世界樹の迷宮・その11(B13F)
ダークハンター♂ ジャドの日記
水路の張り巡らされた地下13階でオレ達は奇妙な動きをする『敵対者』と遭遇した。そいつはオレ達が他の魔物たちと戦っている間にいつの間にか背後まで忍び寄ってきたのだ。
魔物との戦闘が終わった後、オレ達が距離を詰めようと歩み寄るとヤツは途端に身を翻し、水中へとその身を躍らせて姿を消した。……厄介なヤツだ。
この『敵対者』について情報を集めるべく、オレ達は執政院に附属する図書館へと向かった。ここには迷宮に関する研究を記した蔵書が多数納められており、棟の一角を『敵対者』の記録や図解が占めている。手分けをして探索を開始すると、『敵対者』に関する書物は程なく見つかった。
「……『水辺の処刑者』。体全体を堅いキチン質の甲羅で覆われたカニの魔物である。」
「カニ……ですか。」
「なるほど、それで水陸自在ってワケだ。水中に潜んでたんだな。」
「特筆すべきはその巨大かつ鋭利な鋏の攻撃。同階層に生息する魔物の中では驚異的な破壊力を誇る。」
「周辺の魔物ですら骨を折っているというのに……厳しいですね。」
「あらゆる手段をもって防御を固める必要がありそうですね。」
「また全身を包む甲羅は武器による攻撃を須らく弾き返し、その身を傷つける事は容易ではない。」
「攻撃に防御に隙なしか。騎士様と一緒だな。」
「あのような卑怯者と私を一緒くたにしないで貰おう。」
「最も注意すべきは『死神の爪』と呼ばれる特技で、これは対象の生命力を無視し、一瞬で死に至らしめる技である。」
「いくら防御を固めても、食らっちまったらアウトってことか。」
「念の為ネクタルを余分に持って行ったほうがいいですね。」
ウィバが『敵対者』の特徴を読み上げるに従い、図書館の空気は沈鬱な重みを増していた。
攻守共に完璧な強敵。しかも地の利は向こうにあり、こちらの隙を窺って奇襲を仕掛けることさえできる。
今まで多くの難敵を退けてきたと自負するオレ達だが、それは全て万全の体勢で戦いを挑めたからだ。
今回のような搦め手を駆使する相手に対して、果たして同様の結果を収めることができるのだろうか?
「……『敵対者』に弱点はないのですか?」
「記述を読む限り、水辺の処刑者の攻撃の基点は兎にも角にもこの巨大な鋏だ。この鋏さえ封じれば敵の攻勢を抑えてアドバンテージを得ることが出来る。」
「あの鋏を抑えろって…… 難しいことを簡単に言うものね。」
「下手をすれば逆襲に会いかねませんわ。極めて危険です。」
なかなか建設的な手段を見出せないせいか、皆の表情に苛立ちが見え隠れする。
ウィバを問い詰めるアリスベルガとルーノの声はいつにもない刺々しさを纏っていた。
オレは溜息を一つ吐くと、敢えてガタンと音を立てて立ち上がる。
何事か、とこちらへ集う4対の瞳にオレは不敵な笑みをもって返答した。
「なにを弱音吐いてんだよ。 ……オレの出番だろ。華麗な鞭捌きを拝ませてやるぜ。」
皆はオレの言葉を理解しきれてないようだった。
呆然とした表情でゆっくりと意味を咀嚼している様子が見て取れる。
「……はははははっ! 流石はジャドだな!」
やがて笑い出したのはウィバだった。
それに連れられるようにして皆の顔に笑みが浮かぶ。
「……フフフ、言うじゃない。格好つけちゃって。」
「うっせーな。タマにはオレにもカッコつけさせろっつの。」
「ジャド……! まったくあなたの勇気は賞賛に値しますよ。」
「リーダーに褒められたって嬉かねーよ。ま、悪くはないけどな。」
「ジャドさん、どうか無茶だけは避けてくださいね。」
「命捨てるようなバカな真似までしねーよ。安心しな。」
応援なのか冷やかしなのか、どちらともつかない言葉を口々にして、ようやく皆も調子を取り戻したようだ。
わずかながら光明が見えてきたこともあってか、皆の口が活発に動き始める。
「奴には電撃が効きそうだ。雷の術式はオレの得意分野。任せてくれ。」
「リーダーの『序曲』も有効な手だと思うわ。」
「……え、私?」
「『敵対者』の攻撃は私が捌いてみせる。ルーノ、バックアップをお願いね。」
「任せてください。リーダーにもウィバさんにも指一本触れさせません。」
「『序曲』は誰にかけるのが有効でしょうね?」
「敵の腕さえ縛ればオレも攻撃に移れる。オレから回してくれ。」
「その次はリーダー自身だ。私は防御に専念すべきだろう。」
それぞれの役割が明確に定まると、作戦会議は一気に加速した。
戦場の設定から始まり、道具の持込、不測の事態の対応、カバーの順序、逃走のタイミングetc……
あらゆる事態を想定して対策が練られ、検討が加えられる。
議論は白熱し、士気は大いに高まった。既に勝利は確実なものとさえ思えた。
「これで決まりですね! 大丈夫、後は作戦通りにやれば勝てますよ!」
「いくら凶悪な魔物でも冒険者の底力には抗しえぬことを教えてやろう!」
「ああ、カニにはカニの限界があることを思い知らせてやるぜ!」
しかし、高揚感で満たされたオレ達にウィバが水をかける。
「……ちょっと待ってくれ、みんな。未読のページが残っていた。」
「なんなんですか、せっかく盛り上がってるところを……」
「重要な情報が漏れているかもしれないんだ。聞いてくれ。えーと……」
ウィバはパラリとページを捲ると最後の一文を読み上げた。
「……なお、水辺の暗殺者は後部4対8本の歩脚を交互に動かす事で水平方向へ移動する『カニ歩き』と呼ばれる歩行術の使い手である……」
一瞬にして空気が凍った。
そう、オレ達は戦う前にまず人間の限界を思い知らされたのである……
世界樹の迷宮では3DダンジョンRPGでよくある平行移動、すなわちカニ歩きが出来ません。
この点はMK2などのレビューサイトでもしばしば本ゲームの欠点として挙げられる箇所で、確かに深層へ進むと「カニ歩きがあればラクなのになぁ」と思う箇所が多々あります。
総じてカニ歩きの必要な場面というのは隠し通路を探す場面です。カニ歩きがあれば連続した壁面をスムーズに調査できるのですが、カニ歩きが出来ない現状では壁を調べる際には、「1マス歩いて向きを変えて、向きを戻して1マス歩いて向きを変えて」とその労力は数倍にもなります。この点についてやはり面倒だという意見が多く集中するのも頷けるところでしょう。
ただまぁ、個人的な意見を言うと、このカニ歩き、敢えてカットしたのかな、という気もするのです。ここまで言ってしまうと贔屓の引き倒しになってしまいかねないのですが、開発者としては「調査する苦労、楽しみ」を残したかったのではないかなと私は思うのです。
基本的に世界樹の迷宮の隠し通路は発見は容易です。決められたマスの前に立てば調査コマンドが現れます。他の3DダンジョンRPGではいちいちボタンを押すなり、壁に向かって突撃するなりしないとわからなかった隠し通路の有無も、その場所に立つだけで分かるようになっています。
なので、ここにカニ歩きを加えてしまうと、隠し通路のレアリティは物凄く薄くなってしまうのですね。世界樹のバランスの取り方としてカニ歩きは隠し通路の自動発見とバーターされてカットされたのではないか、というのが私の(好意的に見たところの)カニ歩きのない理由の推論です。
逆にカニ歩きを持ち込むのなら隠し通路の自動発見はカットされたんじゃないでしょうか。その場合、世界樹のインターフェースというか、触り心地は随分と違ったものになるように思います。個人的にはカニ歩きでローラー作戦よりチクチクと1マス1マス探索していく方がより「捜索している」という感じが強まるので、この辺を開発側は重視したのかなぁと私は思っています。
さて、話は変わってカニのFOE、水辺の処刑者です。
初めて13階に下りたとき、TPが尽きかけてきたので防御を固めた上でバードに安らぎの子守唄を歌わせていたら、いきなり「敵が乱入してきた!」とか表示されるじゃないですか。ホントにもうビックリしましたよ。
世界樹では中ボス的存在のFOEはマップに表示される存在なのですが、この水辺の処刑者だけは水に潜っている間はマップに表示されないという特徴を持っています。なので水辺で戦闘しているといきなりガツン。逃げる暇を与えてくれません。そのクセ乱入する前に戦闘が終わるとさっさと水中に逃げちゃったりと、曲者の多いFOEの中でも特に際立って癖の強いFOEです。
また、コイツの登場する13階、14階はマップの半分が水面で、プレイヤーはその間の僅かな陸地を歩くことになります。
つまりFOEがいつでも乱入してくる可能性があるワケで、ランダムエンカウントでも速攻を余儀なくされます。そんなワケで長期戦向けのバードが非常にヤクタターズなことになったり、逆に雷特化のアルケミストが株を上げたり、パーティの再編成についても色々と考えさせてくれる相手でしたね。
個人的にはこの水辺の処刑者。世界樹の迷宮の中で一番好きなFOEかもしれません。基本的にFOEの移動パターンはプレイヤーの追尾か一定箇所をグルグル回るかのどちらかで、水辺の処刑者の「逃げる」「隠れる」という行動がとても斬新でした。もし次回作があるなら、こういう感じの嫌らしいFOEがもっともっと増えてくれると嬉しいなぁと思っています。