世界樹の迷宮・その19(B20F)

メディック♀ ルーノの日記


 最近、ウィバさんの様子がどうもおかしいんです。
 ウィバさんにとって迷宮の探索は錬金術のフィールドワークを兼ねていて、研究熱心なウィバさんはパーティから外れることを誰よりも嫌っていました。パーティの戦力上からもウィバさんの錬金術はなくてはならないものでしたし、ウィバさんの知識が役立つ局面は大変多かったので、それは当然の主張として皆に容れられていたのです。
 それがここ2週間ほどでしょうか、ウィバさんは私用でパーティを抜けることが多くなりました。最近ではギルドに顔すら出しません。リーダーに聞いてみても、今までこんなことは一度もなかったそうです。或いは体調が優れないのではと思い、当人に聞いてみても「なんでもない。気にしないでくれ。」と繰り返すばかりです。
 金鹿の酒場にたむろする冒険者からそれとなく伺ってみると、最近のウィバさんは妙に周囲に気にして落ち着きがなかったり、近づくなというオーラを発しながら書き物をしていたり、人目を避けるように手紙を出していたりと、その行動は実に不審です。若い冒険者からはウィバさんが1人で迷宮に入っていく姿を目撃する証言も複数寄せられました。
 勿論私用と断っているのですから、あまり私事に立ち入るのも無遠慮に過ぎます。とは言え、同じギルドの仲間としてはやはり仲間のことは気にかかるのです。特に迷宮に1人で立ち入るなんて普段の慎重なウィバさんからは考えられない危険な行動ですし。


 まさかとは思いますが、ひょっとしたらこれは私1人では解決できない深い問題なのかもしれません。そこで私はみんなにウィバさんについて相談してみることにしました。


 「ウィバ? アイツが変なのは今に始まった話じゃないしなぁ。ま、ほっとけよ。」


 ……ウィバさんと付き合いが深いからでしょうか、ジャドさんは極めて冷淡というか無関心です。これもウィバさんへの厚い信頼の裏返しなんでしょうか。


 「ウィバが多忙な分だけ私が頑張りますよ。たまにはリーダーらしいこともしませんとね。」


 ……ウィバさんがパーティから抜けて以来、出番の増えたリーダーはすこぶる上機嫌で話になりません。ひょっとしたらウィバさんがこのまま復帰しなければいいとさえ思っているのかもしれません。


 「案ずるな。ヤツが外道に身を窶したのであれば、せめてこの私が介錯をしてやる。」


 ……アリスはウィバさんが犯罪に手を染めたものと決め付けているようです。早期の解決を図らなければティークラブが惨劇の舞台になりかねません。


 ともかく建設的な方向で解決を図ろうとする仲間はティークラブにはいないということがわかりました。こうなると頼れるのは自分の力だけです。少々心許ないですが、仕方ありません。私は決意を固め、ウィバさんへ直接理由を質しに行くことを決めました。


 しかしその日の夕方、故郷に変事はないかと新聞を買い求めた際、意外な形でこの事件は解決の目を見たのです。新聞の文化欄に掲載されたあるコーナーに見知った名前を見つけ、私は思わず、あっ、と声を上げてしまいました。




 錬金術師のウィバ先生はとても物知り。エトリアの子供たちから寄せられた質問に何でも答えます。今日は東樅の木通り3丁目のジャック君からのお便りを紹介します。


 「こんにちは、ウィバ先生。さっそくなんですが質問です。なぜB4Fの採掘ポイントに『金属質の突角』が埋まっているのか教えてください。」


 わぁ、ジャック君は大きくなったら冒険者になりたいのかな? それでは早速ウィバ先生に聞いてみましょう。


 はい、ウィバ先生です。
 えー、そもそもですね、『金属質の突角』というのは迷宮に棲息するウシ科の動物が頭から生やしているものです。
 ですから白石や輝石のような鉱石とは少々勝手が違うワケですね。誰かが意図的に埋めたものを掘り出しているんです。
 じゃあ一体誰が『金属質の突角』を埋めたのか……という話になるんですが、今、学会では二つの説が主流です。


 まず一つ目は『墓場説』。迷宮に棲むウシ科の動物は、死期を悟るとある特定の場所に移動して、そこで死んでいくという仮説があります。これは主にゾウによく見られる習性なのですが、捕食者のいない巨大な草食獣は死亡原因として自然死の割合が多くなり、人間で言うところの『葬儀』に似た習性を持つのではないかと考えられています。迷宮のウシ科の動物も食物連鎖の階層としては同位に位置しますので、同様のことが言えるでしょう。
 そしてこうやって長年に渡ってウシが墓場として選んだ場所に土砂が堆積して出来たのが今の採掘ポイントなのではないか、というのが『墓場説』の要点になりますね。
 じゃあ採掘ポイントで同時に発見される白石や輝石は一体何なのか、という疑問にも繋がるのですが、実はウシはとても光り物に目がない生き物なんですね。カラスやドラゴンと同じでキラキラ光るものが大好きなんです。実際、牧場で繋養されているウシは、落ちている釘や鉄片を誤って飲み込んでしまうことが多く、胃を傷つけてしまうことがあります。
 従って迷宮のウシも同じように輝石と白石を見つけては飲み込んでしまい、その結果、採掘ポイントでは輝石や白石が見つかるのではないか、と考えられていますね。


 ただ、『墓場説』には一つ問題があって、ウシの角は見つかっても骨が見つからないという点が非常に矛盾していると。ウシの角というのは骨と角質の鞘から出来ているので、角だけ見つかって骨が見つからないのはおかしいのではないか、という主張もあります。
 さて、そこで考えられたのが『ゴミ箱説』です。
 かつて私達の知らない過去の時代には迷宮には人が住んでいて、ウシやシカを追い回して生活していたのではないか、という仮説があります。その人達が食用に捕らえたウシの、言ってみれば残骸を捨てたのがあの採掘ポイントなのではないか、という説です。
 まぁ、今の私達からしてみれば素材として大変扱いやすい『金属質の突角』をなぜポイポイ捨ててしまうのか、疑問にも思えるのですが、当時の人達には『金属質の突角』を加工する技術がなかったとすると納得がいきます。逆に大変に文明が進んでいた種族だったので純度の低い『金属質の突角』は実用に適さなかったと考える向きもありますが、これはちょっと飛躍しすぎた考えかもしれませんね。
 さて、この説を補強する材料としまして、先日、執政院より、迷宮にはモリビトと名乗る先住民が存在しているという発表がありました。モリビトは迷宮の深層でひっそりと生活している種族ですが、彼らがかつて表層まで生活圏としていたことが判明すれば、この説を裏付ける大きな材料となりそうです。


 というワケで、纏めますとB4Fの採掘ポイントから『金属質の突角』が発見されるのは、元々そこが『墓場』あるいは『ゴミ箱』だったから、ということになります。わかりましたか?



 ウィバ先生、ありがとうございました。
 「教えて、ウィバ先生!」のコーナーでは皆さんの質問をお待ちしています。素朴な疑問、身近で起きた不思議なこと、なんでも書いて送ってください。ウィバ先生が優しく、分かりやすく答えてくれますよ。
 お便りのあて先はエトリア新聞社、「教えて、ウィバ先生!」係まで。皆さんのお便りをお待ちしています。




 ……なるほど、ウィバさんの最近の奇妙な行動はこれが原因だったんですね。
 それにしてもウィバ先生ですか……
 子供たちを相手に優しく説明しようとしてやっぱり固い語調になってしまうウィバさんを想像すると思わず吹き出してしまいそうになります。
 恐らくウィバさんの不審な行動も自覚から来る気恥ずかしさから来たものだったのでしょう。
 となると、この記事は見なかったことにしておいた方がウィバさんにとっては都合がいいのかも知れませんね。
 まぁ、みんなには適当に誤魔化しておいて。
 真実は私の胸のうちだけに収めておくことにしておきましょう。




 数日後のことです。


 「よぉ、ウィバ! 彼女とは上手くいってんのか?」
 「ウィバ、挙式はいつになりそうですか?」
 「ウィバ、これから伴侶を得て、家庭を築くからには云々……」


 「……いや、何の話だかサッパリ要領を得んのだが。」




 ……ごめんなさい、それはきっと私のせいです。






 世界樹に限らず、RPGというのはそもそも想像力を生かして遊ぶゲームだと思います。ゲームから得られる僅かな情報を手がかりにその世界に住む人々がどのような生活をしているのか空想してみるのって面白いんですよね。
 というか、基本的に私はゲームの設定をどうやったら合理的に解釈できるか、いろいろ考えてみるのが好きなんです。
 よくあるRPGの疑問で「西と東、北と南が繋がっているRPGのマップはどんな立体なのか?」というものがあります。地球のような球では北と南がくっつかないので、RPGの世界はドーナツ状の立体なのではないか、というのが一応の推論なのですが、ここにドラクエ3のような昼夜の概念が加わると、じゃあ太陽はどこを移動しているのか、という疑問が出てきて途端に難問になります。
 このように、ゲームの設定が常識から外れていても理に叶う解釈はそれなりに存在するワケで、ポッドキャストのスノードリフトの生態系の話じゃないですけど、一見不合理と思われる部分からその世界の合理性を見出すのは大変面白いですし、ピタリとピースが嵌った瞬間のスッキリ感は、人間が生来的に持つ『謎を解く楽しさ』を十二分に味あわせてくれます。
 世界樹をプレイしていると「なぜ?」が浮かぶことは多いと思うのですが、そこで思考を停止させることなく、プレイヤーの推論を働かせる方向に持っていかせるのが「世界樹脳トレ説」を補強しているようで面白いですね。


 クエスト『あなたの優しい思い出を…』をやってたらタイムリーにウシと光り物のネタが出てきてビックリ。「ああ、やっぱりな。」と思うと同時に「なんで第3層にウシがいるのか?」と更に謎が浮上。謎が謎を呼ぶ展開です。


 あと、ウシが光り物が好きなのは事実で、現代の繋養されているウシは飲み込んだものが胃を傷つけないように磁石を胃の中に仕込んでいるんだとか。凄い話ですね。