世界樹の迷宮・その18(B25Fクリア)
パラディン♀ アリスベルガの日記
「これからは寒さも厳しくなります。無理をせず、体には十分気をつけてください。」
「心遣い、痛み入る。リーダーも壮健であられることを祈っている。」
この詩人をリーダーと呼ぶのもこれで最後になるだろう。
私は使命を果たすことなく迷宮の探索を終えた。先行した騎士ベルグレイの消息も遺品も発見すること叶わず、迷宮の奥底に眠る財貨の存在も否定された今、私には探索の大義名分となる主命の後ろ盾はもうない。
騎士ベルグレイは迷宮の奥底で力尽きたのだろうか。それとも人知れず生き長らえ、今もどこかで安穏と生活を送っているのだろうか。今となっては騎士ベルグレイが伯爵に忠義を誓っていたことさえ私は疑わしく思い始めている。
風の便りでは伯爵は諸侯に対する数々の背約が明らかになり、窮地に立たされているという。そこに騎士ベルグレイの手引きがあったかどうかは余人の知るところではない。
私はちらりと横に並ぶ衛生官の顔を見やる。
ルーノは騎士ベルグレイの非血縁の親族の1人だが、果たして帰郷の際、彼女は咎を受けずに済むのだろうか。もし彼女が強欲な伯爵の審問の標的となった場合、私は平静さを保っていられる自信がない。
「大丈夫ですよ。」
私の心を見透かしたようなルーノの一言に心臓が跳ねた。
「お義兄様はきっと御無事でいらっしゃいます。」
やれやれ、彼女は至っていつも通りだ。彼女が心底からそう思っているのか、それともそう見せかけているだけなのか、私には判断がつかないが、それでも彼女が狼狽していないだけで私は若干の心の平穏を得ることができる。
「それにしても、ジャドさんとウィバさんはお見えにならないのですね。」
「せめて見送りぐらいは、と釘を刺しておいたんですがねぇ。」
帰郷の途につく私達の出立に立ち会ってくれたのはリーダーだけだった。共に迷宮を踏破した狩人と錬金術師の姿はここにはない。
「全く情と礼節に欠けた連中だ。最後まで礼の一つも言わせぬつもりか。」
リーダーとルーノから軽い驚愕を乗せた視線が向けられ、私の背中を汗が伝う。
「……とルーノが言っていた。そうだな?」
そうだったかしら、とルーノは笑いながら答える。
慌てて私はリーダーを見やるが、バレたかどうかは表情からは見極めがつかない。
初めからそうだったが、この男はどうも掴みどころのない、奇妙な人物だった。
リーダーの表情を具に観察しようと試み始めた私を、しかし後方からの陽気な声が遮った。
「ウィバ、なんとか間に合ったみたいだぜ!」
大通りを軽快な歩調で走ってきたのは狩人のジャド。その後ろを息も絶え絶えに追いついたのは錬金術師のウィバだった。
私は頬が緩むのをなんとか堪えて顰め面で2人を迎える。
「全く貴様のだらしなさはついぞ変わることがなかったな。」
「へっ、そういうお前の愛想のなさも相変わらずだ。」
この男の言葉はいつも不愉快だ。こうやってこの男は私を挑発してくる。
もっと腹立たしいのはルーノが子供の喧嘩を見る時の母親のような視線でこのやりとりを見守っていることで、私はその都度、ルーノに対し「それは違う!」と目的語の欠けた抗議をしたくなる。
ジャドは愛想のない女に飽きたようで早速ルーノに粉をかけている。まぁ、これはいつものことだ。
代わってようやく息を整えたウィバが非礼を詫びつつ挨拶を始める。
「今日でお別れなのは本当に残念だ。あなた達と過ごした日々をオレは忘れない。」
正直な話、この手の別れを惜しむ言葉を初めて聞いた気がする。リーダーとジャドに比べればウィバはまだ常識人だ。
「しかし惜しいな。もうしばらく協力が得られれば迷宮の全容を解明することができたものを……」
ウィバの口振りは友人との別離の悲しみより、優秀な実験助手を逃した口惜しさを感じる。どうも学徒の情熱が全てにおいて優先するのがこの男の欠点だ。そのせいで迷宮で危機に瀕したことは一度や二度ではないが、まぁ、今ではそれも笑い話だ。
「これから貴方達は、ティークラブはどうするのだ?」
「多分、変わらないさ。今までと同じく冒険を続ける。」
まぁ、元に戻るだけだ、とウィバは続けた。
その言葉に私は詰まらない口出しをしようとして言いよどむ。いや、それも彼らの決めたことだ。これからエトリアを去る私にはなんら口を挟める権限もない。
思い出してみれば、エトリアに辿り着いたあの日、故郷を出てあてもない私達を受け入れてくれたのがティークラブの面々だった。彼らの申出を強情に突っぱねた私をルーノが宥め、そしてこの奇妙なパーティは出来上がった。
考えてみれば私はルーノに感謝しなければならない。いや、ルーノだけではなく、私達を迎え入れてくれた仲間にも。
「今までありがとう。」
「こちらこそ。」
ウィバは鈍感な男だ。私の気持ちを完全に斟酌してくれたとは思いがたい。それでも私の感謝の気持ちが伝わったのであれば不満はない。
「そう言えば…… ジャド!」
ウィバの呼びかけに情熱的な身振り手振りを交えてルーノと話し込んでいたジャドがこちらを振り返る。だらしなく弛緩したその顔は全く見れたものではない。
ウィバはジャドに近寄ると声を潜めて何かを促しているようだった。
「……そうだったそうだった。その為に来たんだったよな。」
ジャドは懐をごそごそと探ると何かを取り出す。
それは金の台座に紅玉と翡翠をあしらえた小さな勲章だった。
「執政院の若旦那から貰ったんだ。何でも栄誉ある勲章らしいぜ。」
それは一流の冒険者のみに与えられる世に二つとない褒章らしい。しかし、ジャドの取り扱いは極めてぞんざいで傍目には全くその重みを感じられない。
まるでコインでも投げるようにジャドは勲章を私に投げ渡し、やるよ、と軽く言った。
「ま、オレ達には到底似合わねーシロモノだ。騎士様の襟にでもくっついてた方がよっぽど見栄えもするだろうよ。」
「しかし……! これは冒険者に与えられた勲章なのだろう? 門外漢の私が受け取るワケにもいくまい!」
息荒く言を投げかける私にリーダーがゆっくりと首を左右に振る。
「そんなことはありません。あなたも立派な冒険者ですよ。」
騎士に向かって言う言葉ではないですけどね、とリーダーは続ける。
ルーノの薦めもあり、私はその玩具のような勲章を受け取ることにした。
彼らのなせる精一杯の感謝がそれに詰まっているような気がした。
荒れた道を走る馬車に揺られて私達は帰路に着いていた。乗り心地は決していいものではなかったが、魔物の襲撃に怯える必要がないだけで快適と言える。代わりに山賊や野党の類が出るかもしれないと御者は脅かし半分で言っていたが、言葉の通じる相手というだけで十分だ。あの迷宮では私達は話し合いで解決する道さえ与えられなかったのだから。
モリビトと呼ばれる異種族について私は悔悟にも似た複雑な思いを抱いている。彼らにとって私達は盟約で定められた領域を跨ぐ侵犯者に他ならなかった。にも関わらず私達は執政院の言に従い、彼らを切り捨てた。
迷いがなかったワケではない。罪悪感がなかったワケでもない。しかしそれでも剣を手に取ったのは、迷宮の奥底にこそ私が求める真実があると、そう固く信じていたからだ。
真実はあった。私の願ったものとは違う形で。私は私が信じていたものが儚く崩れていく音を聞いた。
私は迷宮に足を踏み入れることができなくなった。迷宮の入り口に結界でも張られたかのように、私の足は地面に根を下ろし、たった一歩も踏み出せない。モリビトに成した罪科が疑念を呼び、四肢を、臓腑を縛り上げ、言いようのない嘔吐感に襲われる。リーダーの言葉を借りるならば、私は『迷宮に拒まれた』のである。
……結局のところ、私がエトリアを去るのは主命が尽きたからでも、迷宮を攻略し終わったからでもなく、自己の意志とは違う形で自分が利用されることに拒否感を抱いてしまったからだ。私の足に嵌められた枷は私自身の罪科と過ちへの課罰なのである。
仲間のことは今でも大事に思っている。彼らとは共に死線を超えた共感がある。しかし、だからこそ彼らの足手纏いになってはならないと私は思う。今の私は剣を抜くことさえ躊躇する臆病者だ。一致団結すべき危機を前にして意思の統一を図れない仲間は獅子身中の虫でしかない。
そして彼らに真意を告げることなく逃げ出した私はただの卑怯者だ。私は彼らを騙し、あまつさえ彼らが享受すべき名誉すら奪い去った。リーダーは、いや、エバンスは私を冒険者だと称してくれたがそれは違う。今の私は最も冒険とかけ離れた場所にいる。
「みんながあなたのことを心配していましたわ。」
よほど思いつめた表情をしていたのだろうか、ルーノは私を気遣うように優しく手を添えてくれた。私は力なく笑みを返す。
だが、彼女の気遣いも、仲間の心遣いも、今の私にとっては重荷にしか感じられない。私は彼らの仲間であると胸を張れるだけの資格がない。矜持を守るためだけに何も知らない彼らを騙した私には……
「……あの人たちは全部知っていますよ。だからあなたを快く送り出してくれたのです。」
彼女の言葉の意味するところを私は瞬時に察しかねた。
彼女一流の勘違いかとも思い、私は彼女の瞳を見据えたが、彼女の瞳は決して揺れなかった。
ああ、彼女の言葉は事実なのだ。
「第4層のあの出来事以来、次第に塞ぎ始めたあなたを見て、無理強いをするべきじゃないと私達は思っていました。だからあなたが冒険を止めると言った時にはね、無理に引き止めはすまい、そう決めていたんですよ。」
……ああ、何も知らなかったのは、私だったのだ。
彼らは最後まで仲間として私を庇ってくれていたのだ。
胸の中を熱いものが迸り、こみ上げてきた感情を必死で抑えながら私は口を開く。
「わ、私は……か、彼らの厚意をっ、裏切るような……!」
「それは違います。」
ルーノはピシャリと一言の元に否定する。
「迷宮で私達は何度となくあなたに助けられてきました。自らの身を盾にして戦い続けたあなたがいたからこそ、私達は生き延びられたのだと思います。この冒険で最も傷ついたあなたに対して私達に報いる術があるのなら、それを果たすのは当然でしょう。」
それからルーノは目を伏せて静かに語り出す。
「私もエトリアに残るべきだったのかもしれませんね。それならあの人たちの仕事を手伝うことも出来ました。それがあなたの傷を癒す一助になったかもしれませんし。」
「仕事……? 仕事とは一体?」
「迷宮の全てを解き明かすことです。エバンスさんはそれが迷宮に束縛された全ての人々を解放する唯一の手段だと仰っていました。」
ウィバが今後も冒険を続けることを私に告げたとき、私は心の中で強い否定を唱えた。
まだ彼らは迷宮を、モリビトの領域を荒らすつもりなのかと。
しかしそれは大きな誤りだったのだ。
彼らは迷宮の全ての謎を解き明かし、巷に喧伝される莫大な財宝など迷宮に存在しないことを証明し、もって迷宮の意義を潰えさせようと、そう考えていたのだ。
エトリアは迷宮を枕として発展してきた町。迷宮が消えれば夢は終わる。
人間の立ち消えた迷宮で、モリビト達は元の生活に戻るのだろう。
あるいは過ちを詫びることで共に手を取りあう未来が来るのかもしれない。……難しい話ではあるが。
私だけだ。事実から目を逸らし、逃げようとしていたのは。
心に傷を抱えていたのは皆同じだったのだ。
それでも彼らは逃げることなく、自らの罪を贖うべく奔走している。
それに比べて私はなんと自分勝手な人間なのだ。
「胸を張って下さい、アリス。あなたは迷宮から逃げ出したワケでもなければ、主命を放棄したワケでもありません。あなたはあなたの使命を果たしたからこそエトリアを去るのです。そして彼らには彼らの、あなたにはあなたの次なる使命があります。道が異なるからこそ、私達は道を違えたのではありませんか。」
「私の、私の使命とは一体……?」
「それは私にはわかりません。ですが、伯爵領にはあなたを待っている人がいます。その方々を悲しませないためにも私はあなたを無事に故郷へ送り届けなくてはなりません。」
故郷に暮らす父と母。使用人。僚友達。忘れかけていたそれぞれの顔が鮮やかに脳裏に浮かび上がる。彼らは仲間とはまた違った意味で私にとって大切な人々だ。
私のエトリアへの出立が決まったとき、彼らは皆、口を揃えてこう言った。『生きて帰って来い』と。
ならば、私に残された使命とは、まさにこの約束を果たすことに他ならない。
そして、その使命を果たしえるのも、全ては仲間たちの心遣いの賜物なのである……
……全く、私はどれだけ多くの人々に導かれ、生かされているのだろう。
いつでも彼らは変わらぬ愛情と友誼をもって私を庇護し、激励してくれた。
この小さな心と体で、果たして私は今まで寄せられた篤い温情に報いることが出来るのだろうか。
私は仲間から贈られた小さな勲章を襟から外し、ぎゅっと握り締め、俯く。
勲章を胸に抱き嗚咽する私を、ルーノは何も言わず、ただそっと髪を撫でてくれた。
……冒険は終わる。しかし私達の歩みは続く。
いつの日か、また新たな迷宮に巡り会う日を夢見て。
先日、世界樹の迷宮のディレクターを担当していた新納さんがアトラスを退社されるというショッキングなニュースがありました。
まぁ、この業界では良くある話と言えばそうなんですが、ポッドキャストやご自身の言葉からチームの仲のよさが窺い知れただけに意外でもあり、また残念な報告でもありました。
世界樹チームは6人パーティじゃなくて5人パーティなんですよね。小規模という意味でも、一人一人の役割が大きい、という意味でも、奇跡のバランスを実現している、という意味でも。
そういう意味では新納さんの抜けた穴は大きいとは思うんです。6人パーティよりも。
だからこそユーザの落胆もより大きかったと思うのですが、まぁ、こればかりは仕方ない話なんでしょうね。
とは言え、新納さんがアトラスを去ることができたのも世界樹の迷宮というチームの努力の結晶を無事世に送り出すことができたからであって、決して後ろ向きなタイミングでの退社ではないと思うのです。
世界樹の迷宮を世に送り出し、そして次にやるべきことが会社と新納さんの間で異なっていたと。それならばお互いの歩み道が異なるのも当然であると。まぁ、そんな感じで個人的には解釈しています。
だからこそ後に残ったアトラスの方々も変わらぬ熱意で次の作品に取り組んでいることと思いますし、新納さんもまた同様であると思います。
オリジナルメンバーでの世界樹の続編が期待できなくなったことは確かに残念ではあるのですが、さて、実験作とも言える今作をどのように次回の作品に繋げていくのか。少なくとも全く同じテイストは狙えなくなったワケですから、新たな味付けへの期待感も膨らみます。そういう意味では新納さんにとっても世界樹にとっても、次回の自由度が広がったと捉えるとそう悲観することでもないのかな、と思ったりもします。
いずれにしても私が遊びたいのは楽しいゲーム。これに尽きます。新納さんとアトラスがそれぞれ手がける次の楽しいゲームを私は期待を胸に膨らませて待っています。
世界樹チームは5人パーティとか書いてみたら妄想がムラムラ。
新納さんはメディック。ハムスターも描けるマルチタレント。実家は病院。
宇田さんはパラディン。最前線で戦うぜ(営業的な意味で)。
日向さんはアルケミスト。無から妄想を呼び起こす錬金術の使い手。
小森さんはレンジャー。君は雰囲気作りでサポートしてもいいし、しなくてもいい。
加藤さんはソードマン。戦闘はお任せ(あらゆる意味で)。
とまぁ、推奨パーティで纏めてみたり。
……古代さんはバードだなぁ(捻りなし)。
シナリオについて。
選択の余地がない、ということで気になる人も多いメインシナリオ。私は違和感を覚えつつも、すぐに慣れて悲劇のヒーロー気取りで楽しんでました。まさに外道!
多分キャラクター達は右往左往してるんだと思いますし「ボク達は戦うために来たんじゃないんだぁー」なんて言ってたりしても大爆炎の術式で一掃の現実。この齟齬を埋めるには何か目的達成のために大きな理由が必要だと思うんですが、そこをうまく脳内設定できるかどうかで味わいが変わってきたように思います。
まぁ、そういう意味ではシナリオが気になってゲームに集中できない、という人と比べると普段は役に立たない妄想力のおかげで素直にゲームを楽しめた自分はラッキーだったのかなぁと思っています。流されやすいだけとも言いますが。
さて、トラックバックキャンペーンと共にウダウダと始まったうちのギルドの話もこの辺で一区切りです。
でもまぁ、私自身もまだまだ世界樹の迷宮を踏破しきっていないので、ゲームを楽しみつつちょこちょことこんなことがあったよー的な報告ができればなぁとか思っています。
最後にNintendo iNSIDEのトラックバックキャンペーン担当の皆様、大変お疲れ様でした。何度も何度もエントリーしたこともあって随分とお手を煩わせたことと思いますが、皆様のおかげで様々なブログに目を通す機会に恵まれ、世界樹の迷宮をより深く楽しむことができました。
割と早め早めに攻略してたのでネタバレもあんまり腰が引けることなく見れましたし、他のプレイヤーのプレイ日記を見て「あー、あるある」とか頷いたり、力の入ったレビューを見て「そうだよ、それが世界樹なんだよ!」と頷いたり。自分だけではどうしても主観的に捉えてしまう世界樹の全体像を多角的に見ることができたのも、この企画あってこそだと思っています。単純にモチベーションの向上にも繋がりましたしね。
大変楽しい1ヶ月だったので、ぜひまた折を見て同様の企画を立ち上げて頂けると嬉しいです。時間を削ってでも主張したくなる熱く語れるゲームが今後も出て欲しいですね。