世界樹の迷宮・その5(脳内設定について)

パラディン♀ アリスベルガの日記

 「騎士アリスベルガ、貴公に伯爵より下命を申し伝える。」
 「なんなりと。」
 「騎士ベルグレイを長とする調査団全5名の助力に向かいたまえ。」

 遠き西方の町エトリアに、樹海に埋もれた迷宮がある。
 私の祖母の祖母の時代だっただろうか。
 当時は未だ無名の地であったエトリアで、未知の迷宮の存在が確認された。
 私たちの知る世界とは全く異なる世界が広がるその迷宮は人々を強烈に熱狂させた。
 人々はまるで金鉱へ向かうようにエトリアへ集い、やがてエトリアは迷宮と、迷宮を求める人々を糧として一大都市へと成長を遂げた。
 しかし長き時間を経て、迷宮が普遍的な存在として人心に溶け込んだ今も、私達は迷宮についてはまるで無知といっていい。
 迷宮はいつからあるのか?
 迷宮はどこまで続いているのか?
 迷宮の最奥には何があるのか?
 その答えを知るものは誰もいない。

 迷宮の謎に光明を当てようと試みた人間は枚挙に暇がない。
 しかし、その多くは深層へ至ることなく、果たされぬ野心を懐に抱いて消えていった。
 いわば先住民とも言うべき迷宮の魔物達が、無作法な客人達に凄惨な返礼を以って返したのである。
 富と名声を求めて迷宮に挑戦した者の中で、命を代価に支払うことなく生還を果たした者は極めて数少ない。
 私がこれから向かうのは、そんな数多の謎と危険に満ちた迷宮である。



 騎士ベルグレイが迷宮を調査する表向きの理由は、迷宮内の魔物の動向を調査するためとされている。
 しかしその真の目的は、先の戦で捕えられた伯爵の弟君の身代金を賄うための財貨の発見と確保にある。
 迷宮の財宝に噂通りの価値があるならば、その一欠片で弟君の身柄に荘園の一つや二つ付随してくることだろう。
 とは言えそれも本質的には山師の発想に過ぎず、現実的で理性的な算段とは到底言いがたい。
 しかし、傍からすれば愚挙としか映らないこの試みも、敢えて言い訳をするならばそれなりの動機がある。

 先の戦で巨額の出費に困窮した我らが主はごく常識的かつ一般的な発想力をもって事態の解決に当ろうとした。
 人民の忠義と報謝をもってこの危機を打開しよう。
 翻訳すれば領民に更なる重税を課し、冷え切った懐を暖めようと意味になる。
 しかし騎士ベルグレイはただ1人伯爵に異を唱えた。彼は自ら迷宮の探索を提言し、調査団の結成と参加を志願したのだ。
 伯爵の言に掣肘を掛けられなかった身としては、彼の意を、愚か也、と一言に切り捨てることは出来ない。
 どのような口舌を以ってあの伯爵を誑かしたのかは知らないが、騎士ベルグレイの進言は伯爵に容れられ、かくして彼を隊長として調査団の結成と派遣が行われたのである。

 講談家の末期の言葉のような迷宮の財宝。騎士ベルグレイは本気でそんな財宝を得られると考えていたのだろうか。
 私の推論を言えばその答えはノーである。彼は自身と仲間の命を危険に晒してまで宝物を得ようとは考えていまい。
 彼が目的としていたのは、多分時間を稼ぐことなのだろう。
 厳しい冬さえ越せば、当初の伯爵の意図通り徴発が命じられても、餓死者は格段に減じる。
 使命を果たせなかった彼はきつい叱責を受けるだろうが、それも迷宮で見つけた珍奇な石を細工師に磨かせて「これぞ世に稀なる偉大なる赤竜の瞳にございます」などと嘯いて、欲深な伯爵の怒気を逸らしてしまうのだろう。伯爵の館の宝物庫には彼の持ち帰った「この世に二つとない希宝」が幾つもある。

 例年通り冬小麦が蒔かれる頃、彼と彼の仲間達はエトリアへと出立した。
 やがて冬小麦は一斉に芽を出し、愚直なまでの忍耐で厳冬の寒気に堪え、そしてようやく雪が融け出すと、新緑の芽吹きと共に生育を開始する。
 彼の目論見が私の推測通りならば、彼はそろそろ本分を達した事になる。


 しかし彼は帰らない。


 初めはかの町で佳い人でも出来たのだろうと思っていた。
 しかし、楽観がやがて疑念に変わり、疑念がやがて焦燥に変わると、彼の安否を確かめなくてはならないと私は強く思い始めた。
 伯爵もそれは同様だったようで、私が進言に向かうまでもなく伯爵は私に先の命令を下してきた。
 近頃、伯爵の館の門を潜る商人の姿が頻繁に見受けられるが、おそらくはそれが直接の要因なのだろう。
 伯爵の宝物庫から騎士ベルグレイの貢いだ宝物が取り出される日も、存外に遠くないのかも知れない。
 その時の伯爵と商人とのやり取りを想像して、私は少し笑ってしまった。


 こうして私は伯爵より命を受け、遠き西方の地まで騎士ベルグレイの足跡を追うこととなった。
 迷宮の奥で私を待ち受けるものは何か。
 そして騎士ベルグレイは今も健在なのか。
 全てを知るために今、私はエトリアへと旅立つ。





 Q.世界樹の迷宮はどんなストーリーのRPGなんですか?
 A.世界樹の迷宮にはストーリーが(少ししか)ありません!

 世界樹の迷宮は極めて簡潔な設定の上で成り立っているゲームです。簡単に言えば「ダンジョンがあって、その近くに町がある。以上!」です。説明書に書いてあるストーリーも要約すればそれだけです。
 なので上記にツラツラと書いた文章は一体なんなのか? これは私が勝手に自分のキャラクターについて付与している余計な情報であって、世界樹の迷宮の本分とはなんら関わってくるものではありません。
 まぁ、なんでこんなことを改めて言うかというと、今日の昼に友人から「世界樹のキャラって喋るの?」という度肝を抜かれる質問を投げかけられたからです。世界樹の迷宮ではキャラクターは一切喋りませんし、キャラクターに付随した物語は存在しません。世界樹に存在する物語とはプレイヤーがキャラクターに対して投影した想像力の発露であって、ゲーム側に用意された物語はほぼ存在しないのです。
 ……とは言っても、実はエトリアの町の成り立ちとか、チョコチョコっと「あれ?」と思わせるような情報が仕込まれていて、ゲームを進めていくと、ほんの僅かなセンテンスから世界樹の迷宮を巡る意外な物語の縦糸が見えて来ます。その小出しにされる情報がまた冒険者と迷宮に関わる人々の関連性について想像を働かせてくれたりして、なかなか面白いです。まぁ、未だ旅の半ばなので、ひょっとしたらそうなのかなぁ、と言う予想に過ぎないのですが、いやいや、ある種のミステリー小説のような楽しみ方も実は出来るゲームなのかもしれません。

 さて、ゲームを楽しむ上でもちょっと考えてみると面白いのは、どういう理由でキャラクターは冒険に出かけるのかなぁ、という動機付けに関してです。別にそんなのは「スリルとサスペンス、冒険心を満足させるため!」でも一向に構わないんですが、それは割とプレイヤー寄りの動機付けであって、キャラクター的には命を懸けるぐらいに危険に満ちた旅なんだからそれなりの理由付けがあるんじゃないかなぁ、みたいな事を個人的には考えてしまうワケです。
 とくにパラディンなんか今で言ったら他のフリーター連中とは違って公務員みたいなものじゃないですか。安定した給料、残業もなく、将来にも不安なし、みたいな。それがどうしてロクデナシの巣窟のような迷宮にヒョコヒョコ出かけてしまうのか。きっと何かとんでもない事情があるに違いないですよ。公金横領を穴埋めするために財宝が必要なんだ、とか。
 そんな感じで、みんながみんな同じ目的を持って迷宮に潜るよりも、キャラクターによって違う目的で迷宮に潜っているという感じだと、キャラクターに人間性の差異が生まれてそれぞれの個性が生まれてきます。ついでに目的の差異から来る確執みたいなのも想像できてパーティに対して更に色々と想像を働かせることが出来て面白いんじゃないかなと思います。

 重ねて言いますが、基本的にこのゲームはシナリオがありません。唯一このゲームのシナリオを紡ぐのはキャラクターを動かすプレイヤーの脳ミソなのです。……という書き方をすると特典サントラの「世界樹脳トレ!」宣言も納得してしまうような……しないか。ともあれこのゲームを始めたことで十二分に妄想力を掻き立てられていることは事実で、普段はこんな長々とした文章をいちいち書かないのでビックラしてしまいます。おかげでゲームする時間が消えていって本末転倒という話が。おかしいなぁ。
 キャラクターに設定を持たせる、というのはまぁ、未経験の人には難しいかもと思う部分もあるんですが、パーティの誰か一人を溺愛するだけでパーティはその人物を中心として人間関係を脳内構築していきます。野球を見るにしてもサッカーを見るにしても思い入れを持ったチームなり選手なりがいるとグーンと鑑賞の楽しさが増すように、この世界樹の迷宮もキャラクターに思い入れを持つことで楽しさが広がるゲームです。ぜひともプレイヤーの方々には「うちのパラディンはこういう子ザマス!」と親バカ振りを遺憾なく発揮してもらって、考える楽しみというのを味わって欲しいなぁとか。勝手にそんなことを思ったりします。