世界樹の迷宮・その12(医術防御について)
パラディン♀ アリスベルガの日記
「なぜ、あの時『医術防御』が遅れたの? おかげでジャドが酷い目にあったわ。」
宿に戻ってきてから私はまずルーノの部屋を訪れた。
彼女は私を快く招き入れ、椅子を勧めると、戸棚に仕舞ったシナモンとレーズンのクッキー缶を手に取った。
「あら、ジャドさんのことが心配なの?」
「違うわよ!」
彼女の背中に向かって私は声を荒げる。
彼女はクスクスと小さく笑うと、クッキー缶と紅茶セットをお盆に載せて振り向いた。
「私が言いたいのはね。」
「ええ。」
彼女は私の斜め横の椅子に腰掛け、いそいそと紅茶を淹れ始める。
「パーティはチームワークが大切だってことよ。一人一人が好き勝手に動いていたら皆殺しにされるわ。」
「そうね。」
私は敢えてドラスティックな単語を選んで彼女を牽制してみたが、彼女はまったく意に介してない様子だった。
ルーノは昔から少しのことでは動じない……というか、ちょっと反応が鈍いところがある。育ちがいいせいだろうか。
「だから意思疎通を取る必要があると思うの。いざと言うときにどうするか。自分の為じゃなく、パーティが生き残ることを考えて行動しなくてはならないわ。」
「アリスはいい子ね。」
彼女のピントの外れた返答に私は危うくカップを落としそうになった。
彼女はなかなか手ごわい。落ち着いて、一歩一歩着実に話を進めていかなくてはならない。
「ルーノ、あなたの『医術防御』がパーティにとって大事な命綱だって事はわかっているわよね。」
「そうかしら? それよりアリスの『陣形防御』の方がずっと私達の力になっているわ。」
こういうところで変に謙遜されても困る。
議題はあくまで彼女の『医術防御』についてなのだ。
「私のことはいい。ともかくあなたの『医術防御』について今日は話し合いたいのだ。」
「どういうことかしら?」
今度はすんなりと話に乗ってくる。
気まぐれと言おうかなんと言おうか、未だに私は彼女の傾向が読めない。
ともあれこの反応を好機と断じた私はこの期を逃さず本題に移ることにする。
「さっきのことよ。ジャドが壁まで吹き飛んで気絶した。」
「コブとか出来てないかしら。」
「……ジャドが大打撃を受けたのは『医術防御』の効果が切れていたからだ。なぜあなたは『医術防御』をかけ直さなかったの?」
「え、そんなことないわよ? 『医術防御』の効果は続いていたはずですもの。ジャドさんはきっと運がなかったのね。」
彼女はなにも責任を逃れようとウソをついているワケではない。
彼女がそういう性格ではないことは私が何よりも知っている。
では、彼女は本心から『医術防御』が効いていたと、そう思っているのだろうか?
「……先ほどの出来事を一から確認しよう。戦闘が始まってすぐあなたは『医術防御』を試みた。」
「ええ、それから5ターン目に改めて『医術防御』をかけ直したわ。」
「そうだな。『医術防御』の効果時間が切れる前にかけ直すのは運用上の基本だ。」
私は一つの仮定を立てていた。
もし、彼女が『医術防御』の効果時間について誤解をしていたなら……
それならば全ての疑問は解決する。
だが、彼女は『医術防御』の効果時間について十分な理解を得ている。
ではなぜ、彼女は誤ったのだ。あの9ターン目に……
「……そしてあなたは『医術防御』を行わず攻撃に打って出た。」
「だからそれはまだ『医術防御』が効いていたからよ。『医術防御』は5ターンの間、効果があるの。」
「いや、だからこそ9ターン目で『医術防御』をかけ直す必要があるのだ。あなたが5ターン目にしたように。」
「それはおかしいわ。『医術防御』をかけ直すのは10ターン目でしょう。」
その答えでようやく私はルーノが何を勘違いしているのかが理解できた。
ああ、彼女は確かに『医術防御』を正しく理解している。
問題なのは……
「ルーノ、10ターン目に『医術防御』をかけたとして、次に『医術防御』を使うのはいつだ?」
「次は15ターン目ね。その次が20ターン目。何度も言うけど『医術防御』は5ターンの間、効果があるから。」
「最初は1ターン目。次は5ターン目。そして10ターン目、15ターン目、20ターン目と続くワケだな?」
「そうよ。いつも同じ間隔でかけ直しているの。」
もし私が「意義あり!」と叫ぶならまさにこの瞬間を置いて他にない。
私は弁護士がしてみせるようにゆっくりと頭を左右に振り、ルーノに低く語りかけた。
「……いや、それはジジツとムジュンしている。」
「……え、どこが?」
「1ターン目と5ターン目の間隔は4ターン。5ターン目と10ターン目の間隔は…… 5ターンだ。つまり……」
「4ターンと5ターンは『同じ間隔』にはならない!」
「え、ええ、ええええええ!?」
「……単純な引き算で分かることだ。あなたは1ターン目と5ターン目の間隔が5ターンだと勘違いしていたんじゃないか?」
「だって、5ターンごとにかけ直すんですもの。それであっているハズだわ。」
「それがそもそもの誤りなのだ。『医術防御』の効果時間は確かに5ターンだ。しかしその効果を切らさず継続させる為には『4ターンごとにかけなおさなくてはならない』!」
「……!」
彼女は目を見開いて私を凝視する。カップを掴んだ左手はわなわなと震えていた。
彼女自身、恐らく今まで誤った理解をしていたことさえ認識していなかったのだろう。
今まで常識だと思っていた事実が180度ひっくり返される。
今、彼女は西から太陽が昇る瞬間を目にするような驚愕に見舞われているのだろう。
彼女はカップをテーブルに置くと深く息を吐いた。
見た目には彼女は落ち着きを取り戻したように見えるが果たしてどうだろう……?
「……ジャドさんに酷いことをしてしまったわ。」
彼女はポツリと呟いた。
自分が間違っていたことよりも、そのことで他人に迷惑をかけたことに彼女は衝撃を受けているようだった。
「誰にでも間違いはあるものよ。思い込みってのはなかなか気づかないものだしね。」
「私、どうしたらいいのかしら……」
「不必要に気を揉む必要はないわ。これから気をつければいいだけの話よ。」
ルーノの落ち込みようは傍目にもわかるほど酷いものだった。
これは彼女にしては随分と珍しいことだ。
と言うか、考えてみれば私は日ごろマイペースな彼女が落ち込んだところを見たことがない。
いつも彼女は優しく朗らかで、自分の内に何かを抱え込むということのない人間だったから。
「ま、そうね。……ジャドならお見舞いにでも行けば喜ぶわ。単純な男だから。」
「……そうね、そうするわ。」
彼女はゆっくりと立ち上がると、力なくではあるがニコリと笑ってみせた。
「ありがとうね、アリス。私、こんな些細な勘違いのせいで大切な人を失ってしまうところだったわ。」
「フフフ…… 感謝してよね。」
「今から私、施薬院に出かけてくるわ。あなたは?」
「私は遠慮するわ。変に勘違いされるのもシャクだしね。」
ジャドの容態が気にならないと言えばウソになるが、あの男には私より彼女が見舞いに行くことが何よりの薬になるだろう。
あんな痛い思いをしたんだから、それぐらいの見返りがあってもいいハズだ。
「……あ、それからルーノ。最後に一つテスト。5ターン目に『医療防御』をかけ直した後、次に『医療防御』をかけるのはいつ?」
彼女は一瞬小首を傾げて、そして自信満々に答えた。
「10ターン目!」
……彼女は施薬院で脳を見てもらうべきだと思う。
こんな下らない話を、と思われるかもしれませんが実話です。ヒィィィィィ! こんなのでもクリアできるんだからなんというか懐の深いゲームですね、世界樹の迷宮。
改めておさらいしますと、『医術防御』は5ターンの間、パーティの属性防御力を上昇させるメディックのスキルです。
この属性防御ってのが一見良く分からない単語なんですが、パッと見いわゆる魔法防御力を上げるスキルに見せかけて、実は物理防御力と魔法防御力を同時に上げると言うメチャクチャ便利なスキルです。ドラクエで言えばスクルトとマジックバリア同時がけみたいな。FFならプロテスとシェルというか。
……こういう言い方をするとちと効果のほどが疑われてしまうのですが、とかく敵の攻撃が激しいこのゲーム、防御力を上げるスキルは大概が極めて実用的です。その防御系スキルの中でも一番優秀なスキルがこの『医術防御』で、しかるにその運用を間違えていた私は意味なくキャラクターが大ダメージを受けて倒れていくのを「なんでだろうなぁ?」と首をかしげて見守っていたワケです。ホントにアホかと。
ターン数が1→5と来たから「あ、次は10ターン目だ!」ってのは割と思い込みやすい間違いだと思うんですけどどうでしょう。実際には4n+1ターン目にかけ直さなきゃいけないんですけど、なんか区切りのいいところで収めたくなる習性が出てしまったような気がします。1→5→9→13→17→21……とか長期戦は大変。
あと、キャラクターが倒れると能力上昇の効果って全部消えちゃうんですけど、それをかけ直した後って凄く混乱しませんか。
「あれ、さっきは確か12ターン目にかけ直したから、次に『医術防御』をやるのはえっとえっと…… それとは別に『防御陣形』があって、そっちは確か10ターン目からだから……」みたいな。
そんなワケで脳年齢が衰えているのかなぁと思う今日この頃。教授買うべきかもしれませんね。
おまけ。
パラディン♀ アリスベルガの日記
あれからルーノは『医術防御』について正しい理解してくれたようだ。
今では何も言わずとも適切なタイミングで動いてくれる。
「しまった、敵の先制攻撃だ!」
「ルーノ、『医術防御』を!」
「1ターン目が終わってしまいましたから5ターン目まで待ってください!」
……臨機応変と言う言葉を知ってくれ。