアや宝箱、ワープや落とし穴のマップチップも存在しているのですが、別にそれらマップチップをそのまま使う必要性はなく、例えばマップチップのないダメージ床に落とし穴のチップを置いて代わりにしたり、隠し扉を探した壁に探索済みの印としてマップチップを置いたりと言ったことにも使えます。
マップチップにメモを添付できるのも地味に役立つ機能で、宝箱の中身を書いておいたり(普通は宝箱は空けたらもう用なしなんですが)、アイテムの採集ポイントの種類を併記したりと、数に制限はありますが色々と使える機能ですね。
世界樹のマップシステムは方眼紙やシャーペンを別口で用意する必要もなく行えるのも利点ですが、何より便利なのは画面とマップの視点移動が極めて短距離で済むのが大きなメリットです。DSで片画面にマップを表示するゲームは余り珍しくはないのですが、こと風景が似たり寄ったりの3Dダンジョンではマップの存在はいわば命綱のようなもので、利便性の高いマップの存在はゲームのプレイアビリティの向上に一役も二役も買っています。
ただ、その反面、一度書き間違えてしまったマップは、「完璧にマップを作ったぞ!」という達成感が逆に邪魔をして、容易に修正しづらく、一度埋まりきってしまったマップともなると、調べるべきエリアは膨大で、それこそどこが間違ってるのか見当もつきません。ある意味このゲームで一番の強敵は地雷スキルでもFoeの存在でもなく、自身が書き上げた間違った地図で、この強敵に打ち勝つためには非常な労苦を伴います。
……例として私の場合、ある階で延々5時間ほどさまよいました。「部屋の隅には通路はない!」という固定観念に縛られて、きちんと調べもせずに通路がある箇所を壁にしてしまったんですね。ちなみにこの階、普通にプレイしていると全然詰まることのない場所です。とにかく地図作りは慎重に進めないと後で酷いハマりにあう可能性があります。……まぁ、普通に地図を描いている限り、そんなことはないんですけどね。
ちなみに世界樹では扉が単独のチップとして存在しているので上記のような壁と扉を間違える、ということはないです。Wiz風のダンジョンでは頻発する事故だったんですが、Wizを知らない方にはちと雰囲気が伝わりにくいかもしれません。
ともあれ、このマップ作成で一番面白いのは、作り上げたマップはプレイヤー一人一人のオリジナルだということです。とりあえずマップは自分さえ分かればいいので、自分にしか分からない色々な符牒が書き記されます。多分、同じ世界樹のプレイヤー同士でも他人の作ったマップを見ると色々な面白い発見が見つかるんじゃないかと思います。周りに世界樹プレイヤーがいないのでアレなんですが、何かしら機会があったら是非とも見てみたいですね。