世界樹の迷宮・その14後編(B18F?)

バード♂ エバンスの日記

 「……故郷で弟達が待っているのよ。」

 彼女の話すところによると、元々彼女は辺境の山村で酪農と狩猟を営んで生計を立てていたらしい。しかし去年の冬に父親が病に倒れると、家族を養っていけるのは彼女ただ一人になった。そこで彼女は唯一の財産である家畜を処分して、冒険者として生きる道を選んだのだ。
 正直な話、真っ当な選択だとは思いがたいが、それだけ追い詰められた状況に彼女はあったのだろう。確かに私の知る限りでも似たような経緯で冒険者になった者は少なくない。

 「貴族の子弟の気まぐれかと思いましたよ。」
 「だったらよかったのにね。」

 とは言え、彼女には冒険者としての実績も伝手もなかった。当然、そんな彼女を受け入れてくれるギルドはどこにもなく、途方に暮れた彼女はそこで一計を案じたのだ。

 「それが今回の『ギルド破り』と言うワケですか。」
 「ティークラブの名前は私も知っていた。そのメンバーに土をつければ私も冒険者として認められると思ったのだ。」

 もし、彼女に道を同じくする仲間がいたならば、あるいはこのような暴挙に出ることもなかったのだろう。それほど迷宮での単独行動は危険が伴う。背中を守る仲間もなしに迷宮に潜る人間は酔狂を通して越して無謀ですらある。

 「というか、そもそもなぜ冒険者を志したのですか?」
 「商店に並ぶ品物は皆高価だが、その素材はみな冒険者が集めたものと聞いた。だから冒険稼業は実入りのある仕事なのだろうと思ったのだ。」

 様々な意味で彼女は冒険者を誤解している。
 冒険業は山師とさして変わらない極めて不安定で危険な仕事だ。
 冒険者を取り巻くあらゆる環境が私達に対して行っている不当な搾取について長々と説明したら、果たして彼女は冒険者に幻滅してしまうだろうか。

 「勝手な言い草で、あなたに迷惑をかけたことは大変済まなく思っている。」
 「気にしてませんよ。それよりこれからどうするんですか?」
 「……どこか潜り込めるギルドを探してみる。手ぶらでは帰れん。」

 彼女は未だに冒険者となることを諦めてはいない様子だった。
 彼女に開かれた門戸は狭く厳しく、例え望み通りに入団が叶ってとして、果たして家族を養っていくだけの収入が得られるのだろうか。
 彼女の理想通りに事が運ぶには信頼できるギルドと優秀な仲間と恵まれた天運が必要だ。
 その全てを今の彼女が独占できる可能性は限りなく低い。

 「……うーん、それだったら……」

 正直な話、熟考の末に導き出した結論ではない。しかし、その瞬間、私にはその提案が何よりもベターな選択肢であると思えたのだ。


 「ティークラブに来ませんか?」


 彼女は驚愕の表情を浮かべ、しばし後にボソリと呟いた。それは迷惑がかかる、とかそんな趣旨の言葉だった。

 「承知の通り、私はただの未熟者だ。例え助力を頂いたところで足枷になるだけだろう。」
 「誰でも皆、初めはそうですよ。私も仲間もね。」
 「いずれにせよ情けは不要だ。自らの身ぐらい自分で処せる。」

 今回の発端からしてそうなのだが、どうも彼女は強がりと言うか、他者に対して虚勢を張る気質を多分に色濃く持ち合わせている。
 強い自主自立の精神はある意味では賞賛に値するが、それも全ては現実と折り合いをつけてからの話だ。

 「あなたはそれでいいとして、弟さん達はどうなるのですか。」
 「それは……」

 彼女の語調が途端に鈍る。彼女は多分に感情的になりすぎてはいたが、幸いにも真に守るべきものを見失ってはいないようだった。

 「人に頼るのもまた一つの勇気ですよ。私には私なりの打算や思惑がありますしね。」

 そうは言ってみせたものの実は何か魂胆があるワケではない。
 ただ、彼女の性格から推測すれば聖職者の慈悲より詐欺師の誘惑の方が受け入れやすいことはわかる。
 搦め手が功を奏したのか、先ほどは私の提案を頑なに拒み続けた彼女の態度もやや軟化し、今は目を伏せて幾ばくかの逡巡を見せていた。

 「……不躾な申し出であることは承知しているが、その……善意に甘えてもいいだろうか。身命を賭してこの恩義は返す。今は無理でも必ずやティークラブの繁栄に貢献できるよう努めるゆえ……」
 「ああ、もういいですよ。十分です。」

 私はただ彼女に選択肢を提示しただけだ。それをそんなに畏まられても困る。自らの決意を熱く語る彼女を制し、私は右手を差し出した。

 「よろしくお願いします。これから私達は仲間なんですから。」
 「こちらこそ宜しく頼む。田舎者ゆえの不調法はどうか免じて欲しい。」

 彼女は差し出された手をぎゅっと握り返し、この日初めての笑顔を見せた。



 「それにしても…… 『ギルド破り』とはなかなか考えたものですね。」

 ティークラブへ帰る道すがら、私はなんとなしに思ったことを口にしてみた。
 皮肉ではなく、純粋に彼女の発想力を誉めたつもりだった。
 ところが意外にも彼女は頬を赤く染めると弁解を始めたのだ。

 「実は……その、あれは私の発案ではなく…… その、この街についてから親切にして頂いた方から教授していただいたのだ……」
 「は?」



 シリカ商店を後にして、私は酷く重い足取りで家路についた。
 今の気分は酒場の女主人に依頼の失敗を伝えた後の憂鬱な気持ちにも似ている。
 まったく彼女にはしてやられた。

 先日の『ギルド破り』をステラマリーに吹き込んだのは誰あろうシリカ商店の彼女だったのだ。
 のみならず彼女はステラマリーに武器や防具を提供した。田舎娘に似つかわしくない随分と高級な装備も実は出所があったのだ。
 とは言え彼女はステラマリーの境遇に同情したワケでも、純粋な善意を発揮したワケでもない。彼女流の言葉を使えばシリカ商店は彼女の将来性を担保に『融資』を行ったのだ。
 その上で彼女はステラマリーに『ギルド破り』を唆した。
 成功はすまい。しかしあのギルドの連中は揃ってお人よしだからステラマリーを受け入れるだろう……
 勿論、ステラマリーが聞かされたのはギルドを破って成り上がる青写真であって、失敗に終わることまでが計画内にあったことをステラマリーは知らない。

 まぁ、結果として彼女の思惑通りに私は動き、そしてステラマリーはティークラブの一員となった。後はステラマリーが冒険者として成長し、利子で膨れ上がった返済金を持参するのを待つばかり、というワケだ。
 やれやれ、まったく彼女の商売根性には頭が下がるというか、呆れるというか。諸手を上げて降参するしかない。
 まぁ、彼女には悪気があったワケではないのだろう。彼女の示した計画は誰もが利益を得るよう組み立てられていたのだから。
 そう、どこの馬の骨とも知れない連中と無謀の果てに迷宮で屍を晒すよりは、多少は腕に自信のある連中と組ませた方がステラマリーと弟達にとっては幸せな未来が得られるだろう。ついでに投資が実を結べば万々歳というワケだ。
 唯一彼女に非があるとすれば、それは「ティークラブにステラマリーを紹介する」というごく当たり前の手順をパスしたことで、これについて責を質したところ彼女は平然と、それは思いつかなかった、と答えたのである。
 今になって私が心の底から思い知らされたのは、世の中で本当に怖いものは、入り組んだ迷宮でも凶暴な魔物でもなく、人間の心だということだ。普段、私達は自らの意志に基づいて行動を決定していると思っているが、実は自分の与り知らない巨大な意思に操られていることに気づいてないだけなのかもしれない。

 まぁ、今回の件で唯一救いがあるとすれば、ステラマリーは私が想像していた以上の素質の持ち主だったということだ。彼女は驚異的な速度で生存術を身に付け、今やティークラブになくてはならない存在になりつつある。

 そして逆に救われないのは、そのステラマリーのおかげで冒険に出る機会が著しく減ってしまった私である。さてさて、今日はどうやって暇を潰そうか……





 世界樹だけに限らず、TRPGを出発点としたゲームの多くは迷路と強敵、そして財宝の存在が大きなウェイトを占めています。
 この迷路と強敵と財宝の三位一体はRPGの生誕地であるアメリカにおいてゴールドラッシュに代表される一攫千金の精神が強く発現したもので、迷宮に殺到する冒険者の構図は金山に殺到する開拓者の構図と相似形にあります。
 ところで有名な話ではありますが、このゴールドラッシュで最も成功した人間の一人に、採掘者が履いたジーンズを発明したリーバイ・ストラウス(リーバイス創業者)がいます。彼は自ら金を掘りに行くのではなく、金を掘る人が必要としたものを供給して巨万の富を築いたワケですが、さて、この構図、世界樹に当てはめてみるとなかなか面白いことになるんですがどうでしょうか。


 あと気になるのは、冒険者の生活レベルってどんなものなのか、って話ですよね。TRPGでは現実世界と比較して物価の考察が行われることが多いのでちょっとそれに倣って考えてみようと思います。
 国産のTRPGで最も有名な作品であろうソードワールドでは、金使いの荒い冒険者でも1ヶ月の生活費の平均が1000ガメルということらしいです。ソードワールドのガメルは日本円にして100円くらいの価値なので、ソードワールドにおける冒険者の消費は多くても月100000円程度ということになります。

 さて、冒険者の生活レベルを考える前にまずは一般的な冒険者とは何かを定義しなくてはなりません。
 というのも世界樹ではレベルに比例して宿泊費が増加するというシステムになっています。これは新納さんの話によるとレベルに応じて先輩冒険者にたかったり、後輩冒険者に奢ったりするためだそうです。なので自分の手持ちで生活が出来る冒険者がどの程度のレベルなのかをまずは最初に設定しなくてはなりません。
 基本的に冒険者というのは新米が非常に多く、英雄級は片手で数えるほどというピラミッド構造を成しているワケですが、一般的な冒険者がピラミッドのどの階層に当たるかはなかなか難しい問題です。
 世界樹では、プレイヤーパーティが第3層に到達すると11階、12階の地図を作るように執政院から依頼が入ります。またテキストからも第3層以降の階層まで潜ったことのある冒険者は稀であると言明されていますから、世界樹冒険者は第1層〜第2層までを主なテリトリーとして生活している冒険者であることが推測できます(ただしクエストには第2層以降で活躍する冒険者の描写もあります)。
 そこで第1層を突破できる冒険者を一般的な冒険者と定義してみますと、そのレベルは15〜18くらいになるかと思います。すると宿代はレベル×2enですから1日の消費は30en〜36enということになります。で、その金額に30日を掛けると1ヶ月の生活費は900en〜1080en。この額は殆どガメルと同額です。ということはenも日本円にして約100円くらいの価値があると考えられます。

 まぁ、この計算は色々と前提条件からして怪しいので、あくまで一つの目安として捉えて貰えればと。
 レベル1冒険者なら一日の消費が200円。1ヶ月で6000円。1ヶ月1万円生活とかだと7000円くらいで生活してるからそんな感じなのかなぁ。