世界樹の迷宮・その23(B26F)

ダークハンター♂ ジャドの日記


 「へっ、今度はご丁寧に4択と来たもんだ。」
 「今までと違ってシンプルですね。わかりやすい。」


 第6層に着くなりオレ達は長い旅路で育んできた余裕と自負を一瞬にして奪い去られた。桁違いに頑強な魔物たちの苛烈な攻勢に心臓が縮み上がるほどの恐怖を覚えつつ、それでもオレ達は前へと進む。
 巧妙に隠蔽された隠し扉をなんとか探り当て、警戒しながら中に入ると突き当たりには仄かに青く輝くワープゾーン。オレ達は「今度こそ」と念じて足を踏み入れる。
 気づいてみればそこには既視感のある風景。さして広くもない小部屋の隅には素材を掘り返した痕跡。おまけに壁に刻んだ「この先亀出没。要注意。」のメモはどう見てもオレの筆跡だ。やれやれ、どうやらオレ達はまたしてもハズレを掴まされたらしい。


 驚きがいつしか失望に変わり、やがて諦観に至る。希望を持たずに歩き続けることが一番ラクなのだろう。期待がなければ落胆もない。ただただルーチンワークを続けるだけだ。
 5回を超えたところでオレは巻き戻しを数えるのを止めた。アリスベルガはとっくに止めていた。リーダーは12回まで粘っていた。ルーノは最初から数えてすらいない。「亀注意」のメモ書きの下には「正」の文字が連なっている。いつかはこれも骨折りの慰めになるのだろうか。




 オレ達は『敵対者』に追われながらその部屋に飛び込んだ。息が上がり、汗にまみれ、足はもつれていたが、心臓が激しく高鳴っていたのは何も今しがたの逃走劇のせいだけではなかった。そう、ようやくオレ達は迷宮の深部へと続く道を探し当てたのだ。
 しかし、部屋を一望したオレ達の口から漏れたのは歓喜の歌声ではなく呪詛のうめきだった。
 この部屋にはワープゾーンが4つもあったのだ。


 「どれか1つが当たり。それ以外はまた振り出しね。」
 「ついてるな。全部踏むまで悩む必要がない。最高で4回。贅沢だな。」
 「同感ですね。隠し扉を探し回る方が堪えます。」


 軽口を叩きながらもオレ達が考えていたのは、当然ながらいかにしてこの難関をラクに突破するかだ。確率は4分の1。1発で抜けようとするには分が悪い。


 「障害として設置するなら足が伸びにくい最奥が恐らく正解だろうな。」


 一番奥のワープゾーンが正答だと唱えたのはアリスベルガだった。確かに今のオレ達はただの一歩でさえ惜しもうとする精神状態にある。


 「どうかな。裏をかいて手前が本命という可能性もある。」


 それに異を唱えたのはウィバだ。なるほど、一番手前というのも一種の心理的な盲点ではある。


 「悩むより行動した方がいいような気もしますわ。いずれは正解に辿り着くのでしょうし。」


 ルーノの意見にも一理ある。恐らく、いや、確実にこの迷宮は意志を持った『作り手』が存在するのだろうが、アレコレ考えたところで『作り手の意志』を探り当てることなどできない。例え意志を汲み取ったところでその『作り手』が正解をサイコロで決めていたらどうする?


 ただ、この時、天運に全てを任せられるような余裕はオレ達にはなかった。従ってどうしても論理的に解決を得ようという方向に話が向かったのも仕方のない話ではある。


 「統計的には4択問題の場合、3番が正答というパターンが一番多いらしいな。ちなみに次に多いのは2番だそうだ。」


 オレは昔、人伝てに聞きかじった知識を披露する。1番でもなく、4番でもなく、3番という、ある種冒険性に欠ける選択が、しかし保険を掛けようとする気持ちに沿ったのか、皆はどこか得心した様子だった。


 「よし、それで行ってみよう。」


 オレ達はここぞとばかりに神サマに祈りを捧げると、ワープゾーンへと足を踏み出した……




 ……ところでこの冒険でオレが心の底から思い知ったのは、人間の犯す過ちは『理由なき先入観』に端を発している事例が少なくないということだ。マップの描き間違えなんかは特にそうだ。
 今回の例で言えば、オレ達は真っ先に考えるべき、ある可能性について思考を放棄したため、この後4回に渡ってあのメモ書きの部屋に舞い戻ることになった。
 3回じゃないぜ? 4回なんだ。
 なにせあの部屋のワープゾーンは全部ハズレだった。そう、問題は4択じゃなかった。『全部間違い』という選択肢を入れた5択で考えなきゃいけなかったのさ。
 4回目の、一番手前のワープゾーンを踏む瞬間、オレ達は思ったものさ。「全くオレ達はなんてツキに見放されているんだろう!」ってね。でも実際に欠けていたのはツキじゃなくて、余裕だったってワケだ。
 心から余裕が失われれば、瞳は曇り、視界は狭まる。選択肢は自ずと制限され、正解を見つけられず、遂には混乱に至る。重大な局面でこそ一歩引いて状況を観察できるだけの冷静さが必要だってことだな。
 教訓、「ポケットには1枚の金貨を。そして心には1片の余裕を。」 ……全く大事にしたいもんだな。






 B26F以降の階層は最近のRPGによくある『クリア後の隠しダンジョン』的な扱いになっています。その為、今までのダンジョンがまるでお遊びに思えるほど難度も仕掛けも急激に上昇するのですが、それが非常に手ごたえがあって面白いんですよね。
 さて、目の前にワープゾーンが幾つか並んでいる場合。皆さんだったらどういう理屈で選択するでしょうか? 自分の場合は、割と開発者側の視点に立って考えることが多かったような気がします。
 まぁ、これは世界樹に限った話でなく、様々なゲームをプレイする上で開発者のクセみたいなモノを読むというのは良くあることだと思うのですが、どのワープゾーンにユーザがハマってくれたら開発者は嬉しいか、みたいなことを考えながら選んだりするとこれがビンゴだったりするんですよね。まぁ、たとえ正解でも偶然か必然かそれだけでは判断できないワケですが。
 まぁ、B26Fは総当りで済むのでまだいいんですが、B29Fはサイコロに縋りたくなるほど苦労する階なので、精神の平穏を得る意味で何らかの理屈付けが欲しいと言う方にはオススメしたいと思います、深読みワープゾーン突破術。なんだかんだ言いながら「これが当たりだったら開発者は意地悪いなぁ」ってのが2回連続で当たったし(しかも最後の2つ)。