世界樹の迷宮・その16(B25F)
メディック♀ ルーノの日記
その日、私達はこの階層に辿り着いて初めての恐怖と出会いました。
冒険を始めた当初、ことあるごとに味わっていたこの感覚も、ここしばらくはすっかり忘却の彼方にありました。
長い冒険を続けるうちにいつしか私達はその固定観念に囚われていたのかもしれません。
しかし敢えて言い訳をさせて貰うならば、これは冒険者が生来持つ用心深さゆえに起きた喜劇とも言えるのです。
今日は第5層で出会ったある魔物について、その詳細を記します。
私達の目の前に現れたその怪物は、私達の姿を視認するとすぐさま敵意を剥き出しにして戦闘姿勢を取りました。
夕日に染まる大海原のように金色に光る体毛は、激しい息遣いとともにゆらゆらと波打ち、興奮に赤く染まった瞳はまるで炎のよう。体躯に見合わぬ華奢な足は贅肉の欠片までも削ぎ落とされ、その足踏みで床面が弾けるように穿たれていきます。鼻先には騎乗槍を思わせる巨大な牙。飾りではなく実戦で使われてきたことを誇示するかのように、真白さを失って灰色にくすんでいます。
怒気を孕んだその息吹に私達は身を竦め、自然と身を寄せ合い、目と目で危険を確認します。
「気をつけてください、コイツは他の奴らとは違います!」
その言葉に異議を唱える者は一人もいません。
私達は各々の役割を無言で確認し、全力をもって戦うことを決意します。
「まさかこんな深層に現れるなんて……!」
「タネ切れだと思っていた自分を呪えってことだ!」
心に芽生える恐怖を退けるように、私達は声を高くして自身を鼓舞します。
私達は力を合わせて多くの困難を乗り越えてきました。
その事実と信頼が、折れかけた葦のようにひ弱な心を絶望の淵から救い出してくれるのです。
「覚悟は決まったぜ、リーダー!」
仲間のその言葉に力強く頷くと、リーダーはありったけの呼気を動員して声を上げました。
「決して手を緩めるな! そう、こいつは『色違い』じゃない!」
……恥ずかしながら、これは私達がグリンブルスティと呼ばれる魔物と初めて戦ったときの話です。
近年のRPGの中でも世界樹の迷宮はいわゆる『色違いモンスター』の多いゲームだと思われます。世界樹には約150体ほどのモンスターがいるのですが(図鑑から推測)、その中で色違いではないユニークなモンスターは10体いるかどうかです。
更にユニークモンスターの多くがいわゆるボス級であることを考えると、ランダムエンカウントで遭遇するモンスターのほぼ全てが2回以上の出番を持っているワケで、その辺り色々と開発の苦労の跡が見られる作りになっています。
特に冒険の終盤となる第5層は既出のモンスターの色違いが多く出現する階層で、新しいモンスターと出会った時に新鮮さをなかなか感じられない階ではあったんですね。
そんなところに飛び込んできたグリンブルスティ。豚のような猪のようなモンスターなんですが、とにかくインパクトがありました。「ここに来て新規モンスターが!」と。
グリンブルスティ自体は名前も覚えにくい上、特別変わった特殊攻撃がある訳でもないので、比較的普通なモンスターなんですけども、ビジュアルが初出だっただけでなんか色々想像してしまうモンスターですね。
普通に第1層に出てきそうなのに、とか。スタッフの隠し玉的存在なのかな、とか。使うあてがなくて最後に放り込んだのかな、とか。主に開発側の事情について。
今のところグリンブルスティはエンカウントモンスターとしては珍しい色違いのないモンスターなんですけど、30階辺りまで行くと色違いが出てくるのかなぁ。
個人的には「色違いじゃない!」ってのがこのモンスターの個性なのでこのまま最後まで行って欲しいんですが、さてさてどうなっているのか。勿体無くてなかなか27階以降に進めない今日この頃です。