世界樹の迷宮・その14前編(B18F?)

バード♂ エバンスの日記

 その日、私は個人としては到底承服しがたい、しかし集団にとっては極めて重要な、ある種の事由によって、ギルドの留守番を任されていた。
 つまり戦力外通告を受けたのだ。
 普段なら野伏連中とカードでもして退屈を凌ぐのだが、今日は執政院主宰の弓術の大会に参加するとかで皆出払っており、ギルドに残されたのは私1人だ。
 まぁ、溜まっていた書類を整理するにはいいタイミングだ。名目上とは言え、ギルドを統括する立場にある以上、やらなければならない仕事は多い。
 そう自分に言い聞かせ、まずは仕事に取り掛かる前の一杯を淹れようかと立ち上がったところにその招かれざる客は現れた。

 「ティークラブ&エトリアン・ソサイエティはここか!」

 さして広くもない部屋一杯に女性特有の柔らかさを帯びた声が響いた。その言葉の指し示すところを一瞬、私は理解しあぐねたのだが、壁時計の秒針が刻む硬質な響きを契機にようやく思い出すことができた。そう言えば私達のギルドの名前がそんな名前だったっけ。
 ギルドのメンバーはこんな長ったらしい文句をわざわざ口にすることを好まないため、この結社はごく単純にティークラブとだけ呼ばれている。執政院に出向いた際に、職官が敢えて仰々しくこの名前を繰り返す事態に度々遭遇するのだが、その都度私達はこのギルド名を考案した懐古主義のゴッドファーザーに心の中で舌を出しているのである。

 さておき、投げかけられた質問には回答を返さなければならない。ありえないとは思うが、この奇矯な来客は郵便配達の途中なのかもしれないし。

 「そうですが、一体なにか?」
 「私はステラマリーと申す者! 冒険者としての力量を試すべくここへ来た!」
 「ああ、ギルドに入団したいと?」
 「そうではない。立会いを望んでここに来たのだ。つまり……」

 ステラマリーと名乗ったこの女性の主張を要約すると、彼女は『道場破り』ならぬ『ギルド破り』に訪れたということらしい。全く巷では奇妙な遊びがはやっているものだ。迷宮に篭りっぱなしだと世事に疎くなっていけない。
 迷宮の深層に挑むことで望むともなく名声を得てきた私達だが、その負の側面について一度考慮してみる必要がありそうだと私はぼんやり思ったのだった。

 ところでこの女性、大仰な物言いをするだけあって装備は一級品だ。毛並の整った虎皮のジャケットは突風にうねる草原のように柔らかな光沢を放ち、背負っている大弓は頑強な獣の腱を張り合わせたと思われる複合弓だ。武器も鎧も金属部は磨きこまれ、一点の曇りもない。
 彼女は野伏を生業とする冒険者に違いなかった。

 「ところであなたの名前は?」
 「あ、これは申し遅れました。私はエバンスと言います。」
 「エバンス? ……エバンスというと、ティークラブ&エトリアン・ソサイエティの面々を束ねるあのエバンスか!」
 「他にエバンスという名前のメンバーはいませんね。」
 「私はついているな…… ティークラブ&エトリアン・ソサイエティの首魁たる人物を討ち果たせばこのステラマリーの名も天に届こうというもの……!」
 「いや、どうも誤解があるようですが……」
 「ぜひ立ち会って頂きたい!」

 ……あの手この手で拝み倒され、気づいてみると私は迷宮の入り口に立っていた。

 「殴り合いだけは勘弁ですよ。そういうのが好きな連中もいますがね。」

 彼女は快活に笑いながら、案ずるな、と言った。

 「幸いにも互いに得物は同じだ。ならばどちらがより多く森の魔物を狩れるかで雌雄を決しようではないか。」

 彼女の提案したルールは3時間のうちに森に生息する魔物を狩って回り、その首級となる素材をより多く集めたほうが勝ち、というものだった。
 なるほど、魔物達には傍迷惑な話かもしれないが、殴り合いよりは遥かにマシだ。

 「それなら私からも一つルールを提案させてくださいよ。」
 「面白い。言ってみるがいい。」
 「古い諺があります。コウボウ筆を選ばず。お互いの武器を交換して、敢えて不得手の武器で勝負すると言うのはいかがでしょう。」
 「……何か細工でも仕込んでいるのではあるまいな?」
 「しませんよ、そんなこと。冒険者としての資質を図るのであれば、単純な狩猟技術よりもむしろ生存術を競う必要があるでしょう。この勝負の意図からするとその方があなたの目的にも叶うと思いますが、いかがですか?」
 「……まぁ、いいだろう。しかし後で言い訳するなよ。」
 「それはこちらの台詞ですよ。」

 同意が得られたところで、私は覆いを取り払い、愛用の長弓を構える。彼女の目の色が変わるのがわかった。

 「ほう、業物だな。」
 「あなたの仰る小細工がないかどうか、じっくり調べてくださいよ。」
 「これは……」

 彼女は手袋を外して表面を撫で回し、次に弦を引いて軽くリリースした。

 「……これだけ軽いのにまるで剛性が損なわれている様子がない。こんな素材は見たことがないぞ。」
 「ま、迷宮には色々な生物がいましてね。」

 代わりに受け取った彼女の弓にどこか支障がないか確かめる。弦の張りは私にとってはいささか固すぎるが、致命的と言うほどではない。まぁ、使っていくうちに慣れるだろう。

 「よし、準備はいいか?」

 彼女の声は興奮に弾んでいる。
 与えられた玩具を一刻も早く試したがる子供のようだ。

 「いつでもどうぞ。」

 彼女は頷くと赤羽の矢をつがえ、上空を仰いで天を射た。
 矢は幾十にも重なる樹葉を巧みに避け、針の穴のように小さな蒼天目掛けて飛翔を続ける。
 樹海を突き抜けた矢はやがて重力の網に捕まると、今度は反転して落下を始める。
 そして鏃が地表を抉った瞬間、私達は弾けるように左右に跳んだ。





 「柔らかい皮が12枚、小さな牙が8本、小さな花が4輪。えーと、それから……」
 「……なぜだ。」

 バックパックから溢れ出す素材の山を見て、彼女はうめいた。

 「武器も、体力も、弓術も、私の方が優れていたはずだ! なぜ私が負ける!」
 「知りたいですか?」

 猫科の大型動物が毛を逆立てて威嚇する様にも似た彼女の表情を見て、私はさっさと種を明かした方が安全だと判断した。

 「重要なのはね、経験なんです。」
 「経験、だと……?」
 「そう、あなたに一番欠けているものですよ。 ……初心者さん。」
 「な……っ!」

 意外にも私の一言は彼女の精神に多大な衝撃を与えたようだった。
 彼女の瞳は左右に揺らぎ、焦点が定まらない。ただ口をパクパクと開閉させるだけで言語に至っては不明瞭極まりない。

 「い、い、い、いつから……っ!」
 「最初から、ですかね。エトリアの冒険者でうちのギルドを知らない人はいませんよ。どうもいい意味でも悪い意味でも有名になってしまったようでしてね。」
 「あ……」
 「まぁ、それだけだと余所者という線もあるんですが、装備が綺麗過ぎたのが決め手でしたね。歴戦の冒険者の装備ってのはもっと汚れているものなんです。弓か鎧か、どちらかだけならともかく、すべてが揃って新品同様というのはあり得ないですよ。」

 私達が深層から未知の素材を持ち帰ったことで、最近の商店の品揃えは以前と比べて桁違いに充実している。
 より良質の装備を求める冒険者にとっては喜ばしい事態ではあるのだが、同時に未熟だが金銭を持った冒険者が金に飽かせて高価な武具を買い漁り、分不相応な探索を行っては怪我をするといった事例も報告されている。

 「私があなたの挑戦を受諾したのも、一つ理由を言えば冒険者に真に必要なものが何かをあなたに理解して頂きたかったからなんです。」

 そう言い終えて私は彼女の反応を窺う。
 しかし、彼女が見せた行動は全く私の予想を裏切るものだった。
 彼女はガックリと腰を落とすと、天にも届けとばかりに号泣を始めたのだ。





 長くなりすぎたのでここで一旦中断。なお、以後の文章は多分に仮定を含んでいますので御注意ください。

 ある程度迷宮に潜ったところで、新米冒険者を改めて育てた人にはわかると思うのですが、新人の冒険者は既存のメンバーに比べ非常に攻撃が弱く、防御も薄いように感じられます。
 単純にそれは能力差のせいだと考えがちなのですが、職業固有の強力な武器を装備させて、数値上で既存キャラを上回る攻撃力を得ても、実際に攻撃してみると既存キャラの方がダメージが高かったりするのです。
 自分の場合は熟練のバードを追いかけるようにしてレンジャーを育てたとき、そんな経験をしまして、レンジャーの方が攻撃力は上、STRも上、弓マスタリーもある。なのにダメージは与えられないという状況が続いたので、ひょっとして攻撃力の他にレベルがダメージ修正に入っているのではないか、と考えた次第です。
 どうもレベルは攻撃力の他にも防御力に修正を与えているようで、頻繁に言われるブシドーの装甲の薄さも、実はパーティ内のレベル差のせいで余計そう感じるのではないかなと思ったりします。まぁ、実際にブシドーは防御力貧弱なんですが。

 ところでレベルの値が筋力や防御力とは別に攻撃や防御に影響するというシステムは、通常のRPGでは余り見かけないと思うのですが(MMOではよくあるんだろうか?)、TRPGでは割とメジャーなシステムだったりします。なのでTRPGに触れたことのあるプレイヤーはこの作りにピーンと来たんじゃないでしょうか。
 雰囲気の部分では特にゲームブックからの血筋が散見される世界樹ですが、システム面ではTRPGからの継承も随所に感じることができます。スキル制なんかはMMOを知らない自分から見るとGURPS辺りのスキルシステムのようにも見えますしね。
 まぁ、直系の父であるWizがTRPGの系譜であることを考えると世界樹TRPGの血統を持っているのは当たり前の話ではあるんですが、それを上手く現代風にリファインしたところに世界樹のセンスが現れていますね。

 さて、レベルが直接ステータスに影響を与えているとすると、レベルが上がると数値は殆ど変わってないのに実感として強くなっている世界樹のあの不思議なバランスにも合点がいくことと思います。
 各種パラメータがストレートに数値に反映するのではなく、レベル自体にも比重が置かれているのは、組み合わせ次第で強さの変わるスキル制の補完として昔のRPGのようなレベルが強さと直結する「分かりやすいゲーム」を表現したかったからではないかと私は思っています。