世界樹の迷宮・その13(世界設定について。クリア後?)

メディック♀ ルーノの日記

 「何を読んでいるんだ?」

 迷宮の風景にそぐわない革の装訂が目を引いたのか、振り向くと私の手元を覗き込むウィバさんの顔がありました。

 「小説ですよ。」
 「どんな話なんだ?」

 私が読んでいたのはある配管工の兄弟の話です。



 ある日、配管工の弟がキノコ狩りに出かけました。
 予定では弟は夕餉までに帰ってくるはずでしたが、日が翳り、闇が訪れ、朝日が差してもついに弟は帰ってきませんでした。
 崖から落ちたのか、猛獣に襲われたのか、村人たちは総出で捜索に出かけましたが、その甲斐なく弟の姿もその痕跡も発見する事は出来ませんでした。
 村人達は弟の生存を諦めてしまいましたが、唯一お兄さんだけは弟が生きていることを信じて、弟が帰ってくるように毎日毎日神様にお祈りを続けました。
 しかしついに弟は帰ってくることはなかったのでした。
 
 ある新月の晩、お兄さんが暖炉の前でうとうとしていると不意に扉がノックされました。
 お兄さんが誰何すると扉を叩いた主は、ぼくだよ兄さん、と答えたのです。
 その声は確かに聞き慣れた弟の声だったので、お兄さんは喜びの余り転がるようにして扉の前に向かいました。
 しかしノブを握ったところでふと疑念が浮かびます。

 扉の向こうにいるのは本当に弟なのだろうか?

 そこでお兄さんは、近頃は何かと物騒だからまず証拠を見せて欲しい、と扉の男に呼びかけました。
 男は了解し、扉の隙間から何かをねじ入れて寄越したのです。
 得体の知れない襤褸切れのような布の塊をお兄さんは恐る恐る拾い上げます。
 それは一見すると薄汚れた布切れにしか見えない代物だったのですが、お兄さんにはハッと見当がついたのです。

 それは昔、誕生祝に貰ったお揃いの帽子だったのです。

 ああ、しかし、その帽子は初夏に生い茂る青葉を思わせる鮮やかな緑色ではなく、今や血と泥に塗れて赤黒く染まっていたのです。
 さらにその帽子は鋭利な刃物で切り裂かれたようにあちこち傷だらけになっていて、もはや帽子としての体裁すら整えていません。
 お兄さんの顔からさぁっと血の気が引きました。
 こんな怪我を負い、何十日となく野山をさすらい、生きていられる人間などいません。
 そう、扉の向こうにいるのは血を分けた実の弟ではなく、人を誑かす幽霊に違いない、そうお兄さんは考えたのです。
 お兄さんはノブを力強く握り締め、帰れ、帰ってくれ、と叫びました。
 男は、僕の帰るうちはここだよ、兄さん、開けてよ、とお兄さんに訴えかけ、扉を開けようとしましたが、お兄さんはノブを力一杯握ってそれを阻止します。
 それから何度となく二人は言い争いましたが、やがてお兄さんが、弟は死んだんだ、帰ってくれ、と叫ぶと急にノブが軽くなりました。
 そして、酷いや、兄さん、と呻くような声を男は上げると、ぺたぺた、ぺたぺた、と湿った足音を残して暗闇に消えたのです……



 「どうでしょう、弟さんは生きていたと思いますか? それとも幽霊だったんでしょうか?」

 私が問いかけるとウィバさんは顎を指で摘んで宙に視線を舞わせます。
 程なくして視線を戻すとウィバさんは持論を述べ始めました。

 「……生きて帰ってきたんだろう。単純に生きていたか、命を取り戻して帰ってきたのか、と言う問題ならね。」
 「そうですか?」
 「それはそうだろう。死んだ人間が生き返る確率は0だ。それならなんとか生き残るしかない。単純な問題だ。」

 私にとってはそのどちらも同じ確率のようにも思えます。
 ですが、人は生き返る事はない、というのは確かにウィバさんの言う通りです。

 「人を生き返らせることって出来ないんでしょうか?」
 「……どうも医療に携わる人間の言葉とは思えないな。」
 「あ、すみません。錬金術の見地ではどうなのかしら、って思って。」
 「錬金術は万能じゃないよ。神様でもない限り不可能だな。」
 「神様、ですか。」
 「そう、神様。」

 ウィバさんは視線をゆっくりと遠くに向かわせると一つ溜息をつきました。

 「錬金術にせよ、医術にせよ、オレ達の技は全て人の手によるもの。神様にはなれないな。」

 神様はいない。そして私達は神様になれない。
 では、どうやって私は失われた命を取り戻せばいいのでしょうか。

 衛生官という生き方を選んでからこの方、私は多くの人々の生と死を目の当たりにしてきました。
 ですが、その記憶の多くは自らの知識の技術の限界からくる悔恨と同義だったように思います。
 神様に祈りを捧げても、その祈りは聞き遂げられず、やがて私は神様を信じることを諦めました。
 物語のお兄さんは神様に祈りを捧げて得た結果をどのように受け止めたのでしょうか。

 婚約者からの手紙を見せてくれた若い兵士。
 叙勲を受けて意気揚々と馬に跨った赤毛の騎士。
 杯を酌み交わすことを誓った指揮官。
 殿軍を自ら志望した巨漢の槍兵。

 どれだけ手を尽くしても、命を繋ぎとめることあたわず、迎えられるはずの明日を迎えられなかった人々。
 彼らに報いる術を探して私は今ここにいます。

 もし、この世界に人間を生き返らせることが出来る御業があったのなら、私も神様を信じられたのでしょうか。




 ……つまり、世界樹の迷宮にはアンデットモンスターがいないという話です。……あれ?
 えーと、どう繋がるかと言いますとね、アンデットいない→ターンアンデットいらない→神様いらない→僧侶いらない→医者でOK。つまりメディックの肯定はアンデットの否定と同義だったんだよなんだってー!

 ともかく。
 アンデットモンスターというのはいわゆる仮初の命を与えられた不死の存在というか。ゾンビとかミイラとかスケルトンとかバンパイア(Wiz5を思い出す表記)とかその手のモンスターですね。RPGプレイヤーでは知らない人はいないであろう、かなりポピュラーな敵役です。
 アンデットはとにかくその特徴が個性的なのでゲームには使いやすい存在ですね。人間離れした強さを持ちつつも様々な弱点を兼ね備えているところに弾力性があり、雰囲気的にも巨大昆虫や巨大動物に比べて遥かに非現実的で幻想的です。考えてみればあのMOTHERにさえ凶悪な敵としてアンデットが出てくるワケで、舞台を問わない取り回しのよさも評価できる点です。
 そんなアンデットが全然出てこないこのゲーム。RPGとしてはかなりの異端な存在なんじゃないでしょうか。なぜ世界樹の迷宮にはアンデットが出てこないのか。その理由について色々と考えてみました。

1 設定上の都合から

 ポッドキャストでも言われていたんですが、世界樹は基本的に魔法のような超常現象を否定した世界観を持ったゲームです。なので(バイオハザードのような例はあるにしても)、魔術的なアンデットの存在は不適と判断されたのかもしれません。

2 ゲームの雰囲気上の都合から

 基本的に世界樹の迷宮は従来の3DダンジョンRPGに比べてポップなイメージを強調しています、なのでそこにアンデットの持つおどろおどろしいイメージは似つかわしくなかったのではないかと。
 また、「世界樹」という命溢れる生き物の楽園的な場所が舞台なので、動物系のモンスターが多く取り入れられたのも理由としてはありそうです。そういう意味では世界樹には天使とか悪魔とか、その系統のモンスターもいないんですよね。アトラスのゲームなのに。

3 特定の職業の必要性を薄める為

 世界樹の迷宮ではパーティの編成の自由度を上げる為に、Wizの盗賊のような必ずパーティに入れなければならない職業がありません。Wizの僧侶にはターンアンデットというアンデットモンスターを一掃する能力があるのですが、アンデットを出さないことで僧侶の役割を相対的に減らし、キャラ間バランスを整えたのかもしれません。

4 職業の特性を発揮させる為。

 様々な特徴があるため、クセがありすぎると判断されたのかもしれません。
 前項にも繋がりますが、アンデットだらけの階層があったりすると精神攻撃を得意とするカースメーカーがお荷物になりそうだし、アルケミストで言えば氷スキルが更に陽の目を見なくなりそうだし、ダークハンターのドレインバイトはそのままでいいのかって話になるし、搦め手で力を発揮するタイプは特に難儀しそうです。
 RPGの多くは状態変化の特技や魔法が後半になればなるほど抵抗されやすくなって使いづらくなるんですが、世界樹の場合、最初から最後まで出てくるモンスターが動物系ばかりなので、モンスターの抵抗力が割と低く設定されているような気がします。状態変化専門の職業があったりする関係上、それが世界樹ならではのバランスってことなんでしょうね。

5 入れたかったけど入れられなかった

 ありそうです。

 とまぁ、こんな感じで思いつく限り。別に私はアンデットを出そう出そうということを言いたいのではなく、アンデットがいないゲームがなぜ生まれたのか、ちょっと考えてみると面白いのでは、と思って今日は俎上に乗せてみた次第です。まぁ、今日挙げてみたのもただの考えすぎで、実は開発側には理由という理由はなかったのかもしれませんが。
 ともあれ世界樹は色々とユニークな試みがなされているゲームなので、ちょっとした観点から世界樹ならではの特徴が見えて面白いです。
 アンデット一つ取り上げてみるだけでもキャラバランスやらゲームバランスやら世界設定やら色々なものが見えてくる(気になれる)ので、世界樹のことをもっと知りたいという方は小さく浮かんだ「なぜ?」を膨らませてみると色々な想像が出来て楽しいかと思います。
 まぁ、仕事中、こんなことばっか考えててミスやらかした人間が言うのはアレなんですけどね。